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私が好きな自分でいたい

家の鍵を無くした。じゃらじゃらとキーホルダーをぶら下げた存在感ある
鍵。どこで無くしたのか見当がつかない。映画館、レストラン、JRの忘れ物センター的なところ、カフェ、思いつくところに問い合わせるが、だめだめだめ。

ここ最近上の空。空元気。でもご飯は食べているし、夜もまあまあ寝ている。お酒も、お菓子の摂取量も増えた。夜は寝つきが悪く、嫌な夢を見る。

先日の病院でのこと。主治医の診察を受けた。放射線治療をしたが、あまり結果が芳しくない。さらに、新たなガンもCT上認められた。手術の適応は現段階で無く、抗がん剤治療をエンドレスに行い延命治療をするしかないそうだ。
びっくりした。
数日前から私はおへその周りにしこりがあり、どうやら膿が溜まり、その相談をしようと思っていた。
膿の相談はあっさり終わった。様子を見ていきましょう、でおしまい。
それどころじゃなかった。おへその周囲は熱感も収まり、しこりも小さくなっていたから、まあ、そんなもんかなと予測はしていた。
でも、まさかまた再発して、あんなに高額の放射線治療の結果が芳しく無いとは、思いもよらなかった。

3/30(月)のこと。この一週間、ふわふわしていた。突然感情が込み上げて、収まるのに時間がかかることもあった。悲しみ、悔しさ、怒り、羨ましさ、虚しさ。仕方ないな、と思ったり、なんとかならないかな、と思ったり。先の見通しを立てておきたい性格なので、ちょっと早いんだろうなと思いつつ、遺影写真のことやホスピス、訪問医についても調べた。
仕事が終わった後、てくてく歩いていたら電柱にぶつかったり、自転車とぶつかりそうになったりした。頭の中でいろんなことが駆け巡っていて、注意散漫だったのだろう。自転車の人、ごめんなさいね。怪我がなくてよかった。

先日、上島珈琲店でピザトーストを食べた。むしゃくしゃしていて、カロリーが高いやんちゃな美味しいものが食べたかった。


美味しい。トマトソースの甘さ、適度な量のチーズ。パンの存在感のちょうど良さ。コーヒーに合う喫茶店のピザトースト。ランチセットのサラダも美味しい。添えられたタバスコもありがたい。
食べながら考えた。
私はこれまで随分がんばってきた。あくまでも、誰かと比較してではなくて、私として。いろんなことがあった。抗がん剤も、手術に手術に手術に手術も。ストーマともうまく付き合ってきたと思う、私なりに。
もう十分がんばった。

私は、出来た人間では無いので、一定限度の苦痛やしんどさしか許容できない。テレビの特集で組まれるような、映画になるような、美しいがんばりはできない。
私は私が好きな自分で生き切りたい。
苦痛に耐える毎日は、今は受け入れ難い。私らしい生き方をしたい。
私の最後の挑戦。治療する・しない、がんばる・がんばらない、の二択ではなく、自分にとっての良いバランスを見極めて選択して生き切りたい。
私が治療を選択して、終い方を選択できる限り選択したい。
それができる医師や看護師、在宅医療の方々(まだ先かもしれないが)を選びたいし、チームとしてやっていきたい。

よわよわの私だけれど、私なりの希望を持って進んでいる。
焦らず、慌てず、諦めず。冷静に、でも希望は捨てずに。
治る希望は正直もう持っていない。少しでも穏やかで楽しい、痛みや苦しみは最小限の毎日への希望は諦めない。これで行こう。
私らしい。


シナモンロールを作った。満足には程遠い。
たぬきの土焼きを買った。かわゆい。アベックたぬき。

以前にも増して、好きな洋服を毎日着ることに情熱を注いでいる。
洋服は私とって味方。毎日を生きるための鎧見たいな、戦闘服みたいなもの。私の気持ちを上げてくれる、整えてくれるもの。
今日は、ラベンダー色のギンガムチェックのPOLOのシャツに、フェイクスウェードのブラウンのパンツ。ピンクのギンガムチェックのコムデギャルソンガールとVANSのスニーカー。ネイビーのスウェード鞄。
春だ。気持ちは低空飛行でぐらぐらしている。ふとショーウィンドウに映る私を見たら、顔つきは暗いが、装いはご機嫌だった。それを見たら、ちょっと笑えた。

冒頭の画像は国立新美術館の「テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」で見た写真。どこまでも続くような果てしない空間に、日常のような普段と変わらない佇まいで映る姿が好きだった。
どこにいてもどんなことがあっても、私は私。自分の人生のハンドルは私が握っている。ぜったいに。

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