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かくして、僕は今日も昭和映画館に足を向ける。

今より、ずっと混沌としていた時と街で、
僕は映画の森の中を彷徨い、何かを探し続けていた。
何を、って?
それが分かっていたら、あんなに映画に夢中になれるわけない。
けれど、求めているものが、そこにあって、いつか見つかる気がした。
だから僕は今日も、ポケットの中の期待と不安が溶け合った感情を握りしめて、昭和映画館に足を運ぶ。

第1回 「青幻記〜遠い日の母は美しく〜」
第2回「さらば友よ」
Column #1 かくも主観的なハードボイルド考察
Column #2 またも主観的「さらば友よ」タイトル比較論
第3回「モナリザ」
Column #3 私的モンティ・パイソンとイギリス・ギャグ論
第4回「未来世紀ブラジル」

Column#4 無能な夢想家の私的ベストな映画論

「未来世紀ブラジル」を書くために、久々にパンフレットを取り出して眺めていたら、珍しい言葉が見つかった。

ウォルター・ミティッシュ(あるいはミティエスク)という言葉がある。映画で言えばダニイ・ケイ主演の「虹を掴む男」(47年)、その原作者であるジェームス・サーバーの短編小説「ウォルター・ミティの秘密の生活」から生まれた言葉だ。(原文ママ)

パンフレット「未来世紀ブラジル」の奇妙な面白さ 筈見有弘

じつはこの言葉、当時は知らなかったけれど、最近、観た映画で同じ言葉が登場、ようやく意味が分かった、という次第。
ウォルター・ミティは人物名で、妻の言いなりだが日常生活の中では温厚な男。けれど、ふとしたことから、すぐに夢想を始めて自分を英雄に仕立て上げ、見事に解決してしまうという現実逃避の癖がある。
小説は短編で、ただ、夢想が続くだけで終わるのだが、これが後々、英語圏で「無能な夢想家」の代名詞になった。
Walter Mittyから派生したのがMittyesque(ミティエスク)。抑圧からの解放とか死への願望といったサーバーの描いたテーマを無視して一人歩きしてしまった言葉で、どちらも同じ意味の使われ方をしている。
「未来世紀ブラジル」の監督、テリー・ギリアムもこの映画について「ウォルター・ミティとカフカの出会い」と語るように(いや、すごい組み合わせだ)意外とスラングとして定着している。
どーでもいい話だが、英語圏ではマイナスイメージの性格とか差別を表すスラングに人物名がよく使われている。ウォルター・ミティもそうだし、アンクル・トムとかKaren(高慢な白人女性)とかSmart Arec(優越感の誇示や虚構癖を持つ人)とか。
…いや、英語圏のスラングの話じゃない。
ウォルター・ミティの話だ。
まあ、無能な夢想家、なんて言ったら私なんてそのものだし、小説家なんて多かれ少なかれ、その要素がなけりゃやっていけない。サーバーの小説の主人公のように、ウォルター・ミティは特別な存在ではなく、普通の日常生活を送る普通の人々なのだ。
もちろん、そんな人々にだって、特別なことは起きる。起こすこともできる。
それを題材にした映画が「The Secret Life of Walter Mitty(日本題名LIFE!/ライフ)」だ。

Part2に続く

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