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小説『春和景明 ― めぐる思い』 特別編 陽だまり(ひだまり)

春和景明ーめぐる思い 特別編を書きました。
何話になるかはまだ未定です。

私の小説によくコメントを残してくださる
まだ途中|消耗しない生き方の設計記録さんが
作中に登場する相田弦を気に入ってくださり、いつもコメントを残していただいておりました、本当にありがとうございました。

作者自身、毎回コメントをいただけることをとても嬉しく思っておりました。

作中で書こうと思っていたことがいくつかあったのですが、話数の都合もあり、割愛した部分があります。

そこで今回は、本編では描ききれなかった出来事や、登場人物について考えていたことなどを、少し書いていこうと思います。

本編を読んでいただいた方には、「こんなことも考えていたんだ」と楽しんでいただければ嬉しいです。

相田弦は、言葉遊びから生まれた名前であり、隼人と美咲を繋ぐ「弦」の役割を担ってくれているキャラクターです。

「弦」とつくことから楽器を連想されるかもしれませんが、残念ながら作中で楽器に関わることはありません。
あしからず(笑)。

そして、いつもコメントを寄せてくださったことに、作者として改めて感謝申し上げます。

いただいたコメントから新しいアイデアをもらったり、そこから次の話の構図が浮かんだりすることもありました。

だからこそ、私にとって皆様からいただく言葉は、とても貴重なものでした。

この場をお借りして、心より厚く御礼申し上げます。

まだ途中|消耗しない生き方の設計記録さんの記事の紹介です。
私自身、共感することがとても多く、勝手ながら立場や環境が少し似ているのではないかと思っています。

記事を読んでいると、「自分もそう思う」と感じることが多く、同じような考えを持っている方がいることを、とても心強く感じています。

それだけでなく、自分と考え方が近いからこそ、「そういう捉え方もあるのか」と気づかされることも多く、私自身、学ばせていただくこともたくさんあります。

共感できる部分がありながらも、自分とは少し違う視点に触れられる。
そんなところも、記事を読む楽しみのひとつだと感じています。

今回は、そんな私がいつも楽しみに読ませていただいている記事をご紹介します。

素敵な記事をいつもありがとうございます。
これからも楽しみにしています!!


ここから本編に入ります。
それではどうぞ


暗闇の中で、誰かの声がした。「……おとうさん」 

懐かしい声だった。

「……文子?」

 目の前に、文子が立っていた。

 十年以上前に亡くなった妻。

「文子……」

 弦は、ゆっくりと笑った。

「懐かしいな」

 胸の奥が熱くなる。

「ようやく、お前に会えたよ」

 長かった。

 もう一度会いたいと、何度思っただろう。

「これからは、ずっと一緒だ……」

 文子は答えなかった。

「……文子?」

 よく見ると、悲しそうな顔をしている。

「どうした?」

 弦が一歩近づく。

「そんな顔して……」

 文子の唇が動いた。

 何かを言っている。

「え?」

 聞き取れない。

「なんだ? 聞こえない」

 もう一度、文子の唇が動く。

「……来ないで」

「え?」

「来ちゃダメ」

「何を言ってるんだ?」

 弦には聞こえない。

「なぜそんな顔をしてる?」

 手を伸ばす。

 しかし、文子は一歩後ろへ下がった。

「待ってくれ……」

 その瞬間――

 弦は目を覚ました。

「あー……ここは……」

 ぼんやりと白い天井が見える。

 耳元では、機械の音がしていた。

 身体には、いくつもの管が繋がっている。

「病院……か」

 自分の声が、ひどく遠く感じた。

 何があったのか。

 思い出そうとする。

 けれど、記憶が曖昧だった。

「俺はいったい……」

 そこで、また意識が遠のいていく。

 弦の意識は、再び暗闇へ沈んでいった。

 集中治療室では、医師や看護師たちが懸命に命をつなぎとめていた。

 そして――

「相田さん」

 病室を確認していた市井が声を上げた。

「意識、戻りましたね」

 隣にいた美咲も、弦の様子を確認する。

「……良かった」

 その声には、安堵が滲んでいた。

 美咲は、心の底から喜んでいた。

「そうだね」

 市井も頷く。

 そして、ふと美咲を見る。

 隼人君、喜ぶだろうな

 美咲の口元が、ほんの少しほころんだ。

 市井は、それを見逃さなかった。

「……ふふふ」

「何?」

「いえ、何でもありません」

 そう言いながら、市井は小さく笑った。

「なにかあるな」

 そんなことを思う市井だった


――相田弦。

 十五歳から、大工の道に進んだ。

 それから五十年以上。

 木を削り、家を建て、人の暮らしを支えてきた。

 自ら建設会社を立ち上げ、相田建設を開業。

 仕事一筋の人生だった。

 妻の文子とは、長い年月を共に過ごした。

 しかし、その妻も十年以上前に亡くなった。

 現在は、息子夫婦と暮らしている。

 六十五歳になったとき、弦は長年続けてきた仕事を息子に託し、現役を引退した。

 それからは、少しゆっくりとした時間を過ごしていた。

 仕事のことを考えずに過ごす日々。

 息子夫婦と食卓を囲む時間。

 引退してからの生活は、穏やかだった。

 息子夫婦と暮らし、孫の顔を見ながら過ごす。

 これ以上ない喜びだった。

 仕事をしていた頃には、考えもしなかった時間だった。

 朝起きて、飯を食う。

 孫と話して、家でテレビを見る。

 そんな毎日。

 それなりに楽しい。

 ――けれど。

「……なんか暇だな」

 弦は縁側で空を眺めながら呟いた。

 仕事をしていた頃は、休みが欲しくて仕方なかった。

 いざ毎日が休みになると、時間を持て余す。

「図書館でも行くか」

 それが、始まりだった。

 それから弦は、近所の図書館へ通うようになった。

 最初は暇つぶしのつもりだった。

 本を読む習慣など、ほとんどなかった。

 それでも、静かな館内は居心地がよかった。

 何度か通ううちに、顔を覚えた職員も増えていった。

 そして――

「お!」

 ある日、弦は館内を見回していて、一人の青年に目を止めた。

「なんかわけー奴がいるな」

 真面目そうな顔。

 細い身体。

 弦の目には、ひょろひょろした青年に見えた。

 長年、大工として働いてきた弦の周りには、ガタイのいい男ばかりだった。

 だから余計にそう見えた。

……あいつ、ちゃんと飯食ってんのか?

 それが、弦から見た青年――隼人への第一印象だった。

 そんなことを考えているうちに、弦は青年の近くまで歩いていった。

「おい、にいちゃん」

 隼人が顔を上げる。

「ん?」

「なんか、いい本はないか?」

「いい本ですか?」

 隼人は少し考えた。

「んー……どんなジャンルがいいですか?」

「ジャンル?」

 弦は首を傾げた。

「にぃちゃん、ジャンルってなんだい?」

「あー……種類っていうか」

 隼人は少し困ったように笑う。

「本の内容……なんて言えばいいかな」

「……?」

 弦は黙って隼人を見る。

「まあ、いいや」

 隼人は苦笑した。

「どんな本でも大丈夫ですか?」

「おう」

 弦は腕を組んだ。

「にぃちゃん、あー……坊主のおすすめの本にしてくれや」

「僕のおすすめ?」

「ああ」

 弦はニッと笑った。

「坊主が面白いと思う本なら、俺にも面白いだろ」

 隼人は少し驚いた顔をした。

 それから、本棚へ目を向ける。

「……じゃあ、ちょっと待ってください」

「おう」

 隼人が本棚の間へ消えていく。

 弦はその背中を眺めながら思った。

 ――変なやつだな。

 けれど、不思議と嫌いじゃなかった。

「これですかね」

 隼人が一冊の本を持って戻ってきた。

「謎の香りはパン屋から」

 弦は表紙を眺める。

「……パン屋?」

「はい。これ、おもしろいですよ」

 隼人は本を差し出した。

「へえ……」

 弦は受け取り、表紙をもう一度見る。

「坊主、これ本当に面白いのか?」

「はい。僕は好きです」

 迷いのない返事だった。

「そうか」

 弦は本を小脇に抱えた。

「じゃあ、読んでみるか」

「ぜひ」

「……ところで、坊主」

「はい?」

「名前、なんていうんだ?」

「斎藤隼人です」

「そうか。隼人か」

 弦は頷いた。

「俺は相田弦だ」

「相田さんですね」

「弦でいい」

「じゃあ……弦さん」

「ああ」

 こうして二人は、初めて言葉を交わした。

 このときの弦は、まだ知らなかった。

 この青年との出会いが、引退後の自分の時間を少しずつ変えていくことを。

「あと、弦さん」

「ん?」

「坊主って……僕ですよね?」

 隼人が少し困ったような顔をする。

「ああ?」

 弦は首を傾げた。

「にぃちゃんって呼ぶのも、なんかガキくせぇだろ」

「坊主もガキくさいですけど…」

「なんだよ面倒くせぇな、まあ……坊主ってとこだな」

「坊主……」

「嫌か?」

「いえ……」

 隼人は苦笑した。

「初めて言われました」

「そうか?」

 弦は気にする様子もなく、本を抱え直した。

「じゃあ、またな。坊主」

「はい。また」

 弦は図書館を後にした。

 手には、隼人に選んでもらった一冊の本。

 この日からだった。

 弦が図書館へ通うようになったのは。


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