ブルガリアБаня(バーニャ)旅① この国、地名に「浴場」を冠した温泉街が多すぎる!
ロシア版サウナと同じ「バーニャ」だけれど、歴史はさらに長い!?
ブルガリア語では、自国文化としての「入浴」あるいは「(温泉)浴場」のことをБаня(バーニャ)と呼びます。バーニャといえば、ロシア人も自分たちのサウナのことを同じ名前で呼んでいますね。世界的にもおそらくそちらのほうが知名度が高く、バーニャと聞けばまず、ロシアが誇る熱々の蒸気浴室をイメージする人が多いでしょう。

ただ、ヨーロッパ諸語における「入浴・浴場」を表す現代語は、ほとんどが同一の語源をもっていて、そもそもよく似ています。
英語 → Bath /ドイツ語 → Bad/スウェーデン語 → Bastu
フランス語 → Bain/スペイン語 → Bano/イタリア語 → Bagno
ロシア語 → Баня(banya)※元はбаніа / ルーマニア語→ Baie …など
このように、どこの国もB始まりの単語ばかり。これらすべてに共通する語源は、紀元前8世紀ごろ成立した古代ギリシャ語の「βαλανεῖον(balaneîon)=入浴」という語です。(公衆浴場の起源が古代ギリシャに遡る…という話は、ぜひ『世界浴場見聞録』でご確認ください)
ロシア語とブルガリア語では結果的にたまたま同じ語が定着しましたが、それは旧ソ連圏でよく起こった、ソ連支配下でバーニャという語が後天的に植え付けられて流布した例とはまったく異なるということを、あえて強調しておきます。

キリル文字発祥の地ブルガリアにおいて、Баня(バーニャ)という語の歴史や、とりわけ共同浴場という概念自体は、ともすればロシアより古いかもしれません。だってそもそも、紀元前のブルガリアの地は、浴場という概念を生み出した古代ギリシャの支配下でもあったのですから。ただし、ブルガリア人にとって、バーニャの形態の主流であり核心は、今も昔ももっぱら温泉浴です。
バーニャと地名に入っていれば、そこは間違いなく温泉街

その一つの証として、ブルガリア国内にはБаняという語が地名に入っている自治体やエリアがとにかく多い!日本で言う「長野県野沢温泉村」「兵庫県新温泉町」みたいな例ですね。言わずもがな、浴場の名を冠した自治体やエリアはどこも良質な温泉が豊富に湧き、古くから由緒ある湯治の保養所(リゾート)として栄えてきた歴史があります。
私たちがブルガリアの首都ソフィアに到着し、空港からレンタカーで2時間あまり南下して最初にたどり着いた鄙びた村の名前も、ずばりБаня(バーニャ)。例に漏れずこの村でも平均水温58度の鉱泉水が湧き出ていて、かのアレクサンドロス大王の父フィリッポス2世も、ここで足の怪我の治癒のために湯治を行なっていたという伝説が残っているそうです。温泉・鉱泉水の健康効果が科学的に分析されるずっと以前の古代から、やはり温泉浴は「清潔」や「娯楽」だけでなく、「療養」と深く結びつく営みだったのでしょうか。
支配国の文化を折衷しながら、いつの時代も守り抜かれた温泉浴

そんな村の歴史を象徴する遺産として今も大事に保存されているのが、推定18世紀(オスマン帝国の支配下時代)に建設された、トルコ式ハマムの遺構。1950年代くらいまでは現役だったそうです。
ムスリムたちのハマムでの入浴法といえば、床/壁暖房システムを利用した熱気浴(湯ではなく温められた空気=熱気を浴びて発汗する入浴法)ですが、温泉が湧くこの村のハマムでは、源泉と近くを流れる川の冷水を引水して貯水した、ほかほかの湯に浸かれる浴槽が床一面を占めていたのです!まさに、地の天然資源を活用したローカライズ・ハマム。
崩れかかった小窓から中を覗くと、古びた石造の歴史空間のなかで、今でもこんこんと清らかな温泉がかけ流されている光景に、じんと胸が熱くなります。

さらに同じ村からは、このハマムよりもずっと古い、ムスリムによる侵略以前の東ローマ帝国時代の名残と考えられる、ローマ風呂浴場の遺構も見つかっています。ここでは、ローマ浴場が踏襲してきた床暖房システムを、源泉を壁の内側に流すという加熱作業いらずのセントラルヒーティングで運用していただけでなく、源泉と冷水の混合水を洗体用に引水・貯水し、さらにそのかけ流しで床やトイレを洗浄するシステムも編み出されていたそうです。浴室が一つしかなかったため、午前中は男性が、午後は女性が交代で使っていたそう。
まさにいつの時代も、さまざまな異文化の影響力にさらされながらも、温泉浴の文化が絶えず守られてきたという史実が、街の遺構にも裏付けられています。
↑現在のバーニャ村の源泉のようすを動画に収めました。noteは動画が直接貼り付けられないので、こちらのリンク先からどうぞ。
現在のバーニャ村は、スパホテルがひしめく一大温泉リゾート街に

時が流れ、現在のバーニャ村は、馬が草を喰むのどかな田舎の風情を残しながらも、まさに一大温泉スパリゾートとして、いくつものスパホテルが国内外から人を集めています。
日本で言うところの「昭和レトロ」な保養施設もありましたが、今回私たちが泊まったのは、2024年にオープンした総面積6500平方メートル(うち3500平方メートルが屋外露天風呂エリア、3000平方メートルが屋内スパ施設)という、宿泊ホテルつきの巨大なモダンスパリゾート。ここがいろんな意味で驚愕の快適施設だったので、次回の記事では、この温泉スパの魅力を徹底紹介いたします!
↑これまでの他の国々の浴場見聞録は、ぜひこちらでたっぷりお楽しみください!
