自分の知らない自分の顔~14年目の「はじめまして」で起きたこと~
昨日、長年の知人であるカメラマンさんが、仕事でこちらの地元に来ているというので、お茶をすることになった。
彼女とは、もう十四年ほどの付き合いになる。
とはいえ、主な接点はSNS。細く長く続いてきた、オンライン中心の関係だ。
先月、大学の課題でインタビューをお願いし、Zoom越しに初めてリアルタイムで話をした。だから「はじめまして」ではないけれど、「ちゃんと会う」のはこれが初めて。けれど、不思議と初対面の緊張はなかった。
待ち合わせの日、家を出るときは小雨がぱらついていた。
でも駅に着くころには、空がやわらかく明るくなっていた。
それだけで、なんだかいいことがありそうな気持ちになった。
待ち合わせ場所で無事に合流。人の少ない場所へ移動し、写真を撮ってもらうことになった。
冗談まじりに、ずっと言っていたのだ。
「いつか写真撮ってくださいよ。著者近影に使えるようなのを」
その“いつか”が、思いがけず現実になった。
「はい、笑って〜。あ、硬い硬い。無理に笑わなくていいですよ。……そうだ、先生ってプロになって何年でしたっけ? あ、今の表情いい♪」
カメラを掲げた彼女に声をかけられながらの撮影。
——うわ。プロだ。
ドラマで見る撮影シーンみたいだ、と心の中で思った。
こそばゆくて、でも楽しくて、少しだけくすぐったい時間だった。
そして、撮ったばかりの写真をカメラ本体のモニターで見せてくれる。
「あとから少しレタッチしますねー」
と、言いつつ、一枚一秒もないくらいの速さで流していく。
——衝撃があった。
自分なのに、見たことのない顔で笑っている自分がいた。
鏡で見る顔でもない。
気取った自撮りでもない。
ましてや撮影用の「作った顔」でもない。
こんな表情の自分、私は知らない。
それは不思議で、少し怖くて、でも確実に感動だった。
強いて言うなら——
「自分の死に顔を見たような」ショック。
縁起でもない言い方かもしれない。
でもそれくらい、「ありえないもの」を見てしまった感覚があったのだ。
見たことのない、ものすごくいい顔で笑っている自分。
え、すごい。
すごい。すごい。
その瞬間、はっとした。カメラって、画材なんだ。
これまでにも著名な写真家の写真集を見たことはあったし、シャッターを押せば自動的に絵が出てくる……みたいな単純な話ではないことも知識では知っていた。
でもこの時、写真は私に「自分の知らない自分」を見せた。
それと同時にこの表情、光、コントラスト……などなどこの画面を構成するための瞬間を切り取った彼女の意志もありありと見て取れた。
それはまさしく、彼女の手で描かれた一枚の絵だったのだ。
わかっているつもりのことが、実はまったくわかっていなかった。
自分の顔ひとつとっても、こんなに未知がある。
改めて物事は、今まで漫然と思っていたことよりも、もっとずっと深く掘っていける存在なんだということを思い知った。
場所を喫茶店に移し、その感動を必死で言葉にしようとしたけれど、きっと全部は伝えられていない。
こういうとき、言葉は少し頼りない。
二時間ほど、濃い時間を過ごした。
お互いの仕事の話、趣味の話、これからのこと。
別れ際には、しっかり握手をして、ハグをした。
帰宅して、着替えのために服を脱いだ時、ふと自分の体臭に気づいた。
くさい、という意味ではない。
普段ほとんど家にこもっているせいか、久しぶりに長時間外にいたことで、嗅覚がリセットされたような感覚だった。
ああ、私って、こんな匂いなんだ。
見たことのない笑顔。
意識したことのなかった匂い。
自分を少しだけ外側から意識させてもらった一日だった。
もしかしたら、あの中の一枚が、いつか著者近影になるかもしれない。
そのとき私は、
昨日見た“知らない自分”のことを、きっと思い出すんだろうな。
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