同人から商業にいくと不幸になるのか?
最近やっと担当編集からシナリオのOKが出たのでネームを進めている。
正直、ネームをちゃんと最後まで描いたのは2作だけなので、ここからはかなり苦労することが予想される。
しかし、このnoteは今後、連載が始まったりアニメ化したりしたときに読み返して「こんな下積み時代が…」と感動したいために書いている意味もあるので、そのときそのときのリアルな感情を記録しておきたい。
初めて担当編集がついて、原稿のやりとりをするようになってからよく考えることがある。巷でよく言われる「好きなことを仕事にすると嫌いになる」問題についてだ。
私は中学生の頃からずっと同人で二次創作を続けているのだが、同人活動で人気が出てスカウトされ商業デビューする人はめちゃくちゃ多い(主に絵師さん)。そこでよく耳にするのが、「二次創作の大手だから人気だっただけでオリジナルは別に面白くない」という残酷な声である。
具体例があまり浮かばないし、あくまで「なんかよく言われてる気がする」程度の話ではある。でも、同人では作家の性癖が尖っていて面白かったのに商業で大衆向けにしたらその人らしさが薄れた……みたいな話はよく聞く。あと、商業BLにいった人のキャラが推しCPに似すぎてる、とか。商業で本を出したもののまた同人に戻ってくる人もよく見る。
では、同人オタクが商業にいくことは成功ではなく不幸のはじまりなのだろうか? 趣味でのびのびと、かきたいものをかくほうが幸せなのだろうか?
思うに、「好きなことを仕事にすると嫌いになる」論で見落とされているのが、創作行為の目的である。好きなことを仕事にして幸せになる人と不幸になる人とでは、創作する目的が違うのだ。
(仮説)
・商業で創作して不幸になる人
→創作の目的は「自分が楽しむこと」「仲間とつながること」
・商業で創作して幸せになる人
→創作の目的は「読者に届けること」「社会とつながること」
自分が創作の何によろこびを感じているのかは、作者本人にしかわからない。ツイッター(一生こっちの呼び方を続ける)に呟くことでもないし、どちらがいいという話でもない。
ただ、目的とやっていることが乖離すればするほど苦しくなっていく。
私は自分が後者だということに、商業に挑戦してみてから気づいた。なので現時点では、楽しさ9:苦しみ1くらいの割合でやれている。まだ読切も載ってないので、これから本当の地獄が待ってるのかもしれないけど....。
いちばん楽しいのは、自分では最高に面白いと思っている自分の作品が勘違いではなく他人が読んでも面白いと確認できた瞬間だ。
要は、担当からすぐに感想をもらえることが嬉しい。質問に答えていくうちに、今までどこにも存在しなかった世界が拡張していくのも楽しい。
二次創作の場合、感想をもらえるのは私の場合年2、3回である。自分では最高傑作だと思って投稿しているつもりだが、読者にとってもそうかはほぼわからない。ふぁぼ数やランキングは気にしなくなって久しいが、ちゃんと届いているかは不安だったのかもしれない。
いま掲載を目指している作品の最大のターゲットは、「家庭に居場所がない子どもたち」である。この子どもたちとは未成年だけに限らない。自分が子どものころに読みたかった漫画をwebtoonで実現する。その上でビジネスからも逃げずに、数字も追いながら社会と接続する。異世界転生や悪役令嬢以外でも売れることを証明する。
この先、立ち止まったときのための備忘録だ。
