紙の舟、禁呪の都【ショートショートnote|アカリウムお題ガチャ】
ジャンル:ダークファンタジー
舞台:魔法が禁止された王都
スパイス:主人公の目的を最後まで書かない × 主人公の名前を出さない
形式:3000字程度のショートショート
紙の舟、禁呪の都
王都の空は、灰に沈んだ硝子のような色をしていた。十年前のあの夜、空を焼いた光の色を、この街はまだ覚えている。
灯りは早々に消され、通りには衛兵の松明だけが等間隔に並んでいる。魔法が禁じられてから、もう十年になる。
あの夜、暴走した魔法が街の一角をひと晩で焼き尽くし、数えきれない人が消えた。それ以来、杖は焼かれ、詠唱は禁書に変わり、街のどこかで小さな光がひとつでも灯れば、それだけで牢へ引かれていく。
子どもたちはもう、光る虫の名前すら知らずに育つ。
彼女は外套の襟を立てて、灯りの届かない路地ばかりを選んで歩いていた。懐には、掌に収まるほどの小さな包みがひとつ。歩くたびに、それが胸の内側でことりと鳴った。
表通りに出ると、検問の松明が近づいてくる。彼女は足を緩めずに、ただ軽く会釈をした。
「こんな時間にどこへ?」
衛兵の声は疲れていた。彼女は答えず、懐の包みを外套の上から軽く叩いて見せる。ただの布と紙、というふりだった。
衛兵の視線が、包みの膨らみに一瞬止まった。
指先が冷たくなる。松明の炎が、やけに近くに見えた。
「……最近、これで捕まった奴がいてな」
衛兵はそう呟いて、包みに手を伸ばしかけた。
「ふん、まあいい。今夜はもう、探す気力もない」
衛兵は欠伸をひとつして、松明を持ち直した。彼女はそのまま暗がりへ溶けていく。息を吐き出したのは、角を曲がってからだった。
裏通りの市場はもう畳まれかけていて、干からびた果物の匂いだけが残っていた。屋台の陰で、子どもが二人、声をひそめて話している。
「ねえ、光狩りって、光る石まで持ってっちゃうの?」
「シッ。声、大きい」
彼女はその横を、何も聞かなかったふりで通り過ぎた。喉の奥が、少しだけ苦くなる。
古い噴水の前で、彼女は足を止めた。水は涸れて久しく、底には枯れ葉が積もっている。噴水のふちに腰かけていた老いた行商人が、彼女に気づいて片手を上げた。
「持ってきたのか」
「うん」
「燃えるとまずいやつだろ、それ」
老人は冗談めかして笑ったが、彼女は笑わなかった。ただ小さくうなずいて、懐の包みを開いた。
中身は、折り畳まれた一枚の紙だった。子どもが作るような、不格好な舟の形に折られている。
「それだけか」
「うん」
老人は肩をすくめて、それ以上は何も聞かなかった。彼女は涸れた噴水の底に紙の舟をそっと置くと、指先でその縁に触れた。
指先が、ほんの一瞬だけ淡く光った気がした。禁じられた光は、誰にも見咎められないほど小さくて、すぐに消えた。
紙の舟が、かすかに震える。そして、まるで水があるかのように、ゆっくりと涸れた噴水の底を滑り出した。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。冷たい石を抱いているみたいに重くて、それなのに指先だけがあたたかい。
老人は何も言わずに、ただその小さな舟が噴水のふちまで進んでいくのを一緒に見ていた。舟はふちにぶつかって止まり、それきり動かなくなった。
「もう行くのか」
「うん」
彼女は外套の襟をもう一度立て直して、来た道を戻っていく。振り返らなかった。
帰り道、通りの角で彼女は一度だけ足を止めた。
まだ新しい黒い焦げ跡が、壁に残っている。先月、灯りを灯した罰でここが焼かれたと聞いた。誰が住んでいたのかは、もう誰も知らない。
彼女は焦げ跡から目を逸らし、足を速めた。
王都の夜はまだ長い。禁じられた光がひとつ、涸れた噴水の底で、誰に知られることもなく静かに消えていった。
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