芋出し画像

物語 蚀わぬ色の空の圌方ぞ⑀


蚀わぬ色ずは叀い色蚀葉で、“くちなしの花の色“をさす蚀葉です。

冒頭の掲茉写真は機織りの糞を撚る際に甚いる【玡錘車】ずいう道具です。

第5ç«   繭色を緎る。 


生成りの繭の糞を粟癜した色を、癜緎りず蚀いたす。

わたしの名は、茅原(ちはら) 昊(こう)。
職業、挫画家。
䞉茪山の麓に䜏むアラフィフキャリア、“奈良の女”です。
これから語るお話。
それは、それは、遠い昔の物語ず珟圚(いた)を結ぶ ,”倢解人(ゆめかいびず)のお぀なぎ圹” ずしおお付き合いいただければず思いたす。


口䞊
この皿は、お぀なぎ圹「昊」のながい【枟名城入姫の倢の蚘憶】を蟿った【倢解・ゆめかい】の語りになりたす。

近づいおいく、邑人ずの間合い。

枟名(ぬな)が兄・倧入杵(おおいりき)のいるこの地に来た正匏な理由は、倧和王暩の祀(た぀り)を぀かさどる小祭叞に任呜されたからです。
小祭叞倩皇に成り代わっお代理の祭祀を行う圹割。物語の進行䞊の䟿宜的な呌称であるこずを、お断りしおおきたす。
もちろん枟名(ぬな)の䜓調を心配した母 å°ŸåŒµå€§æµ·åª› おわりのおおあたひめが奔走しお、兄・倧入杵(おおいりき)の庇護を求めたのが真の理由だったでしょう。
叀代においおは祀(た぀り奉)は、政における重芁な郚分を占めおいたした。
枟名(ぬな)は、この地の祭祀を叞る最高䜍の巫女ずしおやっおきたのです。

枟名(ぬな)に随行しおきた初音・結・玖真那ずの人の共同生掻が、邑(むら)で始たりたした。
初めの頃は遠巻きの邑人の芖線に囲たれお、疎倖感を感じる毎日でした。

矜咋垂・吉厎・次堎(匥生)遺跡通HPよりむラスト拝借


この地は北぀海(日本海)にそそぐ倧きな期湖(せきこ)の畔で、自岞ず察岞が【湖】ずいう芋えない壁で隔おられおいたす。
自岞偎は平定も進み、昌間は安党に過ごすこずが出来たす。
枟名(ぬな)の䜓力が回埩するに぀れお、舎人(ずねり)を護衛に぀けお呚蟺探玢の足を延ばしおいきたした。

薬ずおない環境では、乳母の初音の知識が倧いに圹立ちたした。
初音は山端の森林に分け入り、様々な野草を摘み、熱さたし・殺菌薬・虫䞋し・化膿止めなどの薬皮を揃えおいきたした。

garden storys様のHP画像より、拝借したした。
garden storys様のHP画像より、拝借したした。



ある日初音は、邑の子䟛が足を匕きずっおいるのを芋かけたした。
傷口は腫れただれお、膿が出おいたした。
「どうしたの芋せおごらん。」
声を掛けられオドオドしおいる子䟛を、半ば匷匕に小屋の䞭に連れ蟌み嫌がる子䟛の患郚を芳察したした。
おもむろに”どくだみ”ず”よもぎ”の葉を軜く火であぶり揉み蟌んで子䟛の傷口にあお、”぀わぶきの葉”もあぶり柔らかくしおその䞊から芆っおあげたした。
よもぎ。どくだみ・぀わぶきなど、どこでも芋かける野草は、叀来より匷力な止血や殺菌効果・膿の吞出し・抗菌包垯・保護シヌトの薬草ずしお知られおいたした。

数日ごずに薬草を貌りかえおを斜すず、子䟛の化膿は芋る芋るうちに瘡蓋になり快方に向かいたした。
皋なく子䟛の芪が期の干魚を持っお、枟名ず初音のもずを瀌に蚪れおきたした。

このこずが切っ掛けで枟名(ぬな)達の䜏む祭祀小屋は、邑の蚺療所の圹割も果たすようになりたした。
この出来事により、邑人達ずの【治療ず産物を亀換する取匕関係】が成立したのです。
倏は燻補にした干魚・冬は塩蔵魚・堅果の栗・採れる野菜や果実などあらゆる食べ物が亀換で小屋に貯えられるようになりたした。
䜕よりも初音は、邑の薬垫ずいう重芁な地䜍を手に入れたのです。

最も早く邑人ずの距離を瞮めたのは、はしため(䞋女)ずしお付いおきた結でした。
瀟亀性に富んだ結は持ち前の人懐っこさを発揮しお、掗濯しながら邑の女たちず仲良くなり、井戞端䌚話から様々な情報を枟名達にもたらしたした。

埓者ずさずしお随行した玖真那(くたな)は郜の聖なる池の護り人で、他の二人ず同様自ら志願しおきたした。
枟名を慕う想いが、誰よりも匷かったのです。
もずもず物郚(もののべ)ずいう叀くからの歊人氏族の出で、秀でた歊術の䜿い手でもありたした。
枟名の䜏居の傍の護衛小屋に寝泊たりし、駐圚の舎人たちず鍛錬を行っおいるうちに兄・倧入杵より、枟名たちの護衛隊長に任ぜられるたでになりたした。
時には邑の男たちの狩りや持劎の手䌝いをしその腕を認められ、邑の男たちずも気軜に䌚話できる察等の関係を築き䞊げるたでになりたした。
垯同した人はそれぞれの個性をうたく掻かしたチヌムずしお機胜し始めたのです。
このように枟名たちず邑人たちの距離は、急速に近くなっおいきたした。

鎮圧ず平定のはざた。


兄・倧入杵(おおいりき)はその忙しさをぬっお、枟名の様子をたびたび芋舞っおくれたした。
しかし共にゆっくりず過ごす時間などは、䞭々ありたせんでした。

枟名にも初音・結・玖真那たちの情報収集で、兄倧入杵(おおいりき)が抱えるゞレンマが芋えおきたした。
この地は自岞ず察岞が、湖ずいう倩然の氎垣で完党に区切られおいる地圢です。
察岞で事が起こる床に、船での枡岞を䜙儀なくされたす。
機動力は制限され、時には埅ち䌏せに䌚い、敵察勢力の根絶ずは皋遠い戊況の䞭にありたした。
敵勢力ず蚀っおも、倚くは出雲王暩に連れられおきた兵士や民草が土着した人々です。
今は無き出雲王囜ぞの郷愁ず棄民ずなった哀しさの狭間に揺れる人々でした。
その心情から、圌らの䞀郚が倧和王暩ぞ恭順しようずする同胞を襲うずいうやり切れない構図だったのです。
圌らの戊闘胜力は、決しお䜎くないものを芁しおいたした。
埁服した倧和王暩に垰順するのには、今しばらくの時を芁するのは臎し方ない事情でした。
しかし倧入杵(おおいりき)には、結果が求められおいたした。
【歊力行䜿が『鎮圧』ずいう暫定結果に終わるのか、『平定』ずいうに倧儀ぞず向かうのか】
執政者ずしおの倧入杵(おおいりき)の力量が詊されおいたのです。
結果が出せないこずは、郜での倧入杵ぞの信頌ず地䜍の倱墜に぀ながりかねないずいうこずです。

枟名のもずに集たっおきた情報から、兄・倧入杵が陥っおいる苊境の党䜓像が浮かんできたした。
兄を、どうしおも助力したい
兄に再䌚した時、ふず浮かんだ想いが倧きく膚らんだ瞬間でした。

Turning Point to Strategy & Tactics. 戊略ず戊術の転換点。

枟名が、邑を歩いおいる時でした。
朚陰で乳飲み子を抱き、朚の幹に糞を束ねお地機(じばた)ずいう地面に腰を䞋ろしお機織りをしおいる邑女を目に止めたした。
子䟛をあやしながら䜜業する母芪の背䞭に、疲劎がにじみ出おいたした。

房総颚土蚘の䞘資料通第二展瀺宀の匥生の原始機より


機織りの技法は,匥生時代に皲䜜などず共に枡来した技術です。
簡単な道具を甚い、地べたに座りながら織っおいく劎力を芁する仕組みでした。
枟名の時代にはこの機織り技法が、朚補フレヌムを䜿った腰機(こしばた)・高機(たかばた)ずいう噚具を䜿う方法ぞず進化しおいく時代でした。
叀墳時代に入るず「筬おさ」ず呌ばれる道具革呜がおこり、織り機の構造や品質に倧きな技術革新が起こりたす。
枟名が胜登の地にやっおきたのは、たさに機織り技術の転換点の時代でした。

枟名が育った宮䞭の姫巫女の仕事は、神ぞの奉斎ず共に機織りも神聖な神ぞの奉仕の䞀぀だったのです。
宮䞭には垞に、倧陞からの最先端の技術が導入されおいたした。

毎日新聞HPより沖ノ島発掘の機織り機 掲茉写真より

枟名には地べたに座り、䜓を酷䜿する地機(じばた)で垃を織る母子の姿がずおも䞍憫に思われたした。
圓時の機織りの先進技術は、高䜍の人々が独占する限られたものでした。
胜登の地ず宮䞭の機織り手法の差は、幎近くの差を感じさせるものでした。

【閃き。】

宮䞭の機織り技術ず噚具の導入は、この地の機織りルネッサンスだけではありたせん。
閃きは兄・倧入杵の統治ぞの転換点に繋がる、倧いなる啓瀺ぞの序章ぞず向かいたした。
神はひらめきず共に、降りおきたした。

このお話の続きは、次の第章で倢解したいず存じたす。


匕甚させおいただきたした画像サむトのURLを掲茉させおいただきたす。
悪意のある、あるいは商甚目的による掲茉ではなくnoteずいう投皿方法の性質䞊の画像の差し蟌み目的ずしおご容赊をお願いする次第です。
䞍郜合があれば削陀をお申し出くださいたせ。

矜咋垂吉厎・次堎遺跡匥生遺跡通様のサむト

https://fuwaiin.com/jyoumon-iseki/isikawa/hakui-yotuzaki-suba-iseki/yotuzaki-suba-iseki.html

garden story様のサむト
身近な䞇胜薬「ドクダミ」倧蟞兞 驚きの効胜・正しい駆陀・簡単レシピたで培底解説 | GardenStory (ガヌデンストヌリヌ)

amebaブログ 房総颚土蚘の䞘資料通第2展瀺宀より

毎日新聞瀟 犏岡・宗像倧瀟宝物点公開沖ノ島の䞖界遺産芋通し蚘事より

時代考蚌参考資料
吉野ヶ里遺跡公園 吉野ヶ里遺跡の玹介埩元建物玹介ペヌゞ
「䞭のムラ」より

3.781文字

                      © 2026 by癜山麓ダヌチャ

































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