世界の端で生まれた国が、もう一度世界の頂点を目指す話
〜ポルトガル代表と、大航海時代の末裔たちへ〜
40歳の男が、まだ夢を語る
ある男の話から始めたい。
41歳になっても現役を続け、毎日のようにゴールを決めている。 世界中の子どもたちに名前を知られていて、サウジアラビアのクラブチームでプレーしながら年間何十億円もの報酬を受け取っている。
そんな男が最近、こう言った。
「W杯優勝は、夢じゃない」
クリスティアーノ・ロナウド。 ポルトガルのサッカー選手。 バロンドール(世界最優秀選手賞)を5度受賞し、国際試合の歴代最多ゴール記録を持つ。
でも。 W杯だけは、まだ持っていない。
今年の夏、北中米ワールドカップが開催される。 これがたぶん、彼にとって最後のチャンスだ。
2026年。 41歳の男が、夢に手を伸ばそうとしている。
世界の端から、船を出した人たちの話
ちょっと待ってほしい。 その前に、この国のことを少し教えたい。
ポルトガルは、ヨーロッパの一番西の端にある。
地図を思い浮かべてほしい。 スペインのさらに左側、大西洋に向かって突き出た小さな国。 面積は日本の4分の1ほど。人口は1000万人。 スペインと隣り合っているけれど、言葉も文化も違う。
国名の由来は「カレの港(Portus Cale)」というラテン語だ。 昔からずっと、海とともにある国。
ここから15世紀に、何かが起きた。
当時のポルトガルは、推定人口110万の「小国」だった。 でも、この小さな国の人たちが、誰も行ったことのない海へ船を出した。
アフリカの西海岸を南下して。 「喜望峰」という岬を越えて。 インドへの航路を開拓した。
エンリケ航海王子が旗手となり、バルトロメウ・ディアス、ヴァスコ・ダ・ガマ—— そしてマゼランが率いた探検隊が、史上初めて世界を一周した。
彼らが、世界を変えた。
そして1543年、ポルトガルの商人が種子島に漂着した。 鉄砲が、日本に伝わった。 同じ時代に、カステラも、金平糖も、天ぷら(の調理法)も伝わった。
「天ぷら」の語源にはポルトガル語という説がある。 「カステラ」はポルトガル語で「カスティーリャのパン」。 あなたが知っているお菓子の名前の裏に、ポルトガル人の影が潜んでいる。
世界の端から出発した船が、世界を変えた。 それが、この国の原点だ。
強いのに、なぜか勝てなかった
さて、サッカーの話に戻る。
ポルトガル代表の愛称は「セレソン・ダス・キナス」。 ポルトガル語で「五つの盾の代表」という意味だ。 チームカラーは赤と緑——そう、国旗と同じ色。
これだけの選手を揃えながら、ポルトガルはW杯で一度も優勝したことがない。
一番良い成績は、1966年イングランド大会と2006年ドイツ大会、どちらもベスト4だ。
1966年の大会で、ポルトガルは北朝鮮と対戦している。 前半に3点を奪われた。0-3。 誰もが「もう終わりだ」と思っただろう。
でも、そこから「黒豹」エウゼビオが4ゴールを叩き込んだ。 最終的にポルトガルが5-3で勝利した。
その試合は今でも、W杯の歴史的名勝負として語り継がれている。
弱さの話も、しなければならない。
2016年のユーロ(欧州選手権)でポルトガルは優勝した。 国として初めての主要タイトルを獲った日だ。
でもグループリーグを、3試合すべて引き分けで突破したチームが、なぜ優勝できたのか。 論理的に説明するのは難しい。
「内容が悪い」「見ていてつまらない」——そういう批判があった。 それでもポルトガルはトーナメントを勝ち上がった。
決勝の相手はフランス。 ロナウドは前半に負傷で交代した。 主将が泣きながらピッチを去った。
そして——延長後半。
エデルがゴールを決めた。
ポルトガルの旧植民地ギニアビサウにルーツを持つ、それまでほとんど無名だった男が、最後の最後に世界の舞台で歴史を作った。
ポルトガルが1-0で優勝した。
「こういうドラマが、この国にはある」 そう感じた人は、多いはずだ。
あなたに覚えてほしい名前がある
2026年大会のポルトガルのメンバーを見ると、正直ため息が出る。 いい意味で、だ。
ブルーノ・フェルナンデス(マンチェスター・ユナイテッド) 試合中ずっと叫び続ける中盤の司令塔。あのエネルギーで局面を動かす。
ベルナルド・シウバ(マンチェスター・シティ) 小柄でも技術が異常に高い。パスを出すたびに局面が変わる選手。
ラファエル・レオン(ミラン) 左サイドを独走するドリブラー。スピードと技術が同居している。
ヴィティーニャ(パリ・サンジェルマン) 2024年のバロンドール選考でトップ3に入った中盤の哲学者。
ジョアン・ネヴェス(パリ・サンジェルマン) まだ21歳。でも試合の「流れ」を読む能力が異常だ。
フランシスコ・コンセイソン(ユベントス) 23歳。父も元ポルトガル代表という2世選手。とにかくドリブルが速い。
ほぼ全員が欧州のトップクラブに所属している。 このメンバーが揃っていて、なぜW杯を一度も獲れていないのか。
それが、ポルトガルの謎であり、魅力でもある。
まだ、足りないものがある
ここで少し、正直に話す。
今の最大の問題は「ロナウドをどう使うか」だ。
41歳のロナウドは今シーズンもサウジアラビアでゴールを量産している。 でも、サウジアラビアリーグのレベルは欧州トップリーグとは違う。 昨年夏のEURO 2024では、ロナウドは無得点で大会を終えた。
一方、ロナウドが出場しない試合でゴンサロ・ラモスが点を取るという皮肉がある。 2022年カタール大会でも、ロナウドの代わりに入ったラモスが1試合でハットトリックを決めた。
ロベルト・マルティネス監督は悩んでいるはずだ。 ベルギー代表を2018年W杯で世界3位に導いたスペイン人監督。 選手の感情を大切にする人だと言われている。
最後のW杯で、ロナウドを外せるか。 それとも、ロナウドと心中するか。
どちらを選んでも、誰かが傷つく。
2025年11月、W杯欧州予選の最終節でポルトガルはアルメニアを9-1で粉砕した。 ボール保持率72%、シュート33本。 力の差は歴然だった。
でも、その3日前のアイルランド戦では、ロナウドが一発退場になって0-2で負けていた。 強さと弱さが、ギリギリのところで共存している。
それが、ポルトガルだ。
世界の端の国が、もう一度世界へ向かう
思い出してほしい。
15世紀のポルトガル人は、人口110万の小国から大海原に飛び込んだ。 誰も行ったことのない南の海を南下して。 世界の果てへ向かった。
なぜ、行けたのか。
怖くなかったのか、と聞かれたら、たぶん怖かっただろう。 でも彼らは行った。
ロナウドが41歳でまだ「W杯優勝は夢じゃない」と言い続けるのも、 もしかしたらその血の話かもしれない、と私は思う。
世界の端から、誰も信じない夢を信じて船を出す。
2026年の夏、ポルトガルは北米大陸へ向かう。 グループステージではウズベキスタン、コロンビアと戦う。
決して楽なグループではない。 でも、この国の人たちはそういう状況が嫌いじゃないと思う。
最後に、一つだけ聞かせてほしい。
あなたは今年の夏、誰を応援しますか。
もし悩んでいるなら—— 世界の端の国が、ずっと夢を追っている話を、思い出してほしい。
ポルトガルが、好きになるかもしれない。
