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FC町田ゼルビア──奇跡を紡ぐ、都道府県4部からJ1への物語

あなたは、この物語を信じるだろうか

東京の片隅、町田という街に 小学生たちが蹴るボールから すべてが始まった。

母体企業を持たない市民クラブが 都道府県リーグ4部という日本サッカーの最下層から J1リーグの頂きへ。

それは47年かけて築かれた 日本で唯一無二の軌跡だ。

この街が、このクラブが教えてくれるのは どんな逆境も、正しい信念と情熱があれば 必ず突破できるということ。

さあ、「町田から世界へ」という 壮大な夢の物語を、あなたと共有したい。


1977年──少年たちの夢が蒔いた種

町田という街は 少年サッカーの聖地だった。

1970年代から強化を始め 全国に名を轟かせていた。

約40名のJリーガーを輩出し ジュニア・ジュニアユース年代では 全国でも有数の成績を収めてきた。

1977年、市内の小学生選抜チーム 「FC町田トレーニングセンター」が誕生。

この子どもたちのクラブこそが のちに日本サッカー史に残る 伝説を生み出す母体となる。

当時の町田サッカー協会理事長 重田貞夫が声をかけ 1989年、ついにトップチーム「FC町田トップ」が創設された。

これが、FC町田ゼルビアの起源だ。

名前に込められた想い──ゼルビアという約束

1997年 チーム名がFC町田ゼルビアに変更された。

「ZELVIA」とは 町田市の樹・ケヤキ「zelkova」と 町田市の花・サルビア「salvia」を合わせた造語。

この街のアイデンティティそのものを クラブ名に刻んだのだ。

青いユニフォームは 空を突き抜ける決意の色。

チームマスコットは 町田市の鳥・カワセミをモチーフにした「ゼルビー」。

地域に根ざし、地域とともに歩む。 それがゼルビアの原点だった。

長く険しい登山道──底辺からの旅路

1991年、東京都社会人サッカーリーグ4部に参入。

そこから始まった登山は 想像を絶する長さだった。

東京都リーグ4部→3部→2部→1部 関東サッカーリーグ2部→1部 JFL(日本フットボールリーグ) J3→J2→J1

ひとつひとつのステップが 血と汗の結晶だった。

2003年、NPO法人アスレチッククラブ町田が設立され 運営体制が整う。

2004年、竹中穣ら町田市出身者や 縁のあるJリーガーを中心に補強。

2005年、東京都リーグ1部で優勝。

2007年、川添孝一がスーパーバイザーに就任し 関東リーグ1部で初優勝。

2008年3月17日、運営会社「株式会社ゼルビア」が設立。 同年、地域リーグ決勝大会で優勝し ついにJFL昇格が承認された。

挫折と再起──スタジアムという壁

2009年、JFLに参入し Jリーグ準会員に承認された。

2010年、奇跡が起きかけた。 JFL3位という好成績を収め J2昇格の条件を満たしていた。

しかし、スタジアム問題が立ちはだかった。

当時の町田市立陸上競技場は 収容人員わずか6,000人。

Jリーグの基準を満たしていなかった。

夢を目前にしながら Jリーグ加盟を断念。

だが、この挫折がクラブを強くした。

天空の城──野津田の奇跡

町田市は決断した。 このクラブを、この街の誇りとして 全力で支援すると。

2012年、メインスタンドの全面改築が完了。 収容人員10,328人、J2基準を満たした。

そして2012年 ついにJ2参入が決定。

2014年、J3参戦。 2015年、J2復帰。

しかし、野津田公園にあるスタジアムは 交通の便が悪く「登山道」と揶揄された。

それを逆手にとって生まれたのが 「天空の城 野津田」というブランディング。

ピッチを「闘技場」 グッズショップを「武器・防具屋」 来場を「ご来城」と表現。

応援するサポーターを「雲」に見立て 雲が大きくなればなるほど より高い位置へと昇っていく。

不利な条件を、魅力に変えた。

2021年、バックスタンドが改築され 収容人員15,320人、J1基準を満たした。

2018年──サイバーエージェント参入という転機

2018年10月 IT大手サイバーエージェントが 経営権を取得。

代表取締役・藤田晋がオーナーに就任した。

藤田晋── 1973年生まれ、青山学院大学で学生時代を町田で過ごした。 24歳でサイバーエージェントを設立し 26歳で史上最年少での東証マザーズ上場を果たした伝説の経営者。

彼がこの街に恩返しをしたいという想いで 町田を選んだ。

「本気でやればやるほどお金がかかる」

それを承知の上で 藤田は町田の未来に賭けた。

2022年12月、藤田は自ら 株式会社ゼルビアの代表取締役社長兼CEOに就任。

スピード感とスケール感を重視し 「J2は早く抜け出したい」と明言。

IT企業の経営哲学を サッカークラブに注入した。

2021-2022年──三輪緑山ベースという聖地

2020年6月30日 クラブは新たな拠点整備を発表。

町田市から鶴見川クリーンセンター用地 42,044.52㎡を無償貸借。

新国立競技場を設計した世界的建築家 隈研吾による2階建てクラブハウスと 天然芝グラウンド2面を整備。

2021年12月、グラウンドが完成。 2022年2月、クラブハウスが完成。

施設愛称は「FC町田ゼルビア三輪緑山ベース」。

「町田を世界へ」のベース(基地)になってほしい。 ゼルビア魂の基礎となる場所。

J1で戦える体制が、ここに整った。

2022年10月──黒田剛という革命

2022年10月24日 衝撃の人事が発表された。

青森山田高校サッカー部を28年間率い 全国高校サッカー選手権3度優勝 数多の日本代表を輩出した名将 黒田剛が監督に就任。

プロの指導経験ゼロ。 52歳での大挑戦。

「不安を感じるかもしれませんが 長きに渡り培ってきた『勝者のメンタリティ』は どのカテゴリーであっても失われない」

黒田が掲げたのは シンプルで徹底的な原理原則。

・球際の強さ ・切り替えの速さ ・ハードワーク

そして何より 「負けないサッカー」。

勝つことよりも、負けないこと。 90分間、高いインテンシティを維持すること。 細部へのこだわりを貫くこと。

黒田のマネジメント力は 高校サッカーで磨かれた組織づくりの賜物だった。

コーチ陣に責任と威厳を持たせ 最終的な権限だけは監督が持つ。

この明確な役割分担が チームを変えた。

2023年──J2制覇という約束

2023シーズン クラブスローガンは「J1昇格」。

黒田監督就任1年目 新戦力19名を加えた新生ゼルビア。

開幕から快進撃が始まった。

J2で6連勝というクラブ史上初の記録達成。 単独首位を快走。

「負けない」という信念が チームに浸透していた。

10月22日 ロアッソ熊本戦に3-0で勝利し J1昇格が決定。

11月18日 町田駅前の原町田大通りで 「J2優勝・J1昇格パレード」が開催された。

沿道に集まった8,000人の歓声。

創設34年 都道府県リーグ4部からJ1へ。

日本で唯一無二の快挙を成し遂げた。

2024年──J1初挑戦という旋風

2024シーズン スローガンは「Make a New History」。

FC町田ゼルビアというクラブの歴史と Jリーグというリーグ全体の歴史を 町田から創っていく。

鹿島から昌子源 清水からオ・セフン 浦和から柴戸海──

経験豊富な選手たちが加わり 「進化版ゼルビア」が誕生。

J1初挑戦ながら 開幕5試合で4勝1分の負けなし。

黒田監督は J1リーグ月間優秀監督賞(2・3月)を受賞。

シーズン終盤まで優勝争いに絡み 最終結果は3位。

AFCチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。

J1昇格1年目での この成績は奇跡以外の何物でもなかった。

2025年──そして天皇杯決勝へ

2025年 新たな歴史が刻まれようとしている。

天皇杯決勝進出。

小学生の選抜チームから始まったクラブが 日本サッカーの頂点を目指す舞台に立つ。

これは終わりではない。 新たな始まりだ。

町田GIONスタジアム──闘技場という名の聖地

正式名称:町田市立陸上競技場 愛称:町田GIONスタジアム

所在地:東京都町田市野津田町 収容人数:15,320人(J1基準)

2020年1月1日から ネーミングライツにより 物流企業ギオンの名を冠する。

最寄り駅からはバスで20〜40分。 「登山道」と呼ばれた不便さを 「天空の城」というブランドに昇華させた。

メインスタンド: 鉄筋コンクリート造6階建(2,592席)

バックスタンド: 鉄筋コンクリート造一部鉄骨造3階建(7,552席)

2021年の改築により J1基準を満たす施設となった。

試合日には 町田駅、鶴川駅、多摩センター駅などから 無料シャトルバスが運行される。

FC町田ゼルビア三輪緑山ベース──夢を創る基地

所在地:東京都町田市三輪緑山 敷地面積:42,044.52㎡

クラブハウス: 2階建て、延床面積約1,700㎡ 設計:隈研吾建築都市設計事務所

天然芝グラウンド: 2面、総面積約18,000㎡ 施工:日本体育施設株式会社

芝生:タホマ31(Jクラブ練習場で初導入) 回復力、耐寒性、耐陰性に優れた暖地型芝

2021年12月、グラウンド完成。 2022年2月、クラブハウス完成。

施設は一般開放され 散策路やアウトドアスペースとして 地域住民も利用できる。

ゼルビアの拠点であり 地域のコミュニティの場でもある。

藤田晋──IT界のレジェンドがオーナーに

生年月日:1973年5月16日 出身:福井県鯖江市

青山学院大学時代を町田で過ごし この街への恩返しとして ゼルビアのオーナーに。

1998年、24歳でサイバーエージェント設立。 2000年、26歳で史上最年少社長として東証マザーズ上場。 2014年、東証一部へ市場変更。

AbemaTV代表取締役社長 Mリーグチェアマン 渋谷ABEMAS監督

麻雀、競馬、サッカー── すべてに本気で挑む経営者。

「サッカークラブは本気でやればやるほどお金がかかる」

それでも町田に賭けた理由は 大学時代を過ごした街への想いと IT企業の経営哲学でスポーツを変えたいという信念。

2022年12月 自ら代表取締役社長兼CEOに就任し 「1年でJ2優勝、J1昇格」を明言。

スピード感とスケール感を重視し お金を使ってでも早く結果を出す戦略を実行。

藤田の決断が 町田を日本サッカー界の台風の目に変えた。

黒田剛──青森山田の名将がプロの世界へ

生年月日:1970年5月26日 出身:北海道札幌市

1994年、青森山田高校サッカー部コーチ就任。 1995年、監督に就任。

28年間で 全国高校サッカー選手権26回連続出場、3度優勝 高円宮杯U-18プレミアリーグ優勝2回 全国高校総体優勝2回

部員数18名の無名の部から 中高270名の大所帯に成長させた。

柴崎岳、昌子源、室屋成、松木玖生── 数々の日本代表を育てた。

黒田の哲学は明確だ。

「サッカー3原則」 ・球際の強さ ・切り替えの速さ ・ハードワーク

「負けない組織づくり」 ・コーチに責任と威厳を持たせる ・最終的な権限だけは監督が持つ ・細部へのこだわりを徹底する

「言語化する力」 現象を言葉で伝え 選手の理解を深める。

プロの指導経験ゼロでの挑戦は 周囲の不安を招いた。

しかし、黒田は プロ選手を大人として尊重し 自分の言葉が簡単には受け入れられないという前提から入った。

2023年 J2優勝 J2リーグ月間優秀監督賞を2回受賞

2024年 J1初挑戦で3位 J1リーグ月間優秀監督賞を受賞

2025年 天皇杯決勝進出

黒田剛という男は 高校サッカーで磨いた組織力を プロの世界で証明し続けている。

太田宏介──町田が生んだレジェンド

生年月日:1987年 出身:東京都町田市

つくし野SSS→FC町田ジュニアユース→麻布大付属淵野辺高校 →横浜FC→清水エスパルス→FC東京→フィテッセ(オランダ) →FC東京→名古屋グランパス→パース・グローリーFC(オーストラリア) →FC町田ゼルビア

日本代表として活躍した左サイドバック。

2014〜2015年、2年連続Jリーグベストイレブン。 2015年、J1最多の13アシストを記録。

町田で育ち 世界を旅し 町田で現役を終えた。

2022年7月、37歳で古巣に帰還。 2023年、J2優勝とともに現役引退。

「町田で育ち、町田でサッカーを始めた自分が 様々なキャリアを経て、町田で現役を終える。 想像すらできなかった出来すぎたストーリーに 自分でもビックリしていますが とても幸せな選手生活を送ることができました」

2024年1月 FC町田ゼルビアアンバサダーに就任。

太田宏介という男は 町田という街が世界に誇る宝だ。

伝統とクラブカルチャー──ゼルビアスピリット

クラブ哲学

「町田から世界へ」

地域に根ざし、地域とともに成長し 世界に通用するクラブを目指す。

モットー

「負けないサッカー」

黒田監督が掲げる信念。 勝つことよりも、負けないこと。 90分間、高いインテンシティを維持する。

象徴的な色

青──空を突き抜ける決意の色。

チームマスコット

ゼルビー(町田市の鳥・カワセミがモチーフ)

応援文化

「天空の城 野津田」というブランディング。 サポーターを「雲」に見立て 雲が大きくなればなるほど高く昇っていく。

ピッチを「闘技場」 グッズショップを「武器・防具屋」 来場を「ご来城」と表現。

不利な条件を、魅力に変える文化。

組織・経営──市民クラブからプロ企業へ

法人格

株式会社ゼルビア(2008年3月17日設立)

責任企業

株式会社サイバーエージェント(2018年10月〜)

代表取締役社長兼CEO

藤田晋 (サイバーエージェント代表取締役社長兼務)

代表取締役COO

上田武蔵 (28歳で就任、クラブの若きリーダー)

監督

黒田剛 (青森山田高校で28年間指導、2023年〜)

スポーティングディレクター

原靖 (鹿島アントラーズでの豊富な経験を持つ)

運営哲学

IT企業のスピード感とスケール感を スポーツクラブ経営に注入。

赤字を恐れず、先行投資で結果を出し 結果が出てからファンと収益を増やす。

伝統的なスポーツビジネスの常識を ITビジネスの発想で覆す。

育成・アカデミー──町田という聖地

構成

ジュニア(小学生) ジュニアユース(U-15、U-14、U-13) ユース(U-18) セカンドチーム「FC町田ゼルビア・ツヴァイテ」

理念

1977年から続く少年サッカーの伝統を継承。

約40名のJリーガーを輩出した実績。

地域から世界へ。 町田で育った子どもたちが プロの世界で活躍する。

目指す選手像

技術と人格を兼ね備えた選手。

ゼルビアスピリットを持ち どんな逆境でも諦めない強さ。

あなたへ──この物語が教えてくれること

FC町田ゼルビアという物語は あなたに何を語りかけるだろうか。

それは、こんなことかもしれない。

どんなに小さな始まりでも、信じ続ければ必ず花開く。

都道府県リーグ4部という最下層から J1という頂点へ。

47年かかったこの旅路は 一夜にして成し遂げられたものではない。

ひとつひとつのステップを 血と汗で積み重ねた結果だ。

不利な条件を、強みに変えることができる。

交通の便が悪いスタジアムを 「天空の城」というブランドに昇華させた。

企業の後ろ盾がない市民クラブだからこそ 地域との絆が強くなった。

本気で挑めば、世界は動き出す。

藤田晋が自らCEOに就任し 黒田剛がプロ初挑戦で監督を引き受けた。

本気の決断が、奇跡を呼び込んだ。

人間関係からの解放とは、孤独になることではない。

適切な距離感を保ちながら 必要な時に人と協力する。

ゼルビアは地域と、サポーターと そしてサイバーエージェントと 絶妙なバランスで関係を築いた。

「楽して生きる」の本質は、効率を極めること。

黒田監督の組織づくりは 無駄を削ぎ落とし 原理原則を徹底することで チームを最短距離で強くした。

時間の使い方を変えれば、人生が変わる。

藤田晋はサイバーエージェント経営と 町田のCEOを兼務しながら Mリーグチェアマンも務める。

優先順位を明確にし 時間を切り売りせず 自分の価値を最大化する生き方。

エピローグ──これは、あなたの物語でもある

FC町田ゼルビアの物語は まだ終わっていない。

2025年、天皇杯決勝。 ACL(AFCチャンピオンズリーグ)出場。

新たな歴史が、今も刻まれ続けている。

そして、この物語は あなたにも当てはまる。

どんな逆境にいても どんなに小さな存在でも 信じ続ければ、必ず道は開ける。

不利な条件を強みに変え 本気で挑めば、世界は動き出す。

人間関係から解放されながらも 適切な距離感で人と協力し 効率を極めて時間を有効に使う。

FC町田ゼルビアは そんな生き方を体現している。

さあ、あなたも 自分だけの「天空の城」を築こう。

町田から世界へ。 あなたから世界へ。

夢は、きっと叶う。