ファンガスマン|第三章 #8
拡張自己で遊ばせて(8)
「えっ、正味五分の滞在?」
俺にかかれば、ものの5分で全部お見通しさ。と、言ってはみたものの今しがた目撃した異次元世界に当てられて完全に高揚していた。
「短いね……崇の人生劇場がみたかったのに詰まらない気分だ」
黙々と歩く。
心理的な課題を解決に導くテーマパークか……安心安全なテリトリーで羽を休めているうちに世の中は着実に前進していたわけだ。
つい最近も過ぎた時間の長さを痛感した出来事があった。
ちょっと前、SNSのギフト利用で個人情報流出のニュースがあった。
利用する側がつけた任意の表示名がギフト受け取り側にも誤送信されたものだが、実は、俺にもギフト受け取りの知らせがきた。
賢がホールインワン賞のブラックサンダーを送るために利用したみたい。
受け狙いで三十円の駄菓子を送るとは、いかにも賢のやりそうな冗談だと口元が緩んだ。
さては俺と交友を温めたいのかなと喜び勇んで受けとったうえ饒舌なメッセージまで返したが、あとで判明したことが一つある。
それは相変わらず賢はお調子者だってこと。
今や頭脳労働だってAIがやる時代。
いち早くオートメーション化で置き換えられる単純労働を稼業にしている賢が、こともあろうに俺の表示名を〝ヒッキー〟とわざわざ変えていたのだ。
真横から頭をぶん殴られたような衝撃だった。
嬉しさのあまり有頂天になって近況伺いをした自分を呪いたい気持ち。
せめて、このまま音沙汰がなければ傷は浅くて済む。
どうか賢から返事がきませんように。
いつもはスフィンクスとの遭遇を恐れるあまり激しく進路変更を繰り返して遅くなるけれど、今日は無意識ながら最短ルートを選んだみたい。
母親もまだ戻っていないようだ。
様子伺いという名の攻撃に煩わされないで、ホッと一息。
さてと、夜のニュース。
東京の夜を彩るため光と音で多彩なアートを表現するプロジェクションマッピング上映プログラムが話題
巨額の税金を投入したプロジェクションマッピングのニュースだ。
俺だったらビルが乱立する夜の東京を暗黒にするね。
漆黒の闇を投影して東京タワーやスカイツリーの存在も、富士山でさえも真っ黒にする。
ビルの谷間を抜ける高速道路やネオン街、そして家路に向かう人々。
形あるものには闇が投影され、地平線は消失する。
暗黒から逃れられるのは闇夜に浮かぶ月と何億光年離れた星だけ。
黒い人々が蠢く〝漆黒の星月夜〟にはゴッホの『星月夜』のような人の目を捉えて離さない魅力があるはずだ。
枯山水のごとく、何もない状態をつくり侘び寂びを現実化するときも近いぞ。
今日の金言。映像は映すばかりが芸じゃない、引きの美学だ。黒くぬれ!
「費用は莫大だし、それほどの超望遠レンズがあるとは思えない。おまけに、ただ暗闇を映すだけなんて金の無駄さ。それよりも、MRゴーグルがあるぜ。外界の形状にデジタル映像をぴったり重ね合わせることができるから大規模なプロジェクションマッピングよりも現実的だ」
ああ、AR、VRときて、MRにビジネスチャンスがあるという話か。
あいにく俺は、起業家じゃない。ただのロマンチストさ。みんなで体験する〝暗黒のち光〟を想像してごらんよ。素敵じゃないか?
「まあ、そうだね。よしきた。ゴッホの星月夜に枯山水、サウンドトラックはローリングストーンズだね」
理解が表面的だけど、スターチスに当意即妙を求めるのは酷な話……さあ、四方の壁いっぱいに映してくれ。
『黒くぬれ!』はニュースの音声が聞こえるよう調整をお忘れなく⭐️
