北京放浪 備忘録
数年前、中国に行った。
場所は北京。たいそうな理由はないが、ラストエンペラーの聖地に行きたかったことと、1度本場の北京ダッグを食べてみたかったからだ。
また現地の友人がガイドをしてくれるとの事で、初海外旅行にして一人日本を旅立った。
1日目
1日目、友人と落ち合い798芸術区に向かった。スプレーアートと呼んでいいのか分からない落書きやカン〇ーパンダのオブジェ、廃工場が隣接するカオスな空間なのに、妙に居心地が良かった。
夜は商店街に足を運んだ。本屋さんに入ると明らかにBL漫画があった、買っておけばよかったと今でも後悔している。
その後はレンチャリを借りて夜の北京を走った。向こうは信号のない道路が多く、車と自転車が交差しまくる。しかし交差点の上は、生命が自分の臓器をバラバラにコントロールするかのように、不思議と接触することはない。辺りを見渡すと、目の前にギラギラとした街が広がり、風が私の髪を通り抜けていった。その時私は、自分が他国にいるのだという実感がやっと湧いた。
その夜は疲労のせいか、何度も吐いた。
2日目
2日目は動物園と紫禁城、フリーマーケットに行った。現地の人でもパンダには群がる。お土産コーナーには動物の置物が売られていたが、その中にはユニコーンもあった。私が見逃したのかも。
紫禁城までは歩いて行った。せっかく着いたのにチケット?が必要だったらしく、外をグルグル回ることしかできなかった。
通行規制に引っかかった時に、身分証もない私は現地の警備員に怪訝な顔をされた。しかし、この世に英語も中国語も話せないスパイなんているんだろうか?
フリマではお土産を幾つか買った。至る所で某政治家のグッズコーナーが開かれていたが、それを見ると”昔の原宿では芸能人の非公式グッズが売られてた”という話を思い出した。
夜には北京ダックを食べた。あまり好みの味ではなかったが、このガッカリも現地でないと味わえないものなんだろう。
3日目
3日目は万里の長城に行った。バスガイドさんが何を話しているのか全く分からず、ボーッとしていたら着いていた。世界遺産とは思えない程、そこらじゅうに観光客の名前が掘られていた。でもこの落書きすらも後世では歴史となるのだろう。
高さ20cmはありそうな階段や、とんでもなく急な坂道があってとてもワクワクした。特に後者の坂では皆ゆっくり慎重に歩いていて、その一致団結したような光景がどこか微笑ましいのだった。
あと、長城のふもとには熊園があるのだが、そこでは1匹の熊が退屈そうにしていた。写真を見返すと中々ゾッとする大きさであった。あの子は今どうしているのだろう。
夜は火鍋を食べた。火鍋専用の鍋には鋏のようなビジュアルの蓋が付いていて、拷問器具のような見た目をしている。しかしこの蓋は酸素を制御することで火加減を調整できる便利な代物らしく、なんだか家に欲しくなった。
4日目 帰宅
朝食はコンビニで済ませた。空港まではタクシーを利用した。アプリで予約をして、乗車時に運転手の方に電話番号の下4桁を言うシステムなのだが、私の発音が酷すぎて笑われた。
運転手の方もそうだったが、向こうの方は英語で話しかけても中国語で返してくる。しかしそこに悪意や嘲笑の感情は微塵も感じない。私が迷子になった時に助けを求めたご老人も、中国語で返答しながらも進む方向を指さしてくれた。私が恐れていたもの等は存在せず、皆とても優しかった。「謝謝」以外の、感謝の語彙を覚えて再訪したい。
最後に
当時の私は気分の揺れがとても激しかった。写真を見返すと肌は酷く荒れており、意図の分からないヘンテコな髪型をしている。そもそもこの旅行計画自体が逃避願望から成り立ったもので、とにかくどこか遠くに行きたい!というネガティブな欲求から始まったと記憶している。
でも1日目の、廃工場の前でポーズを取った私はどこか誇らしげで、なんだか無性に抱きしめたくなってしまうのであった。金と時間と体力が揃う内に、これからも逃避しに行きたい。
