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生活保護。医療費無料なのに、病院に行けない理由

こんにちは、ゆうです。

このnoteでは、毒親の虐待から生き延びた私が、双極性障害や解離性同一性障害などの後遺症や、生活保護などの福祉と向き合いながら、「生きづらさからの回復」を積み重ねる日々を記録しています。

今日は、うつ状態や、解離性同一性障害。そして、生活保護という立場ならではの、通院困難な日の記録です

※症状には個人差があります。

医療費が無料だからいって、病院に行けるわけでない。
病院に行けたからと言って、困難がないわけではない。

また、長くなったのですが、少しでも、当事者への理解に少しでも繋がったら嬉しいです!


「行かなきゃ」と思っているのに、なぜ行けないんだろう


今日の夕方、半年ぶりに皮膚科に行きました。

本当はもっと早く行きたかったので、
長い戦いでした。

実は、皮膚科には、精神科と同じく、
3ヶ月に一度通院しています。

もともと、病院は苦手なので、
頻度は減らしたいのですが、

さらにうつ状態などが重なり、
半年近く行きそびれていました。

だから、頭では行かなきゃとずっと
頭の片隅に残っていました。

でも、これ以上先延ばしにすると、
治療に悪影響だと思い、

観念。

そして先週、やっと、

1人で行けなくて困っている旨を、
友人に伝えることができました。


でも、それまでも、
けして簡単なプロセスではありませんでした。

精神疾患を抱える生活保護受給者の、通院のリアル


私は生活保護なので、
医療費は無料です。

本当に頭があがりません。

でも、だからといって、
スムーズに治療に繋がれるわけではありませんでした。

過去には、
うつ状態で歯もろくに磨けない日々が長期間続き、虫歯が10個できていたなんてこともあります。

痛みに耐えられず、
やっと歯医者に行けたと思ったものの、
治療もなかなか継続できなかったり。

その困難は、今も続いています。


しかも、

病院に繋がるには、
福祉課の窓口で医療券を発行してもらう必要があります。

もしかしたら、
「そんなの、医療費が無料になることに比べたら、些細なことじゃないか。」
思う人もいるかもしれません。

でも、
うつ状態や解離、
あるいはセルフネグレクトなどの症状があると、

なかなか医療券さえ
ゲットできないのが現状です。

おまけに、医療券はその月の月末までという期限があります。

※医療券の有効期限や手続きは、自治体によって異なる場合があります。


もちろん、すぐ行けるなら、問題ありません。

しかし、

期限を過ぎてしまったら、
また再度発行する必要があります。

せめて、精神疾患と闘病してる間は、
3ヶ月は期限がほしいのが、本音です。

なぜかというと、

せっかく発行してもらったのに、
病院に行かないまま医療券の期限が終わる。


そんなことを、

今回は、4回も繰り返してしまったんです。

4回も……。

毎回、
「今月こそは行こう」と思っています。

それでも、
行動が伴わないのです。



一枚の医療券が遠い

極め付けは、

医療券をゲットするという手続きを
友人にお願いしていること、です。

それがなかったら、
一枚の医療券を手に入れるのに、3年くらいかかるかもしれません。

本当に足を向けて寝れません。

でも、できるなら、
自分で、医療券も申請したい。
いつもそう思っています。


もちろん、自分で行けなくなるのが
うつ状態などの精神疾患の症状なのですが、

五体満足だからこそ、

そんな自分が、
本当に嫌になります。



だから、

「また車を出してほしい。」

それが、ずっと言い出せずにいました。


いつも助けてもらっているのに、
これ以上お願いするのが申し訳なくて。

でも、このままでは
また悪化してしまうかもしれません。

先週、やっと意を決してSOSを伝えました。

そして、なんとか時間を作ってもらい、
病院に連れて行ってもらえたのが今日でした。

半年ぶりに病院へ行った。……はずだった

半年ぶりの皮膚科。

最終的には、ちゃんと診てもらって、
薬ももらうことができました。

しかし、病院から帰ってきて思ったのは、

「やっぱ行けなかった。」

という、自己嫌悪でした。


もしかしたら、
いつも読んで下さっている方は、

ピンと来る展開かもしれません。

ちゃんと、行けたんです。

嘘ではありません。


だけど、それは解離した私でした。

身体は私ですが、意識は私ではなく別の人なっていて、
私だけど、私ではないんです。

解離性同一性障害。
つまり多重人格というと
演技では?と批判されることも多いです。

しかし
現実は、本当にたくさんの甲藤や困難が付き纏います。


なぜ解離したのか


今回も、

友人の車で、
病院が近づくにつれ、

どんどん
しんどくなっていきました。

理由はおそらく、
本当は、信頼できる友人に、
診察も付き添ってほしい。


でも、その時間はないために、
1人で診察を受けなけらばならない。

それが
ストレスだったからだと思います。


次第に、そのストレスで意識が遠のき、
人格交代してしまいました。


いつものパターンではありますが、
我ながら、どんだけ〜と思います。

私の代わりに、初めて診察を受けた人格


今回は、男性人格さんが表に出ていました。

彼も基本的に人と接触することが苦手です。

そのため、ケータイに話したいことをメモして
伝える人格さんです。

なのですが。

なんと、

病院で診察を受けたのは
初めてだったそうです。

解離性同一性障害は、
記憶が引き継ぎできないことが一般的なのですが、

私の場合、記憶の引き継ぎはできるので、
そこは助かっています。


でも、記憶が繋がっていても、
以前なら、彼は病院は嫌いだと言って、
診察を受けずに帰ってしまっていたと思います。



(これまでは、子供人格ちゃんが診察を担当することが多かったです)

だから、診察を受けてくれたことが、
本当にびっくりです。 

一方、その時の私は、内界(頭の中)では
ほとんど倒れているような意識状態でした。

元気なときは、映像も見えているのですが、

今回は、ラジオのように、
声だけが聞こえていました。



内心、ハラハラしていましたが、
男性人格さんは、無事診察と処方薬を受け取り、

帰りは家まで歩いて帰ってきてくれたようです。

本当に、ほっとしました。

病院が初めてなのに、交代人格さんが診察を受けれる理由。

一つは、彼自身も、

一年以上、内界から外の世界を見たり聞いたりして、外の世界(現実世界)を、積極的に学んでいるからだと思います。

そして、もう一つは、
勝手がわかる別の人格さんが、 

内界から、

「ここで診察券を出して」
「薬は前回と同じものをもらって!」


などと、ガイドしてくれるから、という理由もあります。

いずれにしても、私は、男性人格さんが、
少しずつ成長しているのを感じて、嬉しくなりました。

こうやって記録すると
なおさら感慨深いものがあります。

さらに、今回気がついたことがあります。

それは、
他の人格なら「ゆっくりでもいいよ!」と言ってあげることも、

自分のこととなると、
そうはいかないことです。

自分の成長を見守るのは、すごく難しい
そう思いました。


助けてもらったことに感謝したい


今回は、

「できないことがあってもいい」
とは言わないことにします。


4回も医療券を発行してもらっても、
病院で一人では行けなかったり。

解離したせいで、身体は病院に行ったのに意識は行けなかった。と思ったり。

悔しいです。
自己嫌悪の嵐です。

でも、車をだしてくれた友人がいて、
医療費も免除してもらえました。

しんどいことは山のようにあります。

でも、せめて、1日の終わりは

たくさんの人に助けてもらえていることや、
恵まれていることがあることに、
フォーカスしてあげたいです。

本当に、有難う。


みなさんは、「通院が大変だったエピソード」や「こんなこともできなくて嫌になるエピソード」はありますか?

良かったらコメントで教えてくださいね。




今日も最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。

いつもいいねやコメント、
本当に本当に、励みになっています!

最近、そっとマガジンに追加してくださる方もちらほらいて、
本当に感謝です。

これからも、
私なりのペースで「回復」を記録していきます。

また次の記事でお会いできたら嬉しいです。

ゆう

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