うつ状態。それでも、人の優しさを思い出した夜。
こんばんは。ゆうです。
このnoteでは、虐待から生き延びた私が、双極性障害や解離性障害などの後遺症や、生活保護などの福祉と向き合いながら、少しずつ回復していく日々を書いています。
毒親の影響や精神疾患などで
生きづらさを抱えている方へ。
少しでも「自分だけじゃないんだ」と、
感じるきっかけなれたら嬉しいです。
◇
昨晩は、性的虐待のフラッシュバックがありました。
なんとか生き延びました。
まだまだ回復の途中ですが、
ご心配をおかけしました。
実は、その後も、
いろんなことがありました。
また別の記事で書きたいと思います。
そして今日も、
特に夜になるとうつ状態がやってきました。
もう、疲労困憊です。
それでも、
愛用しているマグネシウムのサプリを飲むと、
疲弊している神経が少し緩んでくれるような気がします。
◇
うつ状態になると、
「生きていること自体が罪」
と、その思考を
信じて疑えなくなることがあります。
だから、息をするだけで精一杯。
そんなときに、
「一人じゃないよ」
と言ってもらっても、
「だから何?」
と、荒んだ気持ちになってしまうこともあります。
と、荒んだ気持ちになってしまうこともあります。
◇
でも今日、
沈んでいく身体を感じながら、
早く楽になりたい。
その一心で
同じく精一杯、思い出しました。
noteを始めて、
二ヶ月ちょっと。
私は、
たくさんの人の想いに支えられてきたことを。
さらには、つい先日。
人生ではじめて、
Amazonほしいものリスト、
「ほしギフ」まで受け取りました。
感動しました。
祈るような気持ちで、
ひとつひとつを思い出していたら、
鬱で灰色にくすんでしまった
「一人じゃないよ」
という言葉が
少し色づいて見えてきました。
ただ言葉をかけてくれた、
というだけじゃない。
これまでも、
辛いときに、
「何かしてあげたい」
と思って、
わざわざ時間を使って
長文でも読んでくださったり、
スキを押したり、
丁寧にコメントを書いてくださったり、
チップやほしギフを贈ってくれた人がいる。
そういう気持ちが、
実際の行動になっていた。
そう気づいたら、
涙が、
頬をすーっと流れました。
◇
ふと、昔のことがよぎりました。
私は、
精神疾患のある家族の中で育ちました。
7歳くらいだったでしょうか。
同じく双極性障害(一型)の父親が、
うつ状態で寝込んでいたときのことです。
当時の私は、
毎日寝込んでいるしかない父に、
何かできることはないだろうか?
と、子どもなりに一生懸命考えました。
◇
当時の私は、うつという言葉はもちろん
双極性障害という言葉も知りません。
父親の母親(つまり私の祖母)も双極性障害で、
叔母(父の姉)も含めて二世帯同居していたのに、
誰も説明してくれませんでした。
もしかしたら、彼らの中で
精神障害は恥という意識があったのかもしれません。
それでも、毎日ずっと寝ている父親をみて、
「少しでも、楽になってほしい」
と思いました。
当時、私はピアノを習いはじめたばかりでした。
私が嬉しそうに
猫ふんじゃったを弾くと
祖母も父も、そして叔母も母も
誰もいい顔はしませんでした。
むしろ嫌悪の気持ちさえ言葉にされました。
◇
闘病している父に配慮して、
大好きなピアノを練習するのをやめるように言われました。
だから私は、
猫ふんじゃったのような、
素人が弾く愉快な曲ではなく、
きっと、プロが弾くような優しい音楽が流れたら、
癒されるのではないかと思いました。
だから、母に提案して、
オルゴールを買いに行きました。
きっと、父が喜んでくれると思いました。
少しでも元気になってくれたら、
と思いました。
そして、
それを父にプレゼントしました。
でも。
オルゴールを開けた父が放ったのは、
「なんだ、こんなもの」
という、
怒り混じりの一言でした。
そして、
ヒステリーを起こすように、
床に思い切り投げ捨てた。
ゴンッという鈍い音がしました。
幼い私は、
泣きました。
ただ、
「少しでも、心が楽になってほしい」
「大好きな父に、笑っていてほしい」
と思っただけでした。
なのに。
何かしてあげたい。
喜んでほしい。
その気持ちは、
目の前で砕け散りました。
◇
もしかしたら私は、
あの日からずっと、
誰かを想うことや、
誰かのために何かをすることに
絶望していたのかもしれません。
誰かを大切に思っても、
簡単に踏みにじられるかもしれない。
だとしたら、
大切な人なんかいないほうがずっといい。
そんな感覚が、
どこかに残っていたのだと思います。
だから今日。
うつ状態で、
布団の中に沈みながら、
noteで受け取ったものを
ひとつひとつ思い出したとき、
あの時の幼い自分を抱きしめてあげたくなりました。
あの頃の私が、
父に渡したオルゴール。
そして今、
noteで出会った人たちが、
私に届けてくれたもの。
もちろん、
過去のことが消えるわけではありません。
あの日の悲しさも、
悔しさも、
なかったことにはできない。
でも。
だからこそ、
心が楽になってほしい
励ましたい。
そんな気持ちを、
画面の向こうからでも届けてくださる人たちを
私は誰よりも大切にしたい。
そう思いました。
そう思える自分は、
きっと、生きているだけて罪な存在なんかじゃない。
罰を受けたり、死で償ったりしなければならない存在なんかじゃない。
一ミリだけ
そう思えるような気がしました。
昨日のフラッシュバックの投稿にも、
改めまして、
たくさんの温かいコメントやDMをくださったみなさま、本当に有難うございました。
◇
今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
いつもいいねやコメント、本当に本当に、励みになっています!
最近、そっとマガジンに追加くださる方もちらほらいて、本当に嬉しいです。
このnoteが、人生にしんどさを抱えている誰かにとって、小さな光になれたら嬉しいです。
また、ふらっと遊びに来てくださいね。
ゆう
◇
昨晩は、性的虐待のフラッシュバックがありました。
なんとか生き延びました。
その後も、
いろんなことがありました。
また別の記事で書きたいと思います。
そして今日も、
特に夜になるとうつ状態がやってきました。
もう、ヘトヘトです。
愛用しているマグネシウムのサプリを飲むと、
疲弊している神経が少し緩んでくれるような気がします。
うつ状態になってしばらくすると、
「生きていること自体が罪なんじゃないか」
そんなふうに、
信じて疑えなくなることがあります。
息をするだけで精一杯。
そんなときに、
「一人じゃないよ」
と言ってもらっても、
「だから何?」
と、荒んだ気持ちになってしまうこともあります。
それくらい、
今の自分を保つことで精一杯になる。
でも今日、
沈んでいく身体を感じながら、
早く楽になりたい。
その一心で
同じく精一杯、思い出しました。
noteを始めて、
二ヶ月。
私は、
たくさんの人の想いに支えられてきたことを。
たくさんの温かすぎるコメント。
いつも「スキ」を押してくださる方。
チップをくださったこと。
そして、つい先日。
人生ではじめて、
Amazonほしいものリスト、
「ほしギフ」まで受け取りました。
ひとつひとつを思い出していたら、
灰色だった
「一人じゃないよ」
という言葉が
少し色づいて見えてきました。
ただ言葉をかけてくれた、
というだけじゃない。
これまでも、
辛いときに、
「何かしてあげたい」
と思って、
わざわざ時間を使って
長文でも読んでくださったり、
スキを押したり、
丁寧にコメントを書いてくださったり、
チップやほしギフを贈ってくれた人がいる。
そういう気持ちが、
実際の行動になっていた。
そう気づいたら、
涙が、
頬をすーっと流れました。
◇
ふと、昔のことがよぎりました。
私は、
精神疾患のある家族の中で育ちました。
7歳くらいだったでしょうか。
同じく双極性障害一型の父親が、
うつ状態で寝込んでいたときのことです。
当時の私は、
寝ているしかない父に、
何かできることはないだろうか?
と、子どもなりに一生懸命考えました。
当時の私は、うつという言葉はもちろん
双極性障害という言葉も知りません。
父親の母親つまり私の祖母も双極性障害で、
叔母父の姉も含めて二世帯同居していたのに、
誰も説明してくれませんでした。
もしかしたら、彼らの中で
精神障害は恥という意識があったのかもしれません。
それでも、毎日ずっと寝ている父親をみて、
「少しでも、楽になってほしい」
と思いました。
当時、私はピアノを習いはじめたばかりでした。
私が嬉しそうに
猫ふんじゃったを弾くと
祖母も父も、そして叔母も母も
誰もいい顔はしませんでした。
むしろ嫌悪の気持ちさえ言葉にされました。
闘病している父に配慮して、
大好きなピアノを練習するのをやめるようになりました。
だから私は、猫ふんじゃったのような、素人が弾く愉快な曲ではなく、
きっと、プロが弾くような優しい音楽が流れたら、
癒されるのではないかと思いました。
だから、母に提案して、
オルゴールを買いに行きました。
きっと、父が喜んでくれると思いました。
少しでも元気になってくれたら、
と思いました。
そして、
それを父にプレゼントしました。
でも。
オルゴールを開けた父が放ったのは、
「なんだ、こんなもの」
という、
怒り混じりの一言でした。
そして、
ヒステリーを起こすように、
床に思い切り投げ捨てた。
ゴンッという鈍い音がしました。
幼い私は、
泣きました。
ただ、
「少しでも、心が楽になってほしい」
「大好きな父に、笑っていてほしい」
と思っただけでした。
しかし、
何かしてあげたい。
喜んでほしい。
その気持ちは、
目の前で砕け散りました。
もしかしたら私は、
あの日からずっと、
誰かを想うことや、
誰かのために何かをすることに
絶望していたのかもしれません。
誰かを大切に思っても、
簡単に踏みにじられるかもしれない。
だとしたら、
大切な人なんかいないほうがずっといい。
そんな感覚が、
どこかに残っていたのだと思います。
だから今日。
うつ状態で、
布団の中に沈みながら、
noteで受け取ったものを
ひとつひとつ思い出したとき、
あの時の幼い自分を抱きしめてあげたくなりました。
あの頃の私が、
父に渡したオルゴール。
そして今、
noteで出会った人たちが、
私に届けてくれたもの。
もちろん、
過去のことが消えるわけではありません。
あの日の悲しさも、
悔しさも、
なかったことにはできない。
でも。
だからこそ、
心が楽になってほしい
励ましたい。
そんな気持ちを、
画面の向こうからでも届けてくださる人たちを
私は誰よりも大切にしたい。
そう思いました。
そう思える自分は、
きっと、
生きているだけて罪な存在なんかじゃない。
罰を受けたり、
死で償ったりしなければならない存在なんかじゃない。
うつ状態でも、
一ミリだけ
そう思えるような気がしました。
◇
改めまして、
昨日のフラッシュバックの投稿にも、
たくさんの温かいコメントやDMをくださったみなさま、本当に有難うございました。
本当に、ご心配をおかけしました。
◇
今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
いつもいいねやコメント、本当に本当に、励みになっています!
最近、そっとマガジンに追加くださる方もちらほらいて、本当に嬉しいです。
このnoteが、人生にしんどさを抱えている誰かにとって、小さな光になれたら嬉しいです。
ゆうでした。
