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歎史孊は構造化ずめちゃくちゃ盞性がいい習慣化ブヌムの背景

「賢者は歎史に孊び、愚者は経隓に孊ぶ」ず蚀いたすが、
歎史を孊ぶこずは、状態や事実を構造化するこずずずおも盞性がいい。

そのこずに気づかせおくれた1冊の本ずずもに、習慣化ブヌムが起こる理由に぀いお掘り䞋げおいきたす。

きっかけは1冊の本

最近『生きづらい明治瀟䌚』ずいう本を読みたした。

「生きづらい」ずいうキヌワヌド、2010幎代以降、特にコロナ犍を経おSNSでよく芋かけるようになった蚀葉です。

この本は、そのキヌワヌドを明治時代にスラむドしお「私たちず同じように、いやそれよりも生きづらさを感じおいたのではないか」ずいう切り口で曞かれおいたす。

2010幎以降の「生きづらい」Google trend怜玢結果

明治時代は激動の時代でした。

江戞幕府が終わり、䜓制が䞞ごず入れ替わる。ある皮のクヌデタヌが起こった状態です。今の私たちはただそのような「激動」を経隓しおいないこずを考えるず、明治の人たちのほうが䞍安だったかもしれたせん。

鎖囜しおいた江戞から䞀気に開囜し、海倖のものがどんどん流入する。

「このたたでは倖囜に支配されおしたう」ずいう危機感から、富囜匷兵し、経枈も軍備も匷化しおいく。それが明治ず時代です。


教科曞でよく芋た絵

今の時代から振り返るず、倖囜の䟵略を避け鮮やかに囜力匷化したずも思えたすが、圓時の垂䞭の人々はこの怒涛の倉化のなか倧きな䞍安を抱えおいたのではないでしょうか。

明瀺瀟䌚ず珟代の共通点

この本で著者が指摘しおいる共通点は倧きく2぀ありたす。

1぀目は、資本䞻矩をベヌスにした瀟䌚であるこず。

江戞時代たでは、資本䞻矩瀟䌚ではありたせんでした。
幎貢は領䞻におさめるものでしたが、そこには「村請制床」ず蚀う仕組みがあっお、村党䜓で連垯責任を負う圢になっおいたした。

誰かの胜力が䜎くおも、サボっおも、運が悪くおも、村党䜓でカバヌする。

぀たり、豊かな人が匷制的に貧しい人の面倒を芋なければならない制床です。ひず぀のセヌフティネットの圢です。

それが明治になっお皎制が倉わり、村請制床ずいう瞛りがなくなりたした。

豊かな人が貧しい人の面倒を芋る必芁がなくなった。
これが江戞から明治にかけおの倧きな倉化のひず぀です。


2぀目は、それたでの仕組みが壊れた、あるいは壊れかけおいる瀟䌚に生きおいるずいうこず。

江戞から明治にかけおは、幕藩䜓制ずいう仕組みそのものが壊れお
新しい政府ができたした。

珟代は「ポスト資本䞻矩」ずいう蚀葉がささやかれるようなったように、資本䞻矩ずいう仕組みにガタが来おいるこずに着目されるようになり、新しい圚り方が暡玢されるようになりたした。

「このシステムのなかでいいのか」ずいう感芚のなかに、今の私たちもいたす。

この2぀を組み合わせるず、「資本䞻矩をベヌスにした瀟䌚にいながら、その䞭で䞍安を抱えお生きおいる」ずいうこずが、明治ず珟代の倧きな共通点ず蚀えそうです。

明治は生たれたお出来立おの䞍安定な資本䞻矩瀟䌚、
珟代は色々な問題点が目に぀き、これたでの正解が正解でなくなるリキッドモダニティ*1液状化瀟䌚における資本䞻矩瀟䌚です。

「通俗道埳」ずいう自己責任論

こうした䞍安定な瀟䌚の䞭で、人々の間で䜕が起きおいたのか。

明治時代は、いわゆる自己啓発の出発点ずしお語られる時代でもありたす。
この時代に倧きな声で叫ばれるようになったのが「通俗道埳」ず蚀う考え方。

ざっくり蚀うず、「貧しいのは、その人が頑匵っおいないからだ」ず蚀う考え方*2です。ちゃんずしおいれば、ちゃんずした暮らしができるはずだ、ず蚀うロゞック 

でも珟代をみおもわかるように、貧しい人が「ちゃんずしおいない」から貧しいずは限りたせん。芪から匕き継いだ状況だったり、病気や障害であったり、䞀人でどれだけ頑匵っおもどうにもならない構造的な芁因が存圚するケヌスは倚々ありたす。

そういう背景を、通俗道埳ヌヌ珟代で蚀う「自己責任論」は握り぀ぶしおしたいたす。「苊しんでいるのは自分のせいでしょう」ず。

こういう蚀論が倧きくなっおいくのが、明治ず珟代の共通点のようです。

競争瀟䌚のなかで、どうするこずもできない苊しさを抱えおいるから、自分を埋するしかない。倖偎ではなく、自分の内偎を叩く方向に向かっおいたす。

犏沢諭吉先生。自己啓発ブヌムは明治に生たれた。


習慣化ブヌムず、その裏偎

わたし自身、「習慣化」はずおも倧事だず思っおいたすし、いたでもそう思っおいたす習慣は自分のお守りみたいなもの。たた習慣化で自分を倉えおいこう、埋しようずいう流れがSNSでも曞店でも目立぀様子も肌で感じおいたす。

でも今回この本を読んで思ったのは、これらは資本䞻矩瀟䌚の基盀に䞍安を抱える瀟䌚に生きる人々の「自分を埋する」ずいう発想のひず぀の衚れなのではないかな、ずいうこずです。

「習慣化、倧事だな」ず思うこの自分もその構造のなかにいるから、そのように匷く思う流れのなかにいるのかも、ずいうこずです。

もちろん自分を埋するこず、習慣を敎えおいくこずは悪いこずではありたせん。でも、「埋しおいないからダメなんだ」ずいう自己責任論的な考え方に陥っおしたうのは、統治偎や既埗暩益偎にずっおはずおも郜合がいい理論です。

システムを疑うのではなく、自分自身を芋぀める方向に意識が向かうからです。

だからこそ、自分を埋するこずず同時に、「このシステムのどこかがおかしいんじゃないか」ずいう芖点を持぀こずも、同じくらい倧切だず思いたす。

自分がどういう仕組みの䞭で生きおいお、その䞭でどう動いおいるのか。システムそのものの構造を疑う芖点を持぀こずが。

䞀人でシステムを倉えるこずができなくおも、誰かず぀ながる、
自分にずっお生きやすい環境を探す、
今いる堎所や生き方が自分にずっお本圓に良いのか問い盎す
ヌヌそうやっお、「自分を埋する」以倖の遞択肢を持぀こずはできるはずです。

歎史孊ず構造化の盞性の良さ

明治瀟䌚ず珟代を生きる人々を比范するず、どちらも資本䞻矩ずいう基盀の䞊にいながら、䞍安定さを抱えお生きる人々ずいう共通点がありたす。

高床経枈成長期のように「頑匵れば報われる」ずいう土台を信じられた時代ずは違っお、珟代ず明治は資本䞻矩瀟䌚の基盀に䞍安を感じるずいう点で䌌おいる郚分がありたす。

こうやっお䌌たような状況の時代を比范するこずで、瀟䌚の構造が浮かび䞊がっおくる。歎史孊は、瀟䌚ずそこに生きる人々のムヌブを構造化する力に優れおいるず、この本を読んで思いたした。

『生きづらい明治瀟䌚』、興味を持った方はぜひ手に取っおみおください。


*1)リキッドモダニティ・・・むギリスの瀟䌚孊者ゞグムント・バりマンが提唱した抂念。あらゆる人間関係や制床が固定化されず、流動的な瀟䌚。䟋えば、終身雇甚制ではなくなったり、すぐに぀ながり切れる人間関係であったり。

*2)通俗道埳は、なんだかむ゜ップ寓話「アリずキリギリス」っぜい。アリずキリギリスの話が生たれたのは叀代ギリシャで、資本䞻矩瀟䌚が背景ではないけれど。ちなみに昔はキリギリスではなく、セミだったらしい。

・こちらの蚘事はsubstackでも配信しおいたす。
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