#61 50過ぎにしてサーキットふたたび
朝五時、名取のルートインで自然に目が覚めた。
目覚ましよりも先に目が開くときというのは、たいてい身体のどこかが先に予定を思い出している。カーテンの向こうはまだ薄暗く、ホテルの部屋には、出発前の静けさだけが残っていた。

十五年ぶりくらいのサーキット走行だった。
それも、スポーツランドSUGOである。十代の頃、テレビでバイクレースを見ていた時代に、画面の向こうで何度も目にしてきた国際レーシングコース。そこを、自分が走る。そう考えると、緊張しない方がおかしい。
とはいえ、若い頃のように何かを削ってまで走る体力はもうない。気持ちはあっても、身体はそこまで都合よく若返ってはくれない。しかも今回走るのは、普段ツーリングに使っているFJRである。速さを求めて尖らせたバイクではなく、遠くへ行くための、懐の深いヘビー級の旅の道具だ。
だから、まず目的はひとつだった。
無事に帰ること。
朝風呂に入った。ルートインの大浴場で、まだ少し眠りの残る身体を湯に沈める。肩まわりをゆっくり動かし、首を回し、指先まで血が通っていくのを待つ。お湯の中にいるあいだだけは、今日これから走ることが少し遠くなる。
名取からSUGOまでは、バイクで三十分ほど。現地には九時前に入ればよかったから、そんなに早く起きる必要はなかった。それでも目が覚めてしまうのは、やはり気持ちが上ずっていたのだと思う。
その上ずりが、少し嫌だった。
サーキットでいちばん危ないのは、技術の足りなさだけではない。普段の精神状態で走れないことも、同じくらい怖い。自分の内側がふわふわしていると、操作も判断も、どこか一枚浮いてしまう。このまま走りたくはないな、と思いながら、ホテルの朝食を食べ、身支度を整えた。
外に出ると、細かい霧雨が降っていた。
天気予報は曇りだったはずだが、昨夜からの雨で路面はしっかり濡れている。アスファルトの黒が、朝の光を鈍く返していた。ヘルメットのシールドには、小さな水滴がぱらぱらとつく。
濡れた路面を前にすると、気持ちはまた少し複雑になる。走りたいのか、走りたくないのか、自分でもよくわからない。怖さと楽しみが、同じ湯飲みの中で混ざっているような感じだった。
SUGOに着くと、まだ知り合いは誰も来ていなかった。主催者の方に挨拶をして、しばらく一人で、濡れた路面とスマホの天気予報を交互に眺めていた。

サーキットの朝には、独特の匂いがある。雨に濡れたアスファルトの匂い、少し冷えた空気の中に混じるオイルやタイヤの溶ける匂いや排気の気配。いつものツーリングの朝とは違う。でも、どこか懐かしい。
しばらくすると、今回誘ってくれた方や、知り合いの方々が到着した。挨拶をして、近況を話して、バイクを眺めて、雨ですねえ、などと言い合う。そうして他愛ない話をしているうちに、朝から胸のあたりに居座っていたモヤモヤが、少しずつ薄くなっていった。
人と話すことが、こんなに効くこともある。
十一時過ぎ、コースインした。

今回のイベントは、四時間の走行枠を参加者で思い思いに走るという、なかなか贅沢なものだった。けれど最初から無理をする気はまったくなかった。まずは慣熟走行。濡れた路面ということもあり、走っているバイクは思ったより少ない。むしろ、それがありがたかった。
SUGOは、ただ平面に線を引いたようなコースではない。森の中の起伏に沿って、コーナーがつながっている。S字、馬の背、シケイン。名前だけは昔から知っていた場所が、今は自分のヘルメット越しに、実際の傾きと距離感をもって迫ってくる。
十代の頃、テレビで見たSUGOの記憶がよみがえった。
S字でマシンが切り返される姿。シケインの出口で、後輪が暴れて空へ投げ出されるライダー。あの頃は画面の向こうの出来事だったものが、今は自分の身体のすぐ下にある。
最初は、正直めちゃくちゃ緊張した。
けれど、ウェットだからこそ、ゆっくり走れる。というかゆっくり走らざるを得ない。ゆっくり走ると、路面のうねりや、コーナーの傾きや、どこで荷重が抜けそうになるかが少しずつ見えてくる。怖さは、よくわからないものに向けて膨らむ。ならば、少しずつわかるようにしていけばいい。
ここまでは大丈夫。
ここから先は、まだ欲張らない。
そんなふうに、自分の中に小さな線を引いていく。
一度ピットに戻ると、仲間が一緒に走ろうと誘ってくれた。しかも、後ろから動画も撮ってくれるという。ありがたい話である。五十を過ぎて、サーキットで自分の走る姿を撮ってもらって喜ぶのもどうかと思うが、喜ぶものは喜ぶので仕方がない。
再びコースに出る。
同じFJRに乗る仲間と走ると、ペースやリズムが自然と近くなる。ブレーキをかける場所、車体を起こすタイミング、アクセルを開けていく間合い。もちろんまったく同じではないのだけれど、どこか呼吸が合う。


まるで重い旅客機同士で、低く編隊飛行をしているようだった。
一番怖かったのは、スピードが乗った先に待っている馬の背だった。そこへ向けて、どこからブレーキを始めるか。どれくらいまで落とせば、自分の中の安全な範囲で曲がれるのか。
何周かするうちに、その場所が少しずつ身体に入ってきた。
ここだ、という地点がある。

バイクを深く沈めて地面に押し付ける
そこに来たら、ためらわずブレーキをかける。FJRの重さが前へ移り、フロントタイヤが路面に押しつけられる。重いバイクなのに、不思議と頼もしい。速く走るためというより、怖さをひとつずつ外していくための作業だった。
そして気がつくと、いつもの精神状態に戻っていた。
朝のホテルで感じていたふわつきは、もうない。濡れた路面に向けていた過剰な不安も、薄くなっていた。呼吸は整い、視線は先へ向き、身体はバイクの動きと一緒に動いている。
これならいけるな、と思った。
少しだけスイッチを入れる。
ただただ、爽快だった。
サーキットには、ツーリングにはない自由がある。ブラインドコーナーの向こうから対向車が来ることはない。路面の砂を心配しながら、必要以上に身構えることもない。前のバイクを抜いても、別に怒られない。
もちろん、景色を楽しむスイッチは完全にオフになる。同じ場所をぐるぐる回っているのだから、旅のような発見はない。
その代わりに、自分の神経が一本の線になっていく。
どこでブレーキをかけるか。
どこで車体を向けるか。
どこからアクセルを開けるか。
前を走るバイクを、どこで無理なく抜くか。
スピードメーターを見ると、普段見ないような数字が躍るが、不思議と恐怖は感じない。
そういうことだけが、頭の中に残っていく。

日常の雑音が、少しずつ落ちていく。仕事のことも、家のことも、年齢のことも、これから先のことも、いったんどこかへ退いていく。残るのは、路面とタイヤと、自分の呼吸だけだ。
バイクに乗っていて、ときどき自分と機械の境目が曖昧になる瞬間がある。手首を少しひねれば、エンジンが応える。膝で支えれば、車体が向きを変える。ブレーキを握れば、重さが前へ沈む。そのひとつひとつが、自分の身体の延長のように感じられる。
ああ、これだったな、と思った。
若い頃に感じていたものと、まったく同じではない。むしろ今の方が、怖さも限界もよくわかっている。無茶をすれば痛い目を見ることも、若さで押し切れないことも知っている。
それでも、走っているあいだだけは、年齢が少しほどける。
若返るのではない。
ただ、余計な力が抜ける。
FJRは、そういう走りを静かに受け止めてくれた。重い。大きい。けれど、その重さが不思議と安心感になる。何周走っても、身体にひどい疲れが来ない。もともと遠くへ行くためのバイクだから、一定の集中を長く保つことには向いているのかもしれない。
気がつけば、思っていた以上に長い時間を走っていた。
まとまってこれだけサーキットを走ったのは、たぶん初めてだったと思う。昔なら、短い枠の中で肩に力を入れて走り、終わる頃には妙な疲れ方をしていた。今回は違った。ちょうどいい没入の深さで、最後まで大きなトラブルもなく走り終えることができた。
走行が終わったあと、身体の中が少し空になっていた。
悪い意味ではない。むしろ、余計なものが出ていったような感覚だった。ばかみたいな言い方をすれば、賢者モードである。あれだけ内側で騒いでいたものが、どこかへ抜けて、妙に穏やかになっていた。
その日は仲間たちと白河に泊まった。
翌日、浜松へ帰る道も、まっすぐには帰らなかった。山形へ抜け、新潟を通り、長野を回る。普通に考えれば、ずいぶん遠回りだ。でも、その遠回りを楽しめるくらいには、心が静かだった。
サーキットを走った翌日の身体で、山の道を淡々と走る。昨日とは違って、今度は景色を見る。路肩の緑、雲の切れ間、遠くの山の稜線。サーキットで一度閉じた感覚が、旅の中でまた開いていくようだった。

五十を過ぎて、サーキットをふたたび走る。
それは、若い頃の自分に戻ることではなかった。昔の続きを取り戻すことでも、何かを証明することでもなかった。ただ、今の自分の身体と、今の自分の怖さと、今の自分の楽しさで、もう一度あの場所に立つことだった。
年に一度くらい、こういう日があってもいい。
そう思いながら、FJRのスクリーン越しに、少し湿った山の空気を受けていた。サーキットで出し切ったはずの何かは、帰り道の遠回りの中で、また静かに満ちていくようだった。

本降りの雨で強制的にクールダウン
