久々にプッチンプリンを食べたら大人を感じた話。
僕は大の甘党である。
嬉しいことがあった日はそのプラスの感情をさらに増大させるべく甘いものを食べる。
嫌なことがあった日は、マイナスの感情をプラマイ0に持っていくために食べる。
そんな僕が、幼少期から一番テンションが上がるスイーツはプリンだ。
小学校から帰ってきてプリンがあった日は、ありえないくらい狂喜乱舞した。
例えるなら、マックスむらいが奇跡の落ちコンで大人の10コンボを完成させた時くらいの感覚である。
時は流れ、僕は社会人になる。
当然、プリンは英語だとpuddingというスペルでなんとなくプリンに聞こえるけど末尾のgがなんかちょっと違和感だなぁと思える年頃になった。
そして、フルーツサンドやらマリトッツォやらを知り、プリンという存在が自分の中でも薄れていた。
そんなある日、旧友との飲み会の帰り、テンションが上がりコンビニでプリンを買った。
忘れかけていたプリンへの愛情が呼び起こされた。
片思いしていた子にばったり地元の駅で会ったときみたいな気持ち。
プリンを片手にルンルンで家に帰ったものの、かなり酔っていたこともあり、お風呂に入った後、プリンを食べずに寝てしまった。
次の日、仕事のため朝6時に起きた。
水を飲むために冷蔵庫を開けると、ど真ん中にプリンが鎮座していた。
確かに僕は昨日、買ったプリンを食べ忘れた。
でも、酔いながらもそのプリンを大切に冷蔵庫に入れていた。
プリンへの愛情は、まだ僕にもあったのだ。
朝ごはんのデザートに食べることを検討した。
昨日はごめんねとプリンに伝えながら今すぐ食べるのが礼儀だと思った。
でも、プリン欲が一番強いタイミングで食べたいという自分のエゴも存在した。
そんな逡巡をしていると遅刻しそうになったので、仕事終わりのタイミングで食べようと決意した。
その日の仕事の進捗は、それはもう凄まじかった。
帰ればプリンが待っている。そう思うと、苦痛な仕事も乗り切れたからだ。
時刻は21時30分。満員電車に耐え抜き、帰宅した。
朝、食べなかったことでプリンがすねて、逃げ出してしまっているのではないか、という一抹の不安を抱えながら冷蔵庫を開ける。
そこには朝と変わらずプリンがあった。よかった。
なんならプリンが少しはにかんでいるように見えた。
鉄製の小さなスプーンを取り出し、机に置く。そして、薔薇の絵柄が入った小皿も準備した。
いよいよ主役の登場である。満を持して、プリンを冷蔵庫から取り出す。
蓋を開け、薔薇の小皿の上に逆さにセット。
当たり前だが、逆さにしても落ちてこない。
これがプッチンプリン、これでこそプッチンプリンである。謎に誇らしく、嬉しい。
いよいよだ。
仕事を頑張り、プリン欲を溜めた僕は、全知全能だ。
裏の突起を折る。
カチッと小気味良い音と共に、豊満なプリンが小皿の上に。
カラメルという名のドレスを纏ったプリンは、あの頃のプリンよりも綺麗だった。
鉄製の小さなスプーンで豊満なプリンにメスを入れる。
何かを思うまもなく、口に運んだ。
これまでの人生で色々なデザートを口にした。
僕の舌は無意識下で、成長してしまっていた。
口に運んだプリンは想像の20倍くらい『普通』だった。
幼少期、僕の中でデザートの女王様だったプリンは、今や、晩年のクレオパトラだったのだ。
そっか、大人を感じるってこういうことか。
