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『幼年期の終わり』 アーサー・C・クラーク

人類はもはや孤独ではない。

「第1部 地球とオーヴァーロードたち」

ヒトが広大な宇宙に、初めて大きな一歩を踏み出そうとしたまさにその日。突如として空に、巨大宇宙船が現れます。

地球よりはるかに進んだ文明を持つ異星人によって支配されていく世界。しかしそれは意外にもユートピアでした。彼ら=オーヴァーロードの真の目的とはいったい?

冒頭から怒涛の展開で物語は進んでいきますが、文章表現は静謐で、まるでおだやかな海面をなぞるように読んでいけました。

第1部は、オーヴァーロードの1人であるカレランと、唯一やりとりを許された国連事務総長のストルムグレン、さらに彼らに忍び寄る反対勢力の者たちとの相剋を中心に、物語が描かれていきます。

この時点では異星人の姿も意図もまったく分かりません。しかしその交流にはなぜか、不思議な温かさがあり、先が気になってしまいます。

そう、カレランは彼を信じてくれたのだ。(中略)それは人間が忠実で賢い犬に注ぐ愛情と同じ種類のものだったのかもしれないが、真の感情であることに違いはなかったし、これまで生きてきて、ストルムグレンがあれだけの充足感を得た経験は、ほかに数えるほどしかない。

「第1部 地球とオーヴァーロードたち」より

第2部ではその先の未来、オーヴァーロードによってもたらされた地球の黄金期が描かれます。しかし「何か変だな」と節々で感じる違和感。聞こえてくる不協和音。

あらゆる種類の争いや紛争が一掃されたことは、創造芸術の終焉を意味していた。(中略)この数十年というもの、文学や音楽、絵画、彫刻の新しい傑作は一つとして生まれていなかった。

「第2部 黄金期」より

地球は、百年前と比べ、不公平は少ない反面、はるかにちっぽけな星になっていた。オーヴァーロードたちは、戦争と飢餓と病気を根絶やしにしたと同時に、冒険をも絶滅させてしまったからだ。

「第2部 黄金期」より

なんとかして異星人のことを探ろうとする者も現れます。「人類はこれからどこへ向かうのか?」という謎は次第に大きくなっていきます。

そして「第3部 最後の世代」。ついに異星人の目的の輪郭がはっきりしてくるのですが、その先には、とんでもないものが顔を出すのです。

結末で茫然自失。「なんでこんなことになったんだ!」と運命に異議を唱えたくなりました。それでいて、怒りや哀しみの先に、どうにも喩えるのが難しい希望もあるのです。ものすごく大きなものを見せてもらったという感動も。これは、読んだ方それぞれの胸の内でぜひ感じていただきたいと思います。

解説でも触れられていますが、作者のアーサー・C・クラークは、「ノーベル平和賞の候補に上がった」という噂が流れることもあったほど、その作品の世界観は平和への希求を示しているそうです。

そうだとしたらこの結末も、彼の平和を想う気持ちが究極の形をとったがゆえかもしれない、と腑に落ちました。

『三体』ほどシビアではないけれど『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のような楽観性は皆無。それでいて読了後、今までに感じたことがないような畏怖の念に駆られる本作は、70年以上前に書かれたとは思えないほど、令和の今に通じる主題を孕んでいるのです。

幼年期の終わり
『幼年期の終わり』アーサー・C・クラーク

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