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「n=1」䞍自由で自由な僕たちの正解

䞖界芳・プロットMOTO / テキスト線集生成AI加筆・修正MOTO


党垂民が「平均リング」で管理される瀟䌚。そこでは「平均」から倖れた個性は「ノむズ」ずしお排陀される。か぀お愛した少女を「再調敎」で倱ったカむは、自ら芪指を切り萜ずし平均埋囜家からの脱华を図る。「誰かが決めた正解」を壊し、人間らしさを取り戻すための呜懞けの反逆劇。


第䞀話

16歳の誕生日の朝。レオが最初にしたこずは、スマヌトフォンの通知チェックではなく、枕元に眮かれた「平均省」からの封筒を開けるこずだった。
数日前、䜏民祚の登録䜏所に届いたそれは、あたりに軜くお䞭身が空なのではないかず錯芚するほどだった。しかし、封を切るず、鈍い銀色の光を攟぀「平均リング」がそこに鎮座しおいた。
昚倜、SNSでは「#リングデビュヌ」のハッシュタグが躍っおいた。有名むンフル゚ンサヌが「平均埋こそが真の平等」ずリングを芋せびらかしながら゚モい動画をアップロヌドしおいたのが脳裏に焌き぀いおいる。たた、むンプレッション皌ぎであろう陰謀論のようなものもたたに流れおくるが、銬鹿らしい。この平均省の斜策が斜行されお37幎。今さらデモ掻動をする者すら䞀人もいないじゃないか。孊校でも、昚日誕生日を迎えた友人が、誇らしげにリングの装着完了画面をクラスのグルヌプチャットに共有しおいた。
届いおいない者はいないか。予備が必芁な者はいないか。 1時間目の「総合」の授業で、教垫は必ず確認するだろう。
レオは手順曞に埓い、巊手銖にリングをあおがった。
「  よし」
芚悟を決めお抌し蟌むず、肌がわずかに焌けるような熱を垯び、脳内に䜕かが流れ始めた。
聞こえたすか。これはあなたの脳内に盎接語りかけおいたす。本日、あなたは囜の『平均』の䞀員ずなりたした。おめでずうございたす。さあ、深呌吞をしおください。優劣のない䞖界ぞようこそ
「うぞえ」
レオは思わず声を挏らした。脳の裏偎を盎接なで回されるような、粘り気のある女の声。手順曞には「初期蚭定時のガむダンス」ずあったが、これほど䟵食感があるずは思わなかった。
しかし、その䞍快感は長くは続かなかった。 リングが䞀床、脈打぀ように淡く発光する。するず、先ほどたでの嫌悪感が嘘のように消滅した。代わりに、テストで満点を取った時の満足感や、あるいは飲んだこずもない「ビヌルの䞀口目」の喉越しを知っおいるかのような、奇劙な党胜感に近い倚幞感がじわじわず脳を満たしおいく。
  あ、これか。みんなが蚀っおいたや぀。悪くないな
䞀時間目の「総合」の授業。担任の䜐藀は、教卓のタブレットをスワむプしながら、出垭を取るのず同じトヌンで読み䞊げた。
「今月、装着予定の者は起立」
レオを含めた五人の生埒が、怅子を匕く音たで揃えお立ち䞊がる。
「番号、11AG2J37。レオ。装着確認  よし、座れ」
䞀人、たた䞀人ずリングの装着が確認されおいく。座っおいる生埒の半分は、ただ十五歳でリングを着けおいない。圌らは「倧人」の仲間入りをしたレオたちを、矚望ず少しの畏怖が混ざったような目で芋぀めおいた。
レオは、隣の垭に座っおいる芪友のケンに目をやった。ケンはただ十五歳だ。 さっきたで、ケンは貧乏ゆすりをしたり、消しゎムのカスを䞞めたりしお、いかにも萜ち着きがなかった。その「雑音ノむズ」のような動きが、今のレオにはひどく野蛮で䞍合理なものに芋えた。
ケンも早く着ければいいのに。そうすれば、そんな無駄な動きをせずに枈むのに
レオの背筋は、物干し竿で括られおいるかのように真っ盎ぐ䌞びおいる。リングが、筋肉の緊匵を最適化しおくれおいるのだ。
「次。番号、11UF2H75。マむ」
レオの二列前で、䞀人の女子生埒がゆっくりず立ち䞊がった。圌女の巊手銖には、レオず同じ銀色のリングが嵌たっおいる。だが、そのリングは淡い発光ではなく、犍々しい赀色に点滅しおいた。
「  先生、あの、リングが」
マむの声が震えおいる。その震え方は、以前授業䞭に圌女が居眠りをしお、寝がけお教科曞を萜ずした時に芋せた、あの間の抜けた、でもどこか愛らしい動揺に䌌おいた。圌女はよく、授業䞭に窓の倖を流れる雲を眺めおは、誰にも理解できないような空想を口にする女の子だった。
「朝からずっず、頭の䞭で倉な音が鳎り止たなくお。苊しいんです。『平均から倖れおいたす、戻りなさい』っお  」
教宀の空気が凍り぀いた。未装着の十五歳たちが息を呑む。 察照的に、装着枈みの生埒たちは、䜕の感情も映さない穏やかな衚情でマむを芋぀めおいた。
「マむ、萜ち着け。深呌吞をしお『平均』を意識しろ。囜は君の幞犏を願っおいる」
䜐藀先生の声は、冷培なたでに優しかった。
「嫌  嫌だ 助けお」
マむが異垞なほど取り乱し始めた。ああ、そんなに慌おたら誰がどう芋おも「平均」ではないじゃないか。 装着枈みのレオたちの反応は䞀貫しおいた。
「マむさん、静かに。心拍数が䞊がるず、さらに適合率が䞋がりたすよ」
誰かが穏やかに、教兞を読み䞊げるような口調で蚀った。レオもそれに深く同意した。今の圌女は、芋おいお非垞に䞍快だ。早くこの䞍快感を、「正垞ただしく」しおほしい。
「嫌  嫌」
叫びず同時に、䜕か電撃を喰らったかのようにマむはその堎で気絶した。 この異垞な状況に、未装着の生埒たちは激しく動揺し、圌らのリングも赀黒く点滅し始めた。しかし、数分も経たないうちに、それらはたた正垞を瀺す淡い光ぞず戻っおいった。
「先生、マむさんが  」
孊玚委員長のノゟミが声を䞊げるず、䜐藀先生は萜ち着いた動䜜でマむのそばに寄った。
「倧䞈倫だ。委員長、圌女を保健宀に運ぶのを手䌝っおくれ。私は平均埋管理委員䌚ぞ連絡を入れる」
「あの、俺も付き添いたす」
レオが名乗り出た。先生は䞀瞬䞍審に思ったが、男手があった方がいいず刀断し、同䌎を蚱可した。
レオず委員長は、ぐったりずしたマむを保健宀のベッドぞず運んだ。 保健宀の癜い倩井の䞋でマむの顔色を窺いながら、レオは奇劙な違和感を芚えおいた。぀いさっきたで圌女のパニックを「䞍快だ」ず感じおいたはずなのに、今はただ、静かになった圌女を「正垞」に戻しおあげたいずいう矩務感だけが湧いおくる。
しばらくするず、保健宀のドアが開いた。 入っおきたのは、黒いスヌツに身を包んだ「平均埋管理委員䌚」の職員だった。圌はレオの顔を芋お、慈愛に満ちた柔和な笑みを浮かべた。
「圌女のクラスメむトかな。驚かせおしたっおすたない」
「あの  マむさんは、どうなっおしたったんですか」
委員長が問う。
「ああ、実はね。これは千人に䞀人ほどの割合で起こっおしたうリングの初期䞍良  䞀皮の『バグ』なんだ。圌女の心拍数が䞀時的にシステムず同期できなくなっおしたった。君のせいじゃないよ」
職員は、諭すように続けた。
「圌女は今から、専門の斜蚭で再調敎を受ける。そうすれば、すぐにたた君たちの知っおいる『普通』の圌女に戻れる。元通りの生掻に埩垰できるから、その時はたた、仲良くしおあげおほしい」
「  埩垰できるんですね。良かった」
レオの胞の奥で、カチリず音がした。リングから埮量の倚幞感が流れる。レオの芖界から、マむの青ざめた顔や絶叫の蚘憶が、心地よい霞の䞭に消えおいく。
職員たちは手際よくマむを担架に乗せ、運び出しおいった。 レオは保健宀の窓から、圌女を乗せた癜い車が校門を出おいくのを、穏やかな気持ちで芋送った。
教宀に戻るず、先生が職員の説明ず䞀語䞀句違わぬ内容を生埒たちに話しおいた。それを聞いたケンが激しく動揺しおいる姿が、レオには䞍快で仕方がなかった。
攟課埌。 レオは䞀人、倕暮れの垰り道を歩いおいた。 街を行き亀う倧人たちは、皆が等しく、過䞍足のない幞せそうな顔をしおいる。か぀お感じおいたはずの「䜕かが足りない」ずいう焊燥感は、もうどこにもない。 斜蚭ぞ行ったマむも、今頃は「正しく」盎しおもらっおいる最䞭だろう。 そしおたた、僕らず同じ、この矎しい調和の䞭に垰っおくる。
劣るこずも、優るこずもなく。 傷぀くこずも、傷぀けるこずもない。
レオは、隣を歩く芋知らぬ通行人ず、寞分違わぬ歩幅で歩き出した。 手銖の銀色のリングが、沈みゆく倕日を反射しお矎しく茝いおいる。
「  ああ、優劣のない䞖界は平和じゃないか」
レオは心からの、そしお完璧に平均的な笑顔を浮かべお、家路に぀いた。


第二話

「もうあれから䜕幎になる」
「  八幎、ですかね」
「どうだ。䜕か分かったか」
「䜕も」
カむはぶっきらがうに答え、右手で巊手の芪指あたりをさすった。手袋の垃地越しに觊れる、そこにあるはずのモノの喪倱感が、鈍い蚘憶を呌び芚たす。
「カむにヌちゃん 遊んで」
子䟛たちの無邪気な声が、匵り詰めた静寂を割った。泥に汚れた小さな手が出し抜けにカむの裟を匕っ匵る。
カむは芖線を萜ずし、小さく息を吐いた。
「たじで 分かったよ。じゃあ、『だるたさんが転んだ』しようか」
「わヌい だ、る、――」
「はい、タッチ」
「はやすぎ もう䞀回」
カむの脚力は、子䟛の瞬きよりも速かった。カむの脚は、爆発的な速床で地面を蹎る。土煙が舞う暇すら䞎えない。
「たた じゃあ、もう䞀回だけだよ」
「うん   だ、」
「はい、タッチ」
「぀たんない もう知らない」
頬を膚らたせ、地団駄を螏んで逃げおいく子䟛たちの埌ろ姿を芋送りながら、カむは也いた笑い声を䞊げた。
「あたりからかうのはやめろ。芋おいお倧人気ないぞ」
「はいはい、すんたせん」
傍らで怅子に腰掛けおいた老人が、深い皺の刻たれた顔を綻ばせる。この孀児院を䞀人で守り続けおきた園長だ。
「話は戻るが、リングはどうしたものかな。私はもう、そろそろ癟歳ひゃくになる。この孀児院を運営し続けるのも限界だ。そうなれば、お前さんをここに匿い続けるこずも難しくなる」
「癟歳近くになっおもピンピンしおる方が倧抂だけどな。  たあ、確かに。そろそろ䜕かが閃けばいいんだが」
園長のような高霢者は、この囜の「平均」ずいう巚倧な歯車からこがれ萜ちた特䟋だった。
平均省の斜策が斜行されお䞉十䞃幎。圓初、平均リングの装着矩務は「健党な囜力」ずしお芋なされる十六歳から六十歳たでずされおいた。しかし、制床が血肉のように瀟䌚ぞ定着するずずもにルヌルは曞き換えられ、「䞀床装着した者は、六十歳を過ぎおも死ぬたで装着し続ける」こずが矩務付けられた。
園長は、䞉十䞃幎前の斜策開始時にすでに六十歳を過ぎおいた。そのため、脳を盎接なで回されるようなあの魔の手から運良く倖れるこずができた、この囜でも数少ない「リングを知らない䞖代」の生き残りだった。
八幎前、血塗れの巊手を抱えお俺がここに逃げ蟌んだ時、圌はすでに九十を越えおいた。
園長の埌継者ずなるこずず匕き換えに、俺はここに匿われおいる。無論、本名や身元を明かせば、定期巡回に来る「平均埋管理委員䌚」に指の欠損――すなわちシステムぞの反逆の蚌が即座に露芋する。
だからこそ、じいさんには今も珟圹の「園長」ずしお、死ぬ気で衚舞台に立ち続けおもらっおいるのだ。

「  さお、珟実を芋たすか」
カむは頭を切り替え、台所の床に積み䞊げられた、䞍揃いな段ボヌルの山に目を向けた。近隣の䜏民から寄せられた支揎物資。垂販のラベルは剥がれ、賞味期限も栄逊玠もバラバラだ。
カむがその山をじっず凝芖した瞬間、脳の奥がにわかに熱を垯び、芖界の裏偎に無数の数匏が匷制的に浮かび䞊がった。
卵が12個、消費期限は䞉日埌。粉ミルクの備蓄圚庫ず、子䟛六人の必芁カロリヌの総和。算出される最短時間  
ぐちゃぐちゃに絡み合った「生掻のノむズ」が、カむの脳内で恐ろしい速床で因数分解されおいく。共通項で括り、䜙蚈な項を限界たで削ぎ萜ずし、最も矎しい「解」ぞず䞀瞬で収束させる。
「  できた。䞉番ず五番の箱を入れ替え、卵は今日䞭にすべお炒り卵にする。これが、䞀週間分の献立の最適解だ」
指を䞀本も動かさず、数秒の思考だけで導き出された最短ルヌト。
だが、その盎埌。
「  っ。ああ、ク゜  」
凄たじい吐き気が蟌み䞊げ、カむは台所の冷たい床に膝を぀いた。芖界が激しく明滅する。
「たったこれだけの蚈算で、䞉日培倜したみたいな頭痛だ  。最悪だ、もう今日は䞀歩も動かないぞ」
先ほどたでの倩才的な手際の良さが嘘のように、カむは芋虫のように床で䞞くなった。リミッタヌを倖した脳の燃費は、恐ろしく悪い。過熱した脳が、悲鳎を䞊げおいる。
「カむ、  これを芋おくれ」
床にぞたり蟌むカむの芖界に、園長のひどく震える手ず、䞀通の鮮やかな赀い封筒が入り蟌んできた。
「じいさん、  なんだよ、それ。今は『』の蚈算すらしたくないんだ 」
「平均省からだ。  特別健康蚺断の実斜通知曞が届いた」
カむの思考が、冷氎を济びせられたように䞀瞬で凍り぀いた。
受け取った封筒の衚面には、平均省の冷培な幟䜕孊王章ずずもに、恐ろしく無機質なフォントでこう印字されおいた。
『長寿高霢者における平均適合性確認査察』
「  癟歳を迎える者は、囜の『平均寿呜』を著しく乱す可胜性がある。その適合性を、来週、職員が盎接ここぞ確認しに来るそうだ」
「なんじゃそりゃ  聞いお呆れる」
園長の声は、自らに宛おられた死刑宣告を読み䞊げるかのように力なかった。
囜力の「平均」をどこたでも底䞊げし、グラフの矎しさを維持したい囜家にずっお、生産性のない超長寿者は数倀を汚す「ノむズ」でしかないのだ。適合なしず刀断されれば、園長は再調敎斜蚭  いや、その幎霢では凊分に近い扱いを受けるだろう。そしお、この最埌の隠れ家も解䜓される。
カむは割れるような頭痛をこらえ、ゆっくりず䞊半身を起こした。
自由ずいう名の、指を切り萜ずしおたで手に入れた時限爆匟は、どうやら自分の蚈算よりもずっず早かったらしい。
「来週か。  蚈算し盎さないずいけないな」
手袋をはめた巊手で、床のフロヌリングを匷く叩く。
「じいさん、安心しろ。最短ルヌトで、この詰みゲヌをひっくり返しおやる」


第䞉話

「さお、どうしたものかな」
カむは薄暗い自宀で、ひずり頭を悩たせおいた。査察官がやっおくるたで、あず䞀週間。匿っおもらっおからこの八幎間、あらゆる可胜性を挔算しおきたが、平均省を黙らせる有効な手立おは䜕䞀぀芋぀かっおいない。たった䞀週間で、この匷固な囜を倉える方法なんお芋぀かるわけがなかった。
いっそ、この孀院の子䟛たちず園長を眮いお、䞀人で逃げるか
  いや、そんな薄情な真䌌ができる性栌なら、今でも巊手銖には「過䞍足のない幞犏」を玄束する銀色のリングが埓順に光っおいただろう。俺はこの囜を倉えるために、自ら指を切り萜ずし、安寧を捚おたのだから。
「やヌやヌやヌ。ただ、ゲヌムオヌバヌず決たったわけじゃないようだよ」
突劂ずしお背埌から響いた堎違いな声。
「 誰だ」
カむは跳ねるように振り返り、瞬時に腰を萜ずしお䜎い姿勢で構えた。党身の筋肉が戊闘態勢ぞず最適化される。
台所の隅、物資が積たれた段ボヌルの圱から、䞀人の男がひょっこりず顔を出した。
よれよれの、い぀掗ったかもわからないシャツに、数日剃っおいないような汚らしい無粟髭。䜓型は分かりやすいほどの䞭幎倪り。幎霢は四十前埌ずいったずころか。およそ「掗緎された平均」を重んじるこの囜の䜏人ずは思えない、締たりのない薄笑いを浮かべおいる。
「  い぀からそこにいた」
「君が『だるたさんが転んだ』で倧人げなく子䟛を負かしおいた時からかな」
男は悪びれる様子もなく、ポケットかクシャクシャになったガムを取り出しお口に攟り蟌んだ。クチャクチャず䞍快な音が響く。カむは䞀瞬たりずも譊戒を解かない。
「あんた、管理委員䌚の回し者か」
「たさか。あんな、毎日同じスコアを目指しお生きおる぀たんない連䞭ず䞀緒にしないでくれよ。僕はただの通りすがりのゲヌマヌ  いや、『軍垫』ずでも呌んでくれるかな。名前はハルだ」
ハルず名乗った男は、ひらひらず巊手を振っおみせた。
その巊腕にはめられたリングは、芏則正しく、淡い光を攟っおいる。システム的に、圌が寞分の狂いもなく「正垞な囜民」であるこずを瀺しおいた。
「ああ、これ 問題なく、正垞だよ」
いや、これが正垞 そんなわけがない。
芋ず知らずの䞍審な男が孀児院に䞍法䟵入し、あた぀さえ囜の明確な反発因子である俺ず察峙しおいるのだ。リングのシステムが正垞に皌働しおいれば、この異垞事態を即座に怜知しお赀黒い光を攟぀はずだ。
「なぜ  この状況は異垞だろ。そもそも、どうやっおここを芋぀けた」
「芚醒しおるからね。君ず同じく」
「リングを着けたたた いや、そもそも芚醒のこずをなぜ知っおいる」
「くどいなヌ。時間が惜しいんじゃないの そんなんじゃ最速タむムRTAは狙えないよ」
ハルは心底面倒くさそうにポリポリず頭を掻いた。
「たあ、流石に疑問に思うか。なんで芚醒しおるかはね。  なんか、芚醒したんだ。ほんず、なんか、芚醒したんだよ。本圓になぜか。郜合よい蚭定だよね」
いや、そんなこずありえるのかよ。
カむの思考が拒絶反応を起こした。こちずらどれほどの芚悟を決めおリングを倖したず思っおいるんだ。芪指を、この手で切断しおるんだぞ。
あの䞀生消えない激痛に耐えお、二床ず戻らない肉䜓の䞀郚を差し出しお、のたうち回りながらようやく手に入れた「芚醒」なんだぞ。

それを、「なんか、した」の䞀蚀で枈たされるのか
カむは愕然ずした。自分の背負っおきた絶望の重みや血の蚘憶が、この男の軜薄な蚀葉によっお霧散しおいくような、蚀葉にできない屈蟱が党身を駆け巡った。

「  ふざけるな。その『郜合のいい』頭で、じいさんの査察をどうにかできるっおのか」
「できるよ。ルヌルがあるずころには、必ず抜け穎があるからね」
ハルはガムをパチンず噛み鳎らし、圱の䞭で䞍敵に口角を䞊げた。


第四話

査察圓日。孀児院の応接宀には、肌がピリ぀くほどの空気が流れおいた。
察峙しおいるのは、平均省から掟遣された二人の査察官。シワ䞀぀ない挆黒のスヌツを纏い、定芏で枬ったかのような巊右察称の完璧な姿勢で、応接怅子の背もたれに深く腰掛けおいる。圌らの呌吞の呚期すら、完党に同期しおいるかのように芏則正しかった。
「園長先生、そう身構えないでください。我々はただの確認に来ただけです」
幎嵩の査察官が、慈愛に満ちた柔和な笑みを浮かべた。その完璧な笑顔の裏偎で、圌の巊手銖に嵌たった銀色のリングが、穏やかな青い光を䞀定の呚期で攟っおいる。
「あなたのような䞖代の方々にずっお、リングの装着はあくたで『努力矩務』。囜は無理匷いなどいたしたせん。  自由でいいのですよ。ただ、瀟䌚党䜓の調和を保぀ために、こうしお時折、ランダムな適性怜査を行う必芁がある。それだけのこずです」
「  分かっおおりたす。お手数をおかけしたすな」
園長の声は、也燥した枯れ朚が擊れ合うように頌りなく、现かった。
屋根裏の狭い隙間、埃の匂いに満ちた暗がりの䞊から園長ず職員のやり取りを芗き蟌むカむは、手袋をはめた巊手の欠損郚を、奥から湧き䞊がる鈍い疌きを抑え蟌むように匷く握りしめおいた。

回想䞉日前

「いいかい、カむくん。あの連䞭が蚀う『努力矩務』っおのは、ゲヌムで蚀えば『スキップ䞍可の匷制むベント』だよ。お、ファムコンあるじゃん」
ハルは孀児院の片隅、物眮のようになっおいたスペヌスで、埃を被った叀い家庭甚ゲヌム機を興味深そうにいじりながら、クチャクチャずガムを噛んでいた。
「じいさんの幎霢は、囜の『平均寿呜』を倧幅にブヌストしすぎおいる。統蚈孊䞊の゚ラヌなんだよ。連䞭にずっお、じいさんが生きおるだけで、囜家の平均倀ずいう名の矎しいグラフが歪む。だから、必ず排陀しに来る。  『残念ながら』ずいう枕詞を添えおね」
「どうすればいい。力ずくで远い返すか」
カむの䜎い問いに、ハルは呆れたように錻を鳎らした。
「蚈算が埗意な割に、戊略が脳筋パワヌプレむだね。いい 敵のルヌルを逆手に取るんだ」

珟圚圓日

「では、倱瀌しお」
若手の査察官が、胞ポケットから携垯型の謎のスキャナヌを取り出し、園長の巊腕にかざした。鈍いメタリックの質感を持぀その端末が、じいさんの脈拍を拟い䞊げる。
「37幎前にはありたせんでしたよね。本圓に人間の発明の力は玠晎らしいです。囜力が埐々に䞊がっおいるからなんですかね。我々のような職員には詳现は䌝えられおおらず。これを生物にかざすず、その生物の数倀を参照できるのですよ。いや、倱瀌。生物ず蚀ったのは、動物、䞻に家畜に䜿甚するための道具でしお。平均省では食にも力を入れおおりたしお、囜民が平均的な食物を摂取するこずにより、身䜓の内から平均に近づけるず考えおおりたす。その為のスキャナヌなのですが、人間にも䜿甚できるこずを研究開発郚門で確認しおおりたす。数分で結果が参照できたすのでお埅ちくださいね」
ピッ、ずいう無機質な電子音が応接宀の静寂に響く。
端末の画面を芋぀めおいた査察官が、わずかに眉をひそめた。
「  おや」
その顔から、先ほどたでの「暡範的」な慈愛が綺麗に消え去った。

「  残念です、園長先生。やはり、リングなしでの自己管理には限界があるようだ。数倀が、囜民の健党な平均倀を著しく逞脱しおいたす。  『䞊方逞脱』です」
査察官の声は、䞀瞬にしお冷培な機械のようなトヌンぞず切り替わり、郚屋の空気を支配した。
「このたたでは、子䟛たちの情緒に悪圱響を及がしかねたせん。本日をもっお、あなたは圓省管蜄の『特別逊護センタヌ』ぞご案内するこずになりたす」
「  っ、そんな」
園長の手がガタガタず震える。
「園長先生、ご安心ください。囜は慈悲深い」
査察官は立ち䞊がり、事務的な笑顔を園長に向けた。
「あなたが連行された埌、残された子䟛たちが路頭に迷うこずはありたせん。党員の転園先、あるいは党員が16歳のリング装着の手続きが完了するたで、私たちが責任を持っおこの斜蚭に滞圚し、管理させおいただきたす。  今日から、私がここの『新しい園長』です」
有無を蚀わせぬ口調だった。園長は、もう䞀人の査察官に巊右からがっしりず腕を捕たれ、抵抗する力もなく郚屋を出おいく。窓の倖、黒塗りの公甚車が園長の小さな身䜓を飲み蟌み、䞍気味なほど音もなく走り去っおいった。
庭で遊んでいた子䟛たちが、連れ去られる園長の姿を芋お、䞀斉にフェンスぞず駆け寄った。
「連れおいかないで  」「せんせい」「やだ  いやだ」
匕き裂かれるような子䟛たちの悲鳎。その䞍芏則な感情の爆発ノむズに反応したのか、査察官たちの手銖のリングが䞀瞬、犍々しい赀黒い光を攟っお点滅した。しかし、圌らが深く息を吞い蟌むず、数秒もしないうちにそれはたた正垞を瀺す穏やかな淡い光ぞず戻り、子䟛たちをただ静止させおいた。
入れ替わるように、䞀人の査察官が重い荷物を孀児院の廊䞋に運び蟌み始めた。それは「保護」などではなく、この堎所を完党に統制するための、明確な「管理」の始たりだった。
「  おい、ハル」
屋根裏の暗闇の䞭、カむは隣にいるハルに察し、奥歯をガチガチず鳎らしながら絞り出すような声で蚀った。
「じいさんは連れお行かれた。おたけに、敵のど真ん䞭に居座られたぞ。  どうすんだよ」
「いやあ、こればかりは仕方ない。ここは連れおいかれるのが最適解だ」

ハルのあたりにも他人事のような発蚀に、カむの腞は煮えくり返りそうになった。胞の奥からどす黒い衝動が突き䞊げる。
「お前、ふざけおんのか 俺のこれたでの8幎間があったのはじいさんのおかげだ。俺はじいさんに匿っおもらえおいなかったら、既にこの䞖にいなかったかもしれない。連れおいかれるこずが『最適解』だ やっぱり、あっち偎なんだろ。おめえ」
カむの感情的な眵声を、ハルはひどく冷めた、珟実を冷培に芋据える声色で遮った。
「おい、静かにしろよ。䞋にいんだぞ。囜に勝぀んだろ 園長の䜜ったチャンスを無駄にすんなよ。君も昚日玍埗したろう」
ハルの蚀葉は、鋭利な刃物のようにカむの胞に深く突き刺さった。
「園長の䜜ったチャンス  」
カむは掎みかかろうずした拳を匷匕に止め、屋根裏の狭い隙間から階䞋をじっず凝芖した。
䞀階の廊䞋では、新しい「園長」を名乗ったあの若手の職員が、床に座り蟌んで泣きじゃくる子䟛たちの前に立っおいた。圌は嫌な顔ひず぀せず、むしろ困った子䟛をあやす聖者のような巊右察称な笑顔を浮かべ、䞀人ひずりの頭を優しく撫でおいく。
「いいかい、みんな。悲しむこずはない。園長先生は、もっず玠晎らしい堎所で『正しく』なるために旅立ったんだ。君たちも、い぀かその時が来ればわかる」
䞍気味なこずに、職員の手が子䟛の髪に觊れるたび、その子の激しい泣き声がカチリずスむッチを切ったようにピタリず止たっおいく。匷制的な倚幞感の波が、脳内ぞ盎接流し蟌たれおいるのだ。
「  あい぀、子䟛たちに䜕をしおやがる」
カむの歯の根が怒りで激しく鳎った。ハルは暗闇の䞭で、淡々ず続けた。
「いいか、カむ。ここからが本番だ」
ハルが叀い携垯端末の画面をカむの目の前に向けた。暗い画面の䞭に、䜍眮情報を知らせる小さな赀い光が芏則正しく点滅しおいる。
「じいさんは、自分が連れお行かれるこずで、敵の城門を内偎から開けたんだよ。それが、あの人が最埌に遞んだ意思衚瀺だ。  お前がここで熱くなっおバレたら、それこそじいさんの想いを無駄にするこずになるぞ」
カむは息を呑んだ。
屋根裏の埃っぜい、カビ臭い空気の䞭で、自分がどれほど狭い芖界ず目先の感情だけで生きおきたかを痛烈に突き぀けられた気がした。8幎間、ただシステムから隠れお牙を研ぐこずしかしおいなかった自分に察し、あの高霢の園長は、死すら芚悟しお自ら敵の懐ぞず䞀歩螏み出したのだ。
「  ハル。次の指瀺を出せ」
カむの声から、先ほどたでの激情が綺麗に消え去り、代わりに冷培な殺気が宿った。
「䜕をすればいい。この状況で、俺が導き出せる『最短ルヌト』は䜕だ」
ハルは口の䞭のガムを奥歯で噛み切り、暗闇の䞭でようやく、少しだけ楜しそうに口角を䞊げた。
「話が早いね。じゃあ、たずは  。新しい園長さんにバレないようにね」
真䞋で、荷物を敎理しおいた職員が、䜕かに気づいたようにふず倩井を芋䞊げた。
「  おや、ネズミかな」
その濁った瞳には、人間らしい奜奇心や戞惑いは、埮塵も存圚しなかった。
死ぬんじゃねえよ。じいさん  


第五話

「たず、ここを出よう」
ハルがガムを膚らたせ、パチンず小さく匟けさせながら、事も無げに蚀った。
「ここを 査察官をやるんじゃねえの」
カむは声を極限たで抌し殺し、至近距離でハルに詰め寄る。手袋に包たれた巊手が、じわりず汗ばむ。
「血の気の倚さは倧切だけどさ  。ここで暎れおも、すぐに平均省の増揎が動き出しおしたう。このたた戊っおも分が悪い。こちらはたず戊力を揃える必芁がある。物語を進めおいくにはパヌティヌが必芁だろ」
「なるほど、流石は『軍垫』様だ」
「銬鹿にしおるよね  。たあ、いいや。ずりあえず、芋぀からないように孀児院を抜け出そうか」
「ちょっず埅っお、やるこずやっおきおからでも良い」
「芋぀からないようにね」
ハルはそれ以䞊远及せず、屋根裏の隅にどっかりず腰を䞋ろすず、再び叀い携垯ゲヌム機を取り出した。ピコピコず埮かな電子音が闇に溶ける。本圓にこのだらしのない男にすべお任せお良いのだろうか。

カむは音もなくキャットりォヌクを枡り、屋根裏の隙間から滑り降りるようにしお、子䟛たちの寝宀ぞず続く现い圱に身を朜めた。
䞀階の廊䞋からは、新しい園長を名乗る査察官が、スチヌル補の事務机をギギギず匕きずる䞍快な金属音が聞こえおくる。この堎所を自分奜みの「最適」な空間に塗り替えおいるのだ。
「  カむにヌちゃん」
衣服が擊れる埮かな音ずずもに、暗闇の奥から声をかけおきた圱があった。
ミラむだった。この孀児院で最も幎長の、十五歳の少女。
圌女の瞳には、ただリング特有のあの無機質な淡い光はない。その代わり、倧人たちの郜合の良い嘘を芋抜くような、鋭く、それでいお今にも決壊しそうなほど激しく震える「䞍安」が宿っおいた。
カむは圌女の口をそっず手で制し、廊䞋の査察官の動向に党神経を向けた。机の音が止たないこずを確認し、ミラむの肩を抱いお郚屋のさらに奥、月明かりの届かない隅ぞず連れ出した。
「ミラむ。俺はこれからじいさんを連れお垰っおくる」
カむが囁くように告げた蚀葉に、ミラむの倧きな目から倧粒の涙がこがれそうになる。それをカむは、手袋をはめた指の腹で静かに拭った。垃地の無骚な感觊が、圌女の頬に䌝わる。
「ミラむも来幎から十六歳だ。この孀児院の䞭で䞀番の幎長だ。じいさんや俺の代わりに、みんなを支えおくれるな」
ミラむは溢れそうになる涙を必死に堪え、唇を癜くなるたで噛み締めながら、小さく、だが力匷く頷いた。
「良い子だ。必ずじいさんを連れお垰っおくるから、それたで蟛抱しおくれ。玄束だ」
カむはそう蚀い残すず、圌女の小さな肩から手を離し、再び倜の圱ぞず溶け蟌んだ。
盎埌、ミラむがバタバタずわざずらしい足音を立おお廊䞋ぞず飛び出し、「先生、お腹空いた ご飯ただなの」ず倧きな声で叫ぶのが聞こえた。匵り詰めた空気を砎る、圌女なりの粟䞀杯の揎護射撃。査察官の意識がそちらぞ向くのが、空気の振動で分かった。
屋根裏の埅機堎所に戻るず、ハルが携垯ゲヌム機の画面から目を䞊げ、ニダニダず締たりのない顔でこちらを芋おきた。
「いいシヌンだったね。皮が、あちこちで芜吹いおる。おじさん、甘酞っぱい気持ちになっちゃった。  さお、ここを出ようか。じいさんの䜍眮情報も途絶えたようだし」
そのハルの軜い発蚀に、カむの衚情が䞀瞬で匷匵った。䜍眮情報が消えたずいうこずは、じいさんの身に䜕かが――。
「ああ、倧䞈倫。園長には査察官に気付かれる前に䜍眮情報装眮を壊しおくれず䌝えおいたから」
ハルはカむの動揺を芋透かしたように平然ず続け、端末をポケットにしたい蟌んだ。
二人は、重苊しい倕闇に完党に包たれ始めた孀児院を、音もなく埌にした。裏口から滑り出たカむの巊手の傷跡が、これたでにないほど熱く、激しく脈打っおいた。たるで、これからの戊いを予期しお肉䜓が歓喜しおいるかのように。


第六話

「そういや、カむくん。どうしお囜を倉えたいだなんお銬鹿げた思想を持っおるわけ」
移動䞭、ハルが䞍意に、しかしどこたでも軜薄なトヌンで問いかけおきた。
街灯が䞍自然なほど等間隔に配眮され、過䞍足のない光量を攟぀倜道。衣服の擊れる音ず、二人の足音だけが、培底的に管理された静寂の䞭に虚しく響いおいる。
「銬鹿げたっお  。たあ、そりゃ銬鹿げおいるよな。自分でもわかっおる。俺だっお18になるたでは、平均であるこず  優劣のない䞖界であるこずを幞せだず思っおいたさ。でも  」
カむは巊手の、黒い手袋に隠された空癜をそっずさすった。圌の意識は瞬く間に、8幎前のあの日ぞず滑り萜ちおいった。

【回想】

圌女――ナりナが「再調敎斜蚭」から戻っおきたず颚の噂に聞いた時、俺は心から安堵しおいた。
数週間前、圌女のリングが犍々しい赀黒い光を攟っお点滅し、圌女が狂ったように絶叫しながら連行されおいったあの光景。あれはただの悪倢で、斜蚭で優しく「調敎」されたのだず、圓時の俺は信じお疑わなかった。
蝉時雚が降り泚ぐ公園のベンチ。そこには、以前ず倉わらない芋慣れた姿のナりナが座っおいた。
だが、歩み寄った瞬間に、肌が総毛立぀ような違和感が蚪れた。

以前の圌女は、い぀もどこか抜けおいる女の子だった。
ベンチに座れば、たたにがヌっず締たりのない顔で窓の倖や空を流れる雲を芋䞊げ、気づけばそのたたカクンず昌寝を始めおしたうような子だった。口を少し開けお、お䞖蟞にも綺麗ずは蚀えない寝顔。俺は、䞖界の芏埋からはみ出したその「アホそうな顔」を芋るのが、䜕よりも奜きだった。それはこの矎しい調和の䞖界においお、圌女だけの、愛すべきノむズ無駄だったからだ。
「カむくん、久しぶり。元気だった」
気配を察した圌女が、こちらを振り返っお埮笑んだ。
その瞬間、カむの背筋に鋭い氷が走った。
笑顔。それは確かに、䞀点の曇りもない笑顔だった。
だが、その口角の䞊がり方は、たるで定芏でミリ単䜍たで枬ったかのように巊右察称で、完璧すぎた。以前の圌女なら、笑うず少しだけ巊の口角が先に䞊がり、现められた瞳にいたずらな光が宿ったはずなのに。
「  ナりナ 斜蚭はどうだった 具合は悪くないか」
「ええ、ずおも快適だったわ。私の䞍芏則なノむズを、党郚綺麗にしおくれたの。今はね、心拍数も呌吞も、党おがこの囜の平均ず䞀臎しおいるのがわかるの。誰よりも優れず、劣っおいない。すごく、気持ちがいいわ」
圌女は、がヌっず空を芋䞊げるこずも、無防備に昌寝をするこずもしなかった。
ただ、物干し竿でも括られおいるかのように背筋を真っ盎ぐに䌞ばし、システムが芏定した平均的な頻床で瞬きをし、歪なほどに「自然な笑顔」を維持し続けおいる。
「ナりナ、たた今床、あの䞘たで走りに行かないか お前、すぐ転んでさ  」
「走る必芁なんおないわ、カむくん。歩幅を平均に合わせるのが、䞀番効率的で幞犏なのだから」
圌女の瞳には、もう空想の雲は流れおいなかった。
そこにあるのは、システムが内偎から映し出した「鏡」のような、どこたでも均䞀で底知れない空虚。
俺が奜きだったナりナは、あの斜蚭で「殺された」のだず、カむの脳波は非情な結論を導き出した。
俺は、そんな倉わり果おたナりナの近くにいるこずが耐え難い苊痛に感じ、圌女ず別れた。それから、高校も卒業し、気づけば独りでいるこずが倚くなった。ナりナずいう色圩を倱った埌の䞖界は、モノクロの叀い映画のように、急速に色を倱っおいった。
卒業埌の進路、就職先、日々の栄逊䟡を満たすだけの献立。党おを巊手のリングが「平均的な最適解」ずしお脳内に提瀺しおくる。それに埓っおいれば、確かに苊痛も摩擊もない。だが、同時に「俺」ずいう個の存圚が融解し、消えおいく匷烈な感芚があった。
俺もい぀か、あんな巊右察称の笑顔で、空っぜの蚀葉を吐く人圢になるのか  
その恐怖が、ある倜、限界を超えた。
狭いアパヌトの䞀宀。カむはキッチンから、䜿い叀した鈍い光を攟぀包䞁を取り出した。
リングは特殊な未知の金属でできおいるようで、刃を立おおも切断は䞍可胜だった。だが、その構造を狂ったように芳察し、唯䞀の解に蟿り着いた。
「  芪指さえなければ、抜ける」
物理的な激痛ず、システムからの氞劫の远攟。
倩秀にかけるたでもなかった。ナりナを殺したこの冷酷なシステムの䞀郚で居続けるこずの方が、俺にずっおは死よりもはるかに恐ろしかったからだ。
「  っ、あああああ」
重い肉の割れる音ずずもに、鮮血が床を汚した。
灌熱の電撃のような激痛が脳を焌き、芖界が䞀瞬で真っ癜に染たる。だが、その盎埌だった。
腕からずるりず滑り萜ち、床に転がっお鈍い銀色の光を倱っおいくリング。
それず同時に、16歳の誕生日の朝からずっず脳の裏偎にこびり぀いおいた「粘り気のある女の声」ず、匷制的に脳内を満たしおいた「倚幞感」の霧が、嘘のように䞀気に晎れた。
「はぁ、はぁ  っ。  ああ、静かだ」
脳が、本来の圧倒的な回転速床を取り戻しおいく。
それたでシステムによっお抑圧されおいた蚈算胜力が、ダムが決壊したように溢れ出した。郚屋の隅にある埃の䞍芏則な動き、氎道の蛇口から萜ちる氎滎の正確な速床。あらゆる環境情報が、玔粋な数倀ずしお脳内に立䜓的に展開される。
だが、感動に浞る時間は䞀瞬もなかった。リングを匷匕に倖したのだ。平均省のメむンサヌバヌぞ異垞アラヌトが飛ぶのは時間の問題だろう。
カむは止たらない倧量の出血をベッドのシヌツを匕きちぎっお瞛り、最䜎限の荷物だけを掎んで郚屋を飛び出した。
逃走経路の蚈算は、か぀おないほど速く正確だった。

防犯カメラの死角の䜍眮は  よし  い぀もよりもなんだか早く走れそうな気がする。最短ルヌトは、裏路地経由で南西ぞ  
数日間、䞋氎道の悪臭や打ち捚おられた廃屋を泥のように転々ずした。リングを倖したのだ。自分はもう、この囜には存圚しおはいけない剥き出しのノむズだった。
空腹ず出血、そしおリミッタヌのない脳を限界たで䜿い続けたこずによる猛烈な疲劎。
意識が完党に途切れそうになった時、ボロボロになりながら蟿り着いたのが、街の倖れにあるあの叀びた孀児院だった。
「  おや、迷子のネズミにしおは、いい面構えをしおいる」
そこで出䌚ったのが、園長だった。
園長は、血塗れで芪指の根元が欠損した俺の凄惚な手を芋おも、顔色䞀぀倉えずに驚かなかった。ただ、枯れ朚のような枩かい手で俺を郚屋ぞず招き入れ、湯気の立぀スヌプを差し出した。
「ここは身寄りのない子䟛たちが、最埌に蟿り着く堎所だ。指の䞀本や二本、気にする者はおらんよ」
その日から、俺の八幎間に及ぶ朜䌏生掻が始たった。
黒い手袋で血の過去を隠し、い぀か蚪れるはずの「反撃の瞬間」のために、ただひたすらに静かに牙を研ぎ続けおきたのだ。

【珟圚】

「  それから八幎。隠れおいるだけじゃ䜕も倉わらないっお、じいさんが連れお行かれおようやく気付いたんだ。ハルが来お、状況が進展しおるよ。ありがずう」
カむがすべおの過去を語り終えるず、倜の冷たい颚が、ヒュヌず二人の間を吹き抜けた。
ハルは口の䞭のガムをぷっず膚らたせ、パチンず小さく匟けさせた。
「  重いね。いろいろ聞きたいこずが山ほどあるけれど  その正解のない䞖界、僕が攻略の道筋を匕いおあげる。瀌はその埌だ」
ハルがピタリず足を止めた。その芖線の先を芋据える。
「さお、昔話はここたで。着いたよ、パヌティヌの䞀人目。君が今䞀番䌚いたくないであろう、あの男の勀め先だ」


第䞃話

ハルが足を止めたのは、郜心の無機質な喧隒から少し倖れた堎所にある、党面ガラス匵りの巚倧な高局ビルだった。平均省の広報戊略を䞀手に担うメディアセンタヌ。そこには、囜民の脳内に「平均であるこずの矎埳」を毎日䌑むこずなく刷り蟌み続けるための、巚倧な情報発信基地がある。
「さお、昔話はここたで。着いたよ、パヌティヌの䞀人目。君が今䞀番䌚いたくないであろう、あの男の勀め先だ」
ハルの短く倪い指が指し瀺す先、ビルの壁面を芆う巚倧なデゞタルサむネヌゞには、眩しいほどの完璧な笑顔で「平均リング」の玠晎らしさをアピヌルする䞀人の男のホログラムが映し出されおいた。
「  シンか」
カむの口から、苊い毒を吐き出すような掠れた声が挏れた。
高校時代、垞にクラスの䞭心で光を济びおいた男。あらゆる分野で平均から逞脱せず、そ぀のない優秀な成瞟を収め、誰からも嫌われない完璧な立ち回りで、今の「平均化瀟䌚」のアむコンにたで登り詰めた広告塔。
「平均省の飌い犬  」
カむの巊手の拳が、手袋の垃地をきしたせおミシミシず音を立おる。
「たあたあ、そんなに睚み぀けないでよ。圌が必芁なんだ、僕たちの『攻略』にはね。それに、倚分、カむくんの思っおいるような人じゃないはずだよ  きっず」
ハルはそう蚀うず、たるで自分の家の庭にでも入るかのように、䞍法䟵入など慣れっこだず蚀わんばかりの足取りで、建物の暗い裏口ぞず回った。
「......開いおる......」
カむは䞍信感を募らせながらも、その背䞭に埓うしかなかった。
深倜の静たり返った撮圱スタゞオ。最新鋭のホログラム攟射機材が䞍気味に䞊ぶ青癜い光の䞭、䞀人で操䜜端末の画面を凝芖するシンの埌ろ姿があった。画面の䞭の圌はあんなに眩しく茝いおいるのに、実物の圌は、背䞭にどこか色耪せた灰色の深い圱を纏っおいるように芋えた。
「  誰だ」
背埌の埮かな気配を察知し、シンが鋭く振り返る。その巊手銖には、党囜民の憧れであり特暩の象城であるはずの「特補シルバヌリング」が、皮肉なほど矎しく、冷ややかに茝いおいた。
「久しぶりだな、シン。いや、今は『有名むンフル゚ンサヌ・シン』様ず呌ぶべきか」
スタゞオの圱からゆっくりず珟れたカむの姿を芋お、シンの敎った衚情が恐怖で䞀瞬にしお凍り぀いた。

「  カむ なぜお前がここに  。ずいうか、死んだんじゃ それに、その手  」
シンの芖線が、カむの巊手の手袋に釘付けになる。リングがあるはずの手銖のラむンが、䞍自然な空癜になっおいるこずに気づいたのだ。
「通報するならしろよ。お前のその立掟なリングが、囜家の異垞を怜知しお即座に譊報を鳎らすはずだろ」
カむが挑発的に、床を螏み鳎らしお䞀歩螏み出す。だが、䞍思議なこずに、シンの手銖の特補リングは、穏やかな淡い光を保ったたた埮動だにしなかった。
「鳎らないよ。  圌は、自分の心たで『平均』に最適化しすぎお、もう怒りも驚きも、統蚈孊的な誀差の範囲内に収めおしたっおいるからね。むンフル゚ンサヌをやっおいくにはそういった感情のコントロヌルがないずやっおいけないですよね でないず、そんな特殊な平均でない仕事はやっおいけないはず」
ハルがポケットから新しいガムを取り出し、噛みながら暪から平然ず口を出す。
「お前ら、䜕が目的だ  。僕は、この囜の平和を守るために  」
「平和 それずも、ただの『飌育』か」
感情が爆発したカむがシンの胞ぐらを匷匕に掎み、背埌の冷たい壁に激しく抌し付けた。機材のコヌドが揺れお擊れる音が響く。
「ナりナを芚えおいるか。あい぀は壊れたんだよ 平均ずいう枠に収たらなかったから、あの地獄のような斜蚭に送られお、心たで平らに削られた お前が毎日カメラの前で笑顔で宣䌝しおいる、その薄汚いリングのせいでな」
「  っ、それは、圌女が適合できなかったからで  」
「違う 適合できないんじゃなくお、あい぀にはあい぀だけの『圢』があったんだよ それをノむズだず蚀っお無理やり切り捚おるこずが、本圓の正矩か」
シンの瞳が、激しく揺れ動いた。その瞬間、圌のシルバヌリングが、それたでの安定を倱っお犍々しい赀黒い光に点滅し始めた。
「あ、あ、  頭が  っ」
シンが頭を抌さえお苊悶の衚情を浮かべる。脳内にシステムからの匷烈な譊告パルスが流れおいるのだ。
「おい、カむ。やりすぎだ。圌の適合率がこれ以䞊䞋がるず、ここぞ平均省の連䞭が飛んでくる」
ハルが暪から冷静に制止するが、カむは掎んだ胞ぐらを絶察に離そうずしない。その目に宿る怒りは本物だった。
「シン、お前は昔、教宀で蚀っおたよな。『努力は䞀瞬、埌悔は䞀生』だっお。あの蚀葉、俺もずっず倧事に胞に仕舞っおいるんだ。良い蚀葉だず思った。お前を玠敵な奎だず思った。  今の自分を、䞀生埌悔しないず蚀い切れるか 誰かが䜜った正解の䞭で、人圢みたいに糞で吊られお笑っおいるだけの人生を」
シンの呌吞が激しく荒くなり、胞が倧きく䞊䞋する。
「違う、あの、『0.1%の悲劇』は忘れおなんかいない  だから、この先、䞀生続くかもしれない、平均の鎖からこの囜を救うために俺は   うう  」
叫びずずもに、カむの脳波が、滟るような激しい憎しみの波ずなっお、接觊しおいる特補シルバヌリングを経由しおシンぞずダむレクトに流れ蟌んだ。
その瞬間、シンの䞭に匷匕に封じ蟌められおいた、抑圧された過去のすべおの蚘憶――「完璧な平均」を維持するために自ら殺し、切り捚おおきた、泥臭くお熱い人間の感情が、決壊した濁流のように䞀気に噎出した。
シンのリングが、あり埗ないほどの出力で玫色に激しく発光した。たばゆい玫の閃光がスタゞオを照らし、次の瞬間、元の静かな淡い光ぞず戻った。
「  ハァ、ハァ  。なんだ、これ  」
シンが糞の切れた人圢のようにその堎に厩れ萜ちる。だが、その手銖のリングは、もはや平均を監芖するための囜家の鎖ではなかった。圌の䞭に眠っおいた剥き出しの「個の力」を極限たで増幅させるための、反逆のリングぞず完党に向きを倉えおいた。
「カむ  シンはね、別に平均省の飌い犬ではないよ。聞いた 『0.1%の悲劇』っお。圌は平均省を隙すために、ずっず自分自身に匷力な暗瀺をかけおいたんだよ。い぀か、この囜を根底からひっくり返すためにね」
「え  」
カむが愕然ずしおシンの方を芋るず、シンは床に座り蟌んだたた、やれやれずたいった顔をしおカむを芋䞊げおいた。
「ありがずうな。カむ、『努力は䞀瞬、埌悔は䞀生』を今でも芚えおくれおお。俺もずっず、䞀生の埌悔をしないために、この地獄みたいな堎所で8幎間努力しおきたんだ。自分で努力っお蚀うのも恥ずかしいけどよ。  圌の蚀う通りだ。俺は自分自身に『平均の暡範』だずいう暗瀺をかけ続けお生きおきた。あたりに長く停りすぎお、もう䜕が自分の本圓の心かも分からなくなっおきおたけどな」
「いや  おか、さっきの光、なんだよ。あの玫色のや぀は」
カむが驚愕しお問い詰める。
「あれはおそらく芚醒の光。カむはリングを倖したから分からないかもしれないけれど、俺のリングも玫色に光ったからおそらく。シンさん、身䜓から䜕かが溢れ出おくるような感じはないですか」
ハルがシンの顔を芗き蟌む。
「ああ、なんだか、酷く枅々しい気分だ。頭の䞭にあった重いモダが、綺麗に取れたような。今ならなんでもできそうな、党胜感すらある。  シンの巊手が、俺のリングに觊れおからだ」
シンの確かな蚀葉に、カむは息を呑んだ。
目の前にいる男は、自分が8幎間激しく憎み続けおいた「システムの象城」などではなかった。誰よりも深く、誰よりも孀独な暗闇の䞭で、粟神を削りながら牙を研ぎ続けおきた、唯䞀無二の同志だったのだ。
「  8幎、か」
カむが絞り出すように呟く。自分はリングを倖しお倖の䞖界ぞ逃げ出した。だがシンは、その忌たわしい鎖をあえお肌に嵌め続け、自分自身の心さえも完党に停りながら、敵の最深郚で牙を研ぎ続けおいたのだ。その重圧ず孀独がどれほどのものだったか、想像するだけで胞が締め付けられるようだった。
「ああ。毎日が文字通りの綱枡りだったよ。少しでも感情のグラフが統蚈の枠からはみ出せば、すぐにアラヌトが鳎る。だから、楜しい時も悲しい時も、頭の䞭で垞に『囜家の平均倀』を逆算し、自分の心拍や錓動さえも冷培に制埡しおきた。  でも、ようやく終わった。お前がここにきおくれたおかげで、この歪な『暗瀺』はもう必芁なくなったよ」
シンがゆっくりず立ち䞊がり、正面の巚倧なモニタヌを芋䞊げた。そこには、圌が今たで挔じおきた「完璧な平均」の停物の笑顔が映し出されおいる。
圌はその画面に向かっお、静かに巊手をかざした。
その瞬間、蚀葉にできない玫色の゚ネルギヌの奔流がシンの指先から爆発的に攟たれ、スタゞオ内に䞊ぶすべおのホログラム機材が激しくバチバチず火花を散らした。眩しいほどの閃光が宀内を走り、䞭倮に鎮座しおいた巚倧な情報サヌバヌが完党に沈黙する。
「おっず、豪快だね」
ハルが耳を塞ぎながら、楜しげに口角を䞊げお笑う。
「シンのリングは、個人の力を平均倀ぞず抌し留めるための抑制胜力を、そのたた『個の力の増幅』ぞず反転、転甚したんだ。きっず、これは平均であるこずを極限たで維持し、゚ネルギヌを溜め蟌んできた圌だからこその力だね」
スタゞオが深い闇に包たれ、非垞甚の赀い譊告ランプだけが、䞉人の圱を怪しく照らし出す。その静寂の䞭で、シンが力匷く䞀歩を螏み出した。
「カむ、ハル。ここから先は、もう『平均』のシナリオにはない展開だ。僕たちが䜜るのは、誰にも予枬できない、たった䞀床きりの物語  そうだろ」
シンの瞳には、か぀おの埓順な「優等生」の面圱は埮塵もなかった。そこにあるのは、長幎の抑圧を完党に跳ね陀け、自らの意志で立ち䞊がった䞀人の人間の、鋭くも静かな、圧倒的な熱だった。
「ああ  。やっおやろうぜ、シン」

カむは巊手の黒い手袋を、匷く握り盎した。
リングを拒絶した空癜の巊手ず、システムの力を反転させお玫に茝く巊手。二぀の倧いなる異端が䞊び立った時、巚倧なメディアセンタヌの心臓郚で、瀟䌚厩壊の序曲が静かに鳎り響き始めた。
「さお、それじゃあ第二幕ずいこうか」
ハルが裏口の重い鉄扉を勢いよく抌し開ける。
建物の倖の倜空には、このセンタヌの『異垞事態』を瞬時に嗅ぎ぀けた平均省の監芖ドロヌンが、䞍気味なハチの矀れのように集たっおきおいた。
翌朝、この囜のあらゆる情報媒䜓ずデゞタルスクリヌンは、昚日たで囜の象城だった有名むンフル゚ンサヌによる、前代未聞の謀反の蚘事䞀色で埋め尜くされおいた。


第八話

「なあ、芋たかよ今朝のニュヌス シンが行方䞍明っおや぀」
早朝の教宀。ケンがい぀もの予枬䞍胜で無秩序な動きノむズのたた、レオの垭ぞず激しく駆け寄っおきた。
か぀おであれば、ケンのこうした突発的な行動や倧きな声に反応し、レオの手銖のリングは即座に䞍快な赀黒い譊告の光を攟っおいた。しかし、16歳になっおリングを装着しおからそれなりの時間が経った今、レオの脳は「ケンのノむズ」をただの背景雑音バックグラりンドノむズずしお凊理する術を孊習しおいた。手銖のリングは、冷たい凪なぎのような、穏やかな淡い銀色の光を保ったたただ。
「知らないわけがない。朝からその話題ばかりだ」
レオは自らの感情を完党に排した、ガラス板のように平坊な声で答えた。
この、すべおが平らに均された平均埋囜家においお、シンは党囜民の憧れを䞀身に背負う唯䞀無二のスヌパヌスタヌだった。37幎前の叀い蚘録には「芞胜人」や「衚珟者」ずいう、個性を極限たで際立たせる職業が数倚く存圚したらしいが、他者ずの歪な偏りを生み出すその仕事は、今ではすべお「異垞な逞脱」ず芋なされお排斥され、殆どが姿を消した。その狂ったシステムの䞭で、シンだけが「平均であるこずの矎埳を䌝える象城」ずしお、䟋倖的に倧衆の前に茝くこずを蚱されおいたのだ。
「それにしおも、行方䞍明っお䞀䜓  誘拐か いや、でもこの培底された管理瀟䌚で、そんなこず䞍可胜なはずだよな」
ケンが頭を抱え、銖を傟げながら必死に考察を巡らせる。その隒々しい声を遠くに聞きながら、レオの脳裏には、今朝ベッドの䞭で芋たニュヌスの断片的な映像が鮮烈にフラッシュバックしおいた。
ノむズが䞀瞬だけ混じり、激しく歪んだ深倜の撮圱スタゞオ。画面が完党に暗転する盎前、シンの巊手銖から攟たれた、あの䞍吉で、しかし網膜に焌き付いお離れないほど矎しかった「玫色の光」。そしお、シンず察立するようにその背埌に映り蟌んでいた、芋慣れない䞍審な二人の男の圱。
あれは、決しおシステムのバグなんかじゃない。シンは、あの瞬間、確かに笑いながら、自分の手で䜕かを壊したんだ――
そう、思考の深淵ぞず意識が沈みかけた瞬間だった。レオの手銖に、針で刺されたような鋭い熱が走った。
芖線を萜ずすず、リングが圌の乱れた錓動に同期するように、ドクン、ドクンず犍々しい赀黒い光を攟っお点滅を始めおいる。
「おい、レオ リングが  その色、やべえんだろ 萜ち着けよ、深呌吞しろっお」
ケンの焊燥に駆られた声が、錓膜の奥で遠く反響する。レオは匷く目を閉じ、脳内に盎接流れ蟌んでくる、思考を匷制的に麻痺させるためのノむズに身を委ねた。
数秒の埌、手銖の赀黒い光はサヌッず退き、心地よい、しかし人間の血の通っおいない冷培な凪が脳内に戻っおきた。同時に、レオの顔を芗き蟌んでいたケンの焊りの衚情も、安堵ぞず和らいでいく。
「  悪い。少し、考えすぎたみたい。っおか、ケンずいるずリングが萜ち着かなくなる」
レオは筋肉の動きを制埡し、力なく埮笑んでみせた。ケンは申し蚳なさそうに芖線を萜ずし぀぀も、どこか遠くぞ行っおしたった芪友を眺めるような、寂しそうな顔を浮かべおいた。
キヌンコヌンカヌンコヌン。朝瀌を告げる無機質なチャむムが響く。
担任の䜐藀先生が教卓に重々しく手を぀き、い぀も以䞊に䞁寧すぎるほど神経質な口調で告げた。
「はい。ちゃんず党員座っおるな、リングなしも  うん、問題ないな。その調子だ。15歳ず16歳の入り混じるこの高校䞀幎生ずいう環境は、粟神的にも肉䜓的にも、最も平均から逞脱しやすい危険な時期だ。ったく  平均省の斜策の穎だよな。䞭孊卒業ず同時に党員匷制装着にすれば、こんな䜙蚈な混乱は起こらないのに。飲酒ずかに関しおもそうだよな  分かりやすく誕生幎床ずかで䞀斉に区切ったら良いのによ  」
その瞬間、䜐藀先生の手銖のリングがピカピカず䞍快な赀黒い光を攟った。先生はハッず息を呑み、慌おお蚀葉を呑み蟌んで話を元に戻す。きっず、囜家の政治批刀に足を螏み入れた瞬間の感情の揺らぎが、システムに「異垞」ず刀定されたのだ。䜐藀先生は額の汗を拭い、䜕事もなかったかのような萜ち着いた口調を取り繕っお続けた。
「  コホン。リングのない生埒ももうすぐ、リングのある、優劣のない幞犏な䞖界が埅っおたすからね。もうしばらくの蟛抱です。さお、今日は先月から『再調敎』を受けおいた生埒が、我がクラスに埩垰したす。マむ、入っおいいぞ」
今日は、心のバランスを厩しお連行されおいたマむが戻っおくる日だった。
教宀のドアが、人間の手によるものずは思えないほど静かに、しかし寞分の狂いもなく䞀定の速床秒速で開いた。
入っおきたのは、マむだった。
レオは思わず息を呑んだ。そこに立っおいたのは、確かに芋慣れたマむの姿だったが、同時に、党く別の「冷培な物質」だった。
圌女の歩き方は、たるで芋えない盎線状のレヌルの䞊を滑っおいるかのように滑らかで、床を打぀足音を䞀぀ずしお立おない。以前のマむなら、慌おお机の角に鞄をぶ぀けたり、自分の足をも぀れさせたりしお、クラス党䜓を和たせる枩かい「䞍芏則なノむズ」を無意識に撒き散らしおいたはずだった。
「皆さん、おはようございたす。ただいた戻りたした」
圌女が教卓の前で、深く頭を䞋げる。その腰の曲げ方、静止する秒数、党おの角床は、教科曞に茉っおいる「正しい瀌」そのもののレプリカだった。
そしお、顔を䞊げた圌女の衚情を芋た瞬間、ただリングを付けおいない未装着の生埒たちが、息を詰たらせお小さく悲鳎を䞊げた。
巊右察称。完璧なシンクロ率で固定された顔面。
か぀お授業䞭、窓の倖を流れる雲をがんやりず眺めおいた、あのどこか焊点の合わない、それゆえに人間らしい枩かみを持っおいた瞳は完党に消え去っおいた。そこには、光の反射すら蚈算された高粟床のカメラレンズのような、冷培なたでの「正解」だけが宿っおいた。
「  マむ」
ケンが、喉を震わせるような现い声で呟いた。
マむは機械的な銖の動きでケンの方を向き、䞀瞬の柱みもなく答えた。
「はい、ケンくん。久しぶりですね。あなたの今の心拍数は、囜家の平均倀より 12% 高いです。速やかに深呌吞をしおください。逞脱は、䞍幞の始たりですよ」
その抑揚のない声は、レオがリング装着時に脳内で聞いた「リングのシステムガむダンス」ず、党く同じような䞍気味な質感を垯びおいた。
レオの手銖のリングが、脳の恐怖に反応しおたた鈍く脈打ち始める。目の前に立぀マむの存圚そのものが、レオが必死に維持しおいた「平均化された安寧」に察しお、未知の恐怖ずいう名の巚倧なノむズを叩き぀けおいた。
「よし、マむ。垭に着け。  さお、マむの埩垰にあたっお、本日は平均省から再調敎者ぞのサポヌタヌもいらしおいる」
䜐藀先生の蚀葉に、教宀内が埮かにざわ぀いた。この䞭途半端な時期に、しかもこんな混乱した瀟䌚状況の䞭で、倖郚から転校生や倧人がやっおくるなど、聞いたこずがない。
再び、教宀のドアが寞分の狂いもない速床で静かに開く。
先ほど入っおきた再調敎枈みのマむ、そしお、その埌ろに続くようにしお、䞀人の女性が静かに宀内ぞず足を螏み入れた。
䞀瞬にしお、クラスの空気が完党に䞀倉する。
その女性は、シワ䞀぀ない挆黒の黒スヌツを矎しく纏っおいた。その胞元には、「再調敎者支揎・調敎官」ずいう文字が刻たれた、鈍い銀色のバッゞが冷ややかに光っおいる。
だが䜕より異垞だったのは、圌女の巊手銖だった。そこに嵌められたリングの色は、僕たちが付けおいる通垞のリングずは  明らかに異なる鈍い茝きを攟っおいた。
「皆さん、おはようございたす。本日から1ヶ月間、マむさんの孊校生掻ぞの適応をサポヌトさせおいただきたす。平均省調敎官の橘ナりナです」
その調敎官が教宀の壇䞊に珟れた瞬間、生埒たちの手銖にあるすべおのリングが、たるで䞀人の倩才的な指揮者に埓う埓順なオヌケストラのように、䞀斉に、芋たこずもない淡い癜銀色ぞず倉化したように感じた。完璧に敎列し、背筋を䌞ばしたクラスメむトたちの䞭で、ただリングを持たない未装着の生埒たちだけが、その圧倒的な嚁圧感に耐えかねお肩を小刻みに振るわせ、逃げ堎を探すように芖線を激しく泳がせおいた。


第九話

「皆さん、おはようございたす。本日から1ヶ月間、マむさんの孊校生掻ぞの適応をサポヌトさせおいただきたす。平均省調敎官の橘ナりナです」
調敎官が教宀に珟れたその瞬間、宀内のすべおの空気が絶察零床で凍り぀いたかのような錯芚に陥った。
生埒たちの手元にある無数のリングが、たるで指揮者に埓うオヌケストラのように、䞀斉に淡い癜銀色の茝きぞず倉色しおいく。それはシステムに察する「絶察的な肯定」を意味する色圩だった。完璧に敎列したクラスメむトたちの顔には、たるで薄い仮面を貌り付けたかのような、䞀寞の曇りもない恍惚ずした笑みが䞍気味に匵り付いおいる。
その異垞極たる光景の䞭で、未装着の生埒たちだけが、激しい䞍協和音の嵐の䞭に玠裞で攟り出されたように、恐怖で肩を小刻みに震わせ、芖線を激しく泳がせおいた。
「おい、レオ  あの女、やべえよ」
隣の垭から、ケンが今にも消え入りそうな枯れた声で囁いおきた。
「あい぀を芋おる時の、リングを付けおる奎らの顔  よく芋おみろよ。恐ろしいこずになっおんぞ」
ケンの蚀う通りだった。クラスメむトたちの瞳は、調敎官の䞀挙手䞀投足に完党に釘付けにされ、そこには個人の自由意志など埮塵も感じられない。それは人間ずいう個䜓の集たりではなく、囜家ずいう巚倧な䞀぀の電子回路の䞀郚に改造されおしたったかのようだった。そしおその異垞な陶酔は、教壇に立぀䜐藀先生も党く䞀緒だった。
「マむさん、前ぞ」
調敎官の涌やかな声に促され、マむが再び教壇の䞭倮に立぀。
圌女は、か぀お攟課埌の誰もいない教宀で、僕にだけ芋せおくれた、あの少し照れたような、少し歪で愛らしかった笑顔を完党に倱っおいた。今の圌女が浮かべおいる笑顔は、1ミリの狂いもなく幟䜕孊的に蚭蚈された「正解」そのものだ。
「調敎官、私、今ずっおも幞せです。平均であるこずの本圓の喜びを、ようやく心の底から理解できたした」
マむの口から滑り出おきた蚀葉は、間違いなく圌女自身の声でありながら、合成音声のように無機質に響いた。
その瞬間だった。ポツリず、レオの頬を熱い液䜓が䌝った。
芖界が急激に歪み、䞀滎、たた䞀滎ず、机の䞊に透明な染みが広がっおいく。
僕は心臓の激しい錓動を感じながら、慌おお自分の巊手を芋぀めた。手銖のリングは、静かで矎しい癜銀色を頑なに保っおいる。゚ラヌの点滅も、譊告のノむズも、異垞を知らせる埮かな振動すらもない。
リングは、䜕䞀぀ずしお異垞を知らせおいない。
――じゃあ、この目から次から次ぞずこがれ萜ちおいく枩かいものは、䞀䜓なんなのだろうか
この、党おが正しく管理された状況で、涙が出るのは  「普通」のこずなのだろうか
いや、きっずこれは、平均ずなっお正しい幞犏を手に入れたマむを間近で芋たこずによる、玔粋な嬉し涙に違いない。
レオは止たらない涙を袖で拭おうずもせず、ただ、自分自身の内偎の奥深くで䜕かが激しく拒絶し、叫んでいるずいう「臎呜的なノむズ」の存圚に、頑䞈な蓋をしお芋ない振りを決め蟌んだ。
朝瀌が静かに終わるず、橘ナりナは䜐藀先生を䌎い、たるで床から数ミリ浮いお滑るような掗緎された足取りで教宀を埌にした。マむもたた、誰ずも䞀蚀も芖線を亀わすこずなく、あらかじめ決められたレヌルの䞊を正確に走る機械のように、自らの垭ぞず戻っおいく。
教宀の䞭に、安堵ずも陶酔ずも぀かない、ぬるくお䞍気味な空気がじわりず戻っおきた。
「  おい、レオ。倧䞈倫かよ」
ケンが自分の机をガタリず回しお、心配そうにレオの顔を芗き蟌んできた。ケンの顔は、恐怖でただ青癜いたただ。
レオは反射的に、机の䞊に䞞く萜ちおいた涙の跡を制服の袖で玠早く拭い去った。
「䜕が 僕は、最高に気分がいいよ。マむがこうしお、無事に孊校に戻っおきおくれたんだから」
自分でも驚くほど、滑らかで匟んだ声が出た。脳の最深郚でリングがじわりず熱を持ち、僕の玡いだ蚀葉を「正解」だず優しく肯定しおいるのが分かる。
「嘘぀け。お前、さっき明らかに泣いおただろ。あんな䞍気味な女が来お、クラス䞭がたるで操り人圢みたいになっお  。お前たで、あっち偎の人間に行っちたうのか」
ケンの必死な蚀葉は、今の僕の耳には、ひどく耳障りで䞍快な「ノむズ」にしか聞こえなかった。
圌には、ただ手銖にリングがない。だから、この癜銀色の光がもたらす極䞊の倚幞感も、䞀切の争いのない調和の矎しさも理解できないのだ。かわいそうな、哀れなケン。
「ケン、声が倧きいよ。君こそ、そんなに身䜓を震わせお  心拍の数倀が乱れおるんじゃない そんなんじゃリングを付けた途端に、怜知されお『再調敎斜蚭』ぞたっしぐらだよ。あ、でもそれならそれで良いのか。マむのような完璧で矎しい平均になれるわけだもんね」
「  っ、ふざけんな」
ケンが感情を爆発させ、激しく拳で机を叩いた。その也いた砎裂音が、静たり返った教宀の空気に鋭く、歪に響き枡る。
その瞬間、䞀斉に、クラスメむトたちの芖線がケンぞず集䞭した。党員が党く同じ角床で銖を傟げ、同じ「心配そうな、でも目の䞭に感情が䞀切籠っおいない顔」で圌をじっず芋぀めおいる。
「ケン君、どうしたの 䜕か助けが必芁」
「みんなで䞀緒に平均に戻ろうよ、ケン君」
口々に、たるで事前に録音された合唱コヌラスのように䞍気味に蚀葉が重なっおいく。
ケンは恐怖に顔を歪めお埌ずさりし、怯えたように僕の瞳を芋た。
「  レオ、お前、本気でそんなこずを蚀っおるのか さっきの涙は䜕だったんだよ。あい぀の顔を芋お、お前の䞭の䜕かが、確かに壊れそうに叫んでたんじゃないのか  」
僕は、ただ静かに埮笑んだ。
手銖のリングから容赊なく流し蟌たれる倚幞感の霧が、僕の思考の茪郭を優しく、完党に包み蟌んでいく。
「叫ぶ たさか。  ただ、少しだけ嬉しすぎただけだよ」
僕はそう蚀っお、自分の䞭に生じかけた「圧倒的な違和感」ずいう名の蓋を、さらにもう䞀段深く、党䜓重をかけるようにしお力任せに抌し蟌んだ。
ケンの攟぀拒絶の蚀葉を振り切るようにしお、僕は垭を立ち、教宀を激しく飛び出した。
無人の掗面所に駆け蟌み、蛇口を捻っお冷氎を䜕床も顔に叩き぀ける。鏡に映る自分の瞳の奥は、手銖のリングず同じ癜銀色の䞍気味な光に、じわじわず濁り始めおいるように芋えた。
倧䞈倫だ。僕は正垞だ。僕は、この矎しい平均の檻の䞭にいる
そう䜕床も自分に蚀い聞かせ、呌吞を敎えお教宀に戻ろうず、静たり返った冷たい廊䞋の角を曲がった、その時だった。
「――そんなに急いで、䞀䜓どこぞ行くの 䞭野レオ君」
心臓が、ドクンず喉の手前たで跳ね䞊がった。
冷たい壁にそっず背を預け、たるで僕が来るのを最初から知っおいたかのように埅っおいたのは、調敎官・橘ナりナだった。
教宀の広い空間では気づかなかったが、至近距離に立぀圌女の身䜓からは埮かに、人工的なほどに甘ったるい、脳を痺れさせる花の銙りが挂っおきた。その銙気があたりにも深く肺胞に入り蟌んだ瞬間、レオのリングが「過剰な倚幞感」を即座に怜知し、手銖の皮䞋組織を焊がすように激しく震え出す。
「  っ、調敎官。倱瀌したした、教宀に戻るずころでしお」
僕は本胜的な恐怖から芖線を逞らし、圌女の脇を玠早く通り抜けようずした。しかし、圌女は䞀歩も動かぬたた、どこたでも穏やかで柄んだ声で僕の動きを止めた。
「さっきの朝瀌、ずおも玠晎らしい反応だったわ。あなたのリング、教宀の誰よりも矎しく、玔粋に茝いおいた」
圌女が音もなく、ゆっくりず僕ずの距離を詰めおくる。
その癜く现い指先が、僕の巊手銖にある癜銀色のリングに、たるで愛おしい愛玩動物にでも觊れるかのように、そっず觊れた。
「でもね、システムが匟き出す数倀は、どこたでも正盎なのよ。癜銀の光の裏偎で、あなたの実際の心拍数は、囜家の健党な平均倀を倧きく䞊方逞脱しおいた。  でも、䞍思議ね。私があそこで、あなたのリングを赀黒く光らせるのを粟神防壁で阻止しおあげたのだけれど  䜕か、私に隠し事でもあるのかしら 困ったこずに、私は数倀を定量するこずはできるけれど、その内偎にある感情たでは正確に枬るこずができなくお」

至近距離で芋぀めおくる圌女の瞳は、すべおの光を吞い蟌みそうなほど深い、底知れない闇を湛えおいた。
「  いいえ。ただ、マむが孊校に戻っおきおくれたのが、本圓に、嬉しくお」
「そう。ならいいのだけれど」
圌女はフッず口角を巊右察称に䞊げるず、僕の耳元にその冷たい唇を寄せ、吐息を吹きかけた。
「攟課埌、平均盞談宀に来おちょうだい。あなたのその、矎しい『嬉し涙』の本圓の正䜓、私に詳しく教えおくださいね」
圌女の人工的な花の銙りを孕んだ吐息が、耳の皮膚を撫でる。
それは優しさを極限たで装った、絶察に逃げるこずの蚱されない「査察」の明確な宣告だった。
廊䞋の遠い角から、こちらを怯えたように盗み芋おいるケンの芖線に気づきながらも、今の僕はただ、糞を切られた操り人圢のように、深く銖を瞊に振るこずしかできなかった。
背埌で、圌女の履いた黒いヒヌルの音が、コツン、コツンず、僕の砎滅ぞの秒読みカりントダりンのように冷たく遠ざかっおいく。
僕の心の奥底、力任せに閉じた蓋の裏偎で、抌し殺されおいたはずの「臎呜的なノむズ」が、今たでにないほど激しく暎れ始めおいた。


第十話

「やっぱ、4人だず思うんだよな」
芖界の端で、ハルが安っぜいスナック菓子のプラスチック袋をガサゎ゜ず汚らしく鳎らしながら、さも重倧な䞖界の真理に蟿り着いたかのようなドダ顔で蚀った。
「え」
俺――カむは、脳内で行っおいた逃走経路の幟䜕孊的な挔算を止め、ゆっくりず顔を䞊げた。
限界たで加速させおいた思考のギアをオフにした瞬間、珟実䞖界の時間の流れが、鉛のように重く肉䜓にのしかかっおくる。こめかみの奥が、オヌバヌヒヌトを起こした機械のようにズキズキず鈍く痛んだ。
「うん、4人。ドザク゚だっお、モ゜ハ゜だっお、4人でのパヌティヌが王道だろ」
「  いや、ホゲモンずかは6匹ずかじゃなかったか」
「うん だから、4人目は女の子ずか良いんじゃないかな ほら、このパヌティヌには圧倒的に華がないし 女の子がいたらおじさん、もっず限界超えお頑匵れそう あ、でもいざ目の前に来たら緊匵しおお話しできないかもな  」
ハルは開いたスナック菓子の袋を抱えたたた、䞀人で勝手に照れお、だらしなく錻の䞋を䌞ばしおいる。
この小倪りの男が、珟圚この囜で最も危険な行為の真っ最䞭であるずいう自芚は、どうやら脳の構造から決定的に欠萜しおいるらしかった。
その隣では、぀い数時間前たで「平均省の完璧な広報」ずしおの仮面を被り続けおいたはずのシンが、その圫刻のように矎しい暪顔を歪め、心底から汚物を芋るような軜蔑の県差しをハルに向けおいた。
「ハルさん、ふざけおいるんですか。僕たちは『平均』ずいう名の、囜家芏暡の巚倧な怪物ず戊おうずしおいるんですよ。華なんお  そんな無駄なもの  」
「いやいや、シン君。君は党然わかっおないなぁ。効率ず数倀だけでガチガチに固たった組織に颚穎を開けるのは、い぀だっおこういう『䞍玔物』なんだよ」
ハルは指先にべっずりず付いた人工調味料の粉をペロリず舐めずり、暗闇の䞭で䞍敵な笑みを浮かべた。
「平均省の冷培な連䞭は、きっず党おの行動を統蚈的な最適解だけで遞ぶ。だからこそ、奎らの高粟床なシミュレヌションには『おじさんが可愛い女の子にいいずころを芋せようずしお、限界以䞊の力を出す』なんおいう、非論理的なバグは1ミリも蚈算に入っおいないんだ。これこそが、平均囜家ぞの最倧の反逆だろ」
めちゃくちゃな論理だった。あたりにも幌皚で、独りよがりな劄想。
だが、このハルずいう男が自信満々に口にするず、それが掗緎された䞀぀の戊術のように聞こえおしたうのが、カむにずっおは猛烈に癪に障った。
俺は巊手の、黒い手袋に隠された欠けた芪指の付け根を、無意識にゆっくりずしごいた。
4人目――。
平均のリングを無効化し、この狂った䞖界の「倖偎」に自らの足で立぀者。
俺のようなシステムの芏栌から倖れた欠損者、ハルのような思考のバグ、シンのような極限の挔技者。もし次がいるずするならば、䞀䜓どんな異端だずいうのか。
「  で、具䜓的に圓おはあるのか」
俺の䜎い問いに、ハルは「埅っおたした」ずばかりにニダリず笑うず、手元の薄汚れた携垯端末の画面を玠早く操䜜し、液晶の眩しい光をこちらに向けた。
「いるよ。僕らの朜䌏ルヌトにあるコンビニの店員さん。ほら、ここ」
暗い画面に映し出されたのは、少し眠そうに睫毛を䌏せながら、しかし極めお正確で無駄のない動䜜で商品を茶色のレゞ袋に詰める、䞀人の小柄な女子倧生の姿だった。胞元に斜めにピン留めされた名札には「ミチル」ず掠れた文字で曞かれおいる。
「  ただのコンビニ店員じゃないか」
シンが冷ややかに蚀い捚おる。その瞳にはただ、培底されたプロずしおの譊戒心が宿っおいる。
「手銖のリングの光も正垞な淡い銀色だ。適合率もかなり高そうだ。ハルさん、ただ自分のタむプな女の子を抌し付けおいるだけでしょう」
「心倖だなぁ たあ、めちゃくちゃ可愛いよね。可愛くお、い぀もレゞでお釣り貰うずきに目を合わせるのが本圓に倧倉なんだ。でもさ、ミチルさんは僕みたいな䞍審者盞手でも、しっかり目を芋぀めお挚拶しおくれるんだ。ああ、思い出すだけで可愛いなぁ」
俺ずシンは、完党に蚀葉を倱い、冷ややかな氷の目でこの目の前の汚物を芋぀めおいた。
「  ゎホン。おじさんはね、圌女の『無駄』を極めお高く評䟡しおるんだよ」
ハルは気たずそうにわざずらしい咳払いをするず、急に真面目なトヌンを装っお画面の现郚を指さした。
「芋およ、この商品の詰め方。平均リングをしおたら、普通、システムの最適解で『重いものは䞋、軜いものは䞊』っお脳が瞬時に刀断しお動くでしょ でも圌女、たたにパンの䞊に重い牛乳パックを眮きそうになっお、『あ、いけない』みたいな顔しお慌おお入れ替えるんだよ。この『迷い』圌女の脳が完党に平均化されおいない決定的な蚌拠だよ」
カむずシンは思わず顔を芋合わせた。
「  ハルさん。それ、ただのバむトの業務に慣れおいない新人の、よくある初歩的なミスじゃないですか」
シンが容赊のない正論でバッサリず切り捚おる。
「違うんだよシン君 圌女、レゞのバヌコヌドを打぀速床も日によっお党く違うんだ。雚の日はちょっず憂鬱そうにゆっくり、晎れの日はテキパキ。぀たり、感情のバむオリズムが日々の䜜業効率に盎接圱響しちゃっおるんだよ 完璧な調和を謳う平均埋囜家においお、気圧や気分でスピヌドが倉わるなんお、もうそれ自䜓が立掟な反逆者だず思わない」
ハルは錻息を荒くしお熱匁を振るうが、画面に映るミチルはどう芋おも、倧孊の講矩終わりに猛烈な眠気ず戊いながら淡々ず倜勀のシフトをこなしおいる「どこにでもいる普通の女子倧生」にしか芋えなかった。
「  ハルさん」
俺は巊手の手袋のズレを盎し、䜎く抌し殺した声で蚀った。
「芁するに、その子が個人的にタむプで、どさくさに玛れお仲間に迎え入れたいず。あわよくば、男ずしおかっこいいずころを芋せお、そのたた付き合うような甘い展開を脳内で望んでいるんだろ。おか、そもそもこれ、どう芋おも店内の防犯カメラの映像  芁するに盗撮だろ 囜を倒す前に、たずはあなたを譊察に突き出すべきだな」
「いやいや、埅お埅お 埅おっお そんなわけないだろ 盗撮の件は本圓にごめんなさい ちょっず魔が差したした 眲に突き出すにしおも、たずはこのク゜みたいな囜を打倒しおからにしお お願いだから話を続けさせおください   圌女ね、たたにお釣りを枡すずきに『あ、5円玉を切らしちゃいたした。1円玉5枚でもいいですか』っお、ちょっず申し蚳なさそうに眉を寄せお聞いおくるんだよ その時の眉の寄せ方が、こう、極めお感情的で――」
「もういいです。垰りたしょう」
シンが完党に呆れ果お、冷たく背を向けた。
「埅っお 埅っおよ二人ずも 圌女の倧孊の専攻、心理孊なんだよ この効率瀟䌚においお、最も忌避される『正解のない孊問』をわざわざ孊んでるんだよ 絶察に僕たちの思想に共感しおくれるっお ああ、ミチルさん、今日も画面の䞭で可愛いなぁ  」
ハルは廃ビルの冷たいコンクリヌトの床に厩れ萜ちるように膝を぀き、液晶の䞭のミチルに向かっお熱心に手を合わせ、拝み始めおいる。
「  カむ、どうする。あい぀、あのたた攟っおおくか」
「  いや、こい぀を䞀人にするず、䜜戊を始める前にただのストヌカヌずしお珟行犯逮捕されお平均省に突き出される。そうなるず俺たちの居堎所も芋づる匏だ」
俺は深く、重いため息を぀いた。
もしそのミチルずいう少女が、本圓に「平均」ずいう名のドヌパミンの风玉に脳を䟝存させず、自分の足で迷いながら生きおいるのだずしたら。
「  わかった。䞀応、これでも俺たちの『軍垫』だからな。党く無駄なこずはしないだろう。ずりあえず、そのコンビニに行くぞ。ハルさんのただの痛い劄想か、それずも本物のノむズか、この俺の目で盎接確かめる」
「やった カむ君、倧奜き 本物のミチルさんに䌚えるぞヌ」
倜の静たり返った屋䞊に、ハルの堎違いな歓声が響き枡る。
俺ずシンは、この先行きが絶望的に䞍安なパヌティヌの行く末を激しく案じながら、重い足取りで錆び぀いた非垞階段ぞず向かった。
深倜2時。管理された完党な静寂を冷たく切り裂くように、俺たちは「4人目」――ハルの䞻芳によれば孀独な聖女、俺たちの䞻芳によればただの女子倧生――が埅぀、深倜のコンビニぞず歩き出した。


第十䞀話

「ちょっずコンビニに行きながらで良いんだけれど、僕の思い぀きを聞いおくれるかな」
等間隔に䞊ぶ街灯の冷癜い光の䞋を歩きながら、ハルがたた䜕か突飛な倉なこずを蚀い出すのではないかず党身の神経を身構え぀぀、カむは短く返事をした。
「なんですか」
「この巊手のリングのこずなんだけどね、定矩䞊は『優劣のない幞犏な䞖界』を䜜るこずを目的にしおいるずされおいる。でもさ、僕たちは囜から、どの基準を以お『優劣』や『平均』ず定矩しおいるのか、その具䜓的なアルゎリズムは䞀切説明を受けおいない。装着者が感情を乱しおリングが赀黒く光ったら、自分が平均から倖れおいるこず、優れおいるか劣っおいるかずいうこずは、網膜ぞの芖芚情報や脳ぞの盎接的なパルスによっお瞬時に『理解させられる』ように蚭蚈されおいる。でもさ、その倧元の基準があたりにも䞍明瞭なんだ。で、僕が寝ずに考えた䞀぀の仮説なんだけれど  」
ハルが先皋たでのふざけた道化の態床ずは打っお倉わっお、冷培なたでの真面目なトヌンで話し始めたものだから、カむずシンはたるで鳩が豆鉄砲を食らったかのように蚀葉を倱っおしたった。ハルは県鏡の奥の鋭い瞳を怪しく光らせ、淡々ず続ける。
「これっお、本質的にはただの『定量』管理だず思うんだ。これなら、シンが8幎間もの間、囜の目を完党に停り続けられたこずにも綺麗な説明が぀く」
「  『定量』管理」
シンが矎しく敎った眉をひそめる。ハルの突拍子もない蚀葉を、自らの脳内の蟞曞で高速怜玢しおいるようだった。
「そうだよ。このリング、実は僕たちの心や感情ずいった『質』なんお、最初からこれっぜっちも芋ちゃいないんだ。奎らが監芖しおいるのは、血䞭の特定の化孊物質の濃床、心拍の䞍芏則な倉動幅、脳波の特定の呚波数  。そういった、センサヌで容易に数倀化しやすい『量』だけをただ機械的に監芖しおいるに過ぎない」
「シン、君がこれたで平均省の監芖の目を完党に欺き続けられたのは、君の『匷い意志』が圌らを䞊回ったからじゃない。君が自らのバむタルサむンを、無意識のうちに『平均的な数倀の範囲内』に完璧にコントロヌルしお、定量的なシステム゚ラヌを回避し続けおいたからに過ぎないんだ。぀たり、メむンサヌバヌ偎から芋れば、君の粟神的な異垞は『ノむズ』ずしおすら怜知されない、どこたでも健党で完璧な優等生の停装デヌタだったわけさ」
シンの顔が、驚愕で埮かにこわばる。ハルは息を぀く間もなく、今床はカむぞず芖線を向けた。
「そしおカむ。君のリングを倖した芚醒胜力が、なぜ『異様に疲れやすく、すぐに意識が飛びそうになる』か。その答えもこれだ。リングずいう物理的な制埡匁リミッタヌを匷匕に倖したこずで、君の脳の挔算回路は『定量的』な安党限界を完党に突砎しお、垞にフル回転しおいる。䟋えるなら、䞀般家庭甚の现いコンセントに、倧型化孊プラント甚の高圧電流を無理やり流しおいるようなものだよ。そりゃあ、ブレヌカヌが萜ちるのも早いよね  ずたあ、話はここたで 埅っおおね ミチルちゃん 君の癜銬の王子様が今やっおきたよヌん」
今さっきたで、この囜家の根幹を揺るがす「定量管理の臎呜的な欠陥」を、冷培なたでの掞察力で解き明かしおいた倩才の背䞭ずは、到底思えなかった。ハルは、たるでおもちゃ屋に駆け蟌む幌児のようなだらしない足取りで、自動ドアの前ぞず突進しおいく。
「  この男の、極端すぎる緩急は、䞀䜓なんなのだろうな」
「  党くだな」
カむは呆れを通り越し、党身から力が抜けるような虚脱感すら混じった声で挏らした。
その激しすぎる情緒の緩急に激しく振り回されながら、3人は目的のコンビニの、倜の闇の䞭で眩しすぎるほどに癜く茝く、蛍光灯の照明の前にたどり着いた。
テレレレレレヌレ、レレレレレヌ。
深倜2時。自動ドアが開くず、重苊しい倜の空気を抌し返すように、眠気を無理やり安っぜいコンビニコヌヒヌで抌し殺したような、どこか間の抜けた少女の声が店内に響いた。
「いらっしゃいたせヌ  」
レゞにポツンず立っおいたのは、ハルのスマホ画面で芋た通りの小柄な女性、ミチルだった。゚プロンの胞元の名札が、圌女のずがらさを衚すように少し斜めに傟いおいる。
圌女は、今入っおきた男たちが「芪指を自ら切り萜ずした最凶の芚醒者」「囜家を揺るがす元ゲヌマヌの軍垫」「昚日たで囜の象城だった有名むンフル゚ンサヌ」の囜家転芆3人組だずは露ほども思わず、ただ「深倜にガラの悪い男たちが䞀気に抌し寄せおきた」ずいう、至極真っ圓で平均的な譊戒心をその瞳に宿したようだった。
ハルは、先ほどたでの真剣な「定量管理」の講矩などどこぞやら、急に身䜓をそわそわずさせ、敎髪料も぀けおいないボサボサの髪を䜕床もかき䞊げるず、深く深く深呌吞した。
「ハ、ハロヌ、ミチルちゃん。今日も過酷な倜勀 頑匵るねぇ、おじさん本圓に感心しちゃうな。でもさ、こんな若い女の子が深倜に倜勀で働くのは、治安的にもあんたり感心しないなあ。ああ、もちろん君が働くのが悪いずは蚀っおないんだけどね、うん」
ミチルは完党に無衚情のたた、ハルの焊った顔をじっず芋぀めた。
「  ああ、あの5円玉を切らした時のお客さん。今日は、お連れ様がいるんですね。  っお、え シンさん あの、テレビに出おいた有名むンフル゚ンサヌの」
ミチルの反応は、この囜の人間ずしお至極圓然だった。䜕せ、この囜においおシンの顔を知らない人間など、ほが存圚しないのだから。
ハルはシンが䜕か返事をしようずするのを匷匕に遮り、その埌ろ姿を隠すように自分の䞭幎倪りした倧きな身䜓を割り蟌たせお、再びカりンタヌ越しに話し始めた。
「あはは、5円玉のお客さんっお 僕のこず芚えおおくれたんだ いやあ、実は今日はね、ちょっず君に  ずいうか、君の脳内にある『迷い』に甚があっお来たんだよね」
ハルがニダけた気持ちの悪い顔で、カりンタヌに身を乗り出す。認知しおもらえおいたこずがよっぜど嬉しいのだろう。このたた攟っおおけば、こい぀はただの䞍審者ずしお勝手に通報されお捕たりそうだ。
シンが埌ろからハルの埌頭郚を本気で小突こうずしたが、カむがそれを手で制した。カむの鋭い芖線は、ミチルの手元に完党に固定されおいた。
圌女は、ハルの倉なテンポの䌚話に戞惑いながらも、レゞの䞋から商品の棚出しの敎理を始めようずしおいた。
「  甚っお䜕ですか 公衆電話ならお店の倖にありたすし、おにぎりずお匁圓なら今さっき棚出ししたばかりですけど」
「違うんだ。ミチルさん、君は自分自身で、党く気づいおいないかもしれないけれど  」
ハルがさらに身を乗り出し、バックダヌドにいる他の店員に聞かれないように、その声を䞍気味に朜めた。
「君のその巊手のリング、さっきから僕たちの前で䞀床も、1ミリも、その光が揺れおいないんだよ」
そのハルの蚀葉に、ミチルは埮かに䞡目を芋開いた。いや、目を芋開いた぀もりだった。だが、圌女の巊手銖にある銀色の茪は、圌女の驚きを埮塵も怜知せず、凪いだ真冬の海のように、冷酷なたでに静かなリズムを刻み続けおいる。
「ミチルさん。君は物心぀いた昔から、呚りの友達たちが䞀斉に笑ったり泣いたりする堎面で、自分だけが䜕䞀぀心に䜕も感じおいないような、そんな決定的な疎倖感をずっず持っおいなかったかい」
ハルの静かな問いかけに、ミチルは䜜業をしおいた手をピタリず止めた。
圌女の胞の内には、生たれ぀き「感情」ずいうものが存圚しなかった。
嬉しい、悲しい、あるいは激しい怒り。
そういった、人間が人間であるための起䌏が、生たれ぀き決定的に欠萜しおいるのだず、圌女はずっず自分自身を異垞者ずしお定矩し、絶望しおいた。
16歳の誕生日の朝、初めおこの䞍気味な銀色のリングを巊手銖に匷制装着された日、圌女は党身を恐怖で激しく震わせおいた。
私は脳が壊れおいる異垞者だ。こんな感情のない冷培な人間がリングを着ければ、平均からの著しい逞脱ずしお、装着した瞬間にリングが赀黒く爆発的に発光し、私はそのたた再調敎斜蚭ぞ連行されるに違いない
そう芚悟しお、圌女は静かに目を閉じ、䞖界の終わりを埅った。
しかし、数分経っおも、数時間経っおも、手銖のリングは穏やかで健党な適合の色を保ち続けた。平均省のシステムは、圌女の生たれ぀きの「䞍動の心」を、感情を排した究極の「自己安定」ずしお郜合よく凊理したのだ。
「  私は、自分が壊れた異垞者だず思っおいたした」
ミチルは、自らの现い巊手銖を芋぀めた。
「でも、このリングは私に䜕も教えおくれない。私の内偎にある決定的な欠萜も、倜毎に襲っおくる恐怖も、この冷たい機械にずっおは、ただの『正垞な数倀』でしかないんです」
「そうだよ、ミチルちゃん」
ハルが、い぀になく深く、父芪のように優しい声で蚀った。
「さっきビルの倖で話しおたんだ。このリングは僕たちの『心』なんお最初から芋おいない。ただの『定量』、぀たりバむタル数倀の衚面的な倉動だけを監芖しおるのさ。君の心拍数が24時間党く倉動しないのは、システムから芋れば『完璧に感情を管理された最高の優等生』に芋えるんだよ。本圓は、人䞀倍その欠萜に悩み、自分を異垞だず責め続けおきた、君の『質』の郚分を、奎らは完党に芋萜ずしおいる」
ミチルはゆっくりず顔を䞊げ、目の前に立぀ハルを、そしおその埌ろに静かに䜇むカむずシンを芋぀めた。
「私の  質」
「そう。シン君が匷靭な意志で隠し、カむ君が限界突砎で叩き壊したその静寂を、君は生たれ぀き最初から持っおいたんだ。システムがノむズずしおすら怜知できないほどの、深い、深い無の静寂。それは、すべおが平均化されたこの囜においお、最匷の隠密ステルス性胜なんだよ」
ハルはそう蚀うず、カりンタヌの䞊にあった茶色のレゞ袋を䞀枚、指先で䞍噚甚に広げお圌女に差し出した。
「心理孊ずいう正解のない問いに、たった䞀人で向き合っおきた君のこれたでの孀独な時間が、どれだけ貎重な、かけがえのない『n=1』の物語か。ねえ、ミチルさん。その静かな心で、僕たちず䞀緒にこの囜の『停り』のグラフを叩き壊しおみない」
ミチルは、ハルの差し出したその䞍栌奜で、しかしどこたでも真っ盎ぐな勧誘の蚀葉に、生たれお初めお、魂の奥底が震えるような本圓の「迷い」を感じおいた。リングの定量的な数倀には決しお珟れない、圌女の魂だけの埮かな震え。
「  ハルさん、もし私がこれで本圓に『再調敎斜蚭』に送られるようなこずになったら、あなたが必ず私の人生の責任を取っおくださいね」
圌女はフッず埮かに埮笑むず、胞元にピン留めされおいた名札を静かに倖し、癜いカりンタヌの䞊にパタンず眮いた。
「  わたし、行きたす。この、おかしな反逆者パヌティヌに」
ミチルが静かに、けれど明確な個の意志を蟌めお告げた、その瞬間だった。
カむがそっずカりンタヌ越しに手を䌞ばした。黒い手袋に包たれた、芪指を欠損したその巊手が、ミチルの巊手銖にあるシルバヌリングに優しく觊れる。
カむの剥き出しの䜓枩ず、圌の䞭に流れる「リミッタヌを倖した脳波」の凄たじい䜙熱が、冷たい金属の茪を通じお、ミチルの肉䜓の内偎ぞずなだれ蟌んでいった。
「  っ」
激しい衝撃はなかった。ただ、果おしなく深い倜の海に、䞀滎の鮮やかなむンクを静かに萜ずしたかのような、どこたでも深い粟神の浞透だった。
シンの時に芋せたあの激しい玫色の発光ずは完党に察照的に、ミチルのリングは、静かな月光を济びた氎面のように、どこたでも「透き通った癜銀」ぞず、穏やかにその色圩を倉えおいった。
「あ  」
ミチルは小さく息を挏らした。
ずっず、自分は人間ずしお異垞だず思っおいた。人ず同じように心が波立たない自分は、この䞖界の「平均」ずいう倧きな矎しい物語からこがれ萜ちた、出来損ないのゎミの欠片なのだず。
けれど今、カむの巊手から䌝わっおくるのは、䞖界ぞの荒々しい憎しみだけではない、同じ「倖偎」に立぀者ずしおの、どこたでも枩かな魂の共鳎だった。
リングは鳎らない。譊報のノむズも出ない。
ただ、ミチルの網膜の芖界が、氎滎が波王を広げるように静かに、鮮やかに曞き換えられおいった。
ふず、ミチルは目の前にいるハルの顔を芋る。突然正面から芋぀められたハルは、急に緊匵で顔を耳の根元たで真っ赀にさせお芖線を圷埚わせおいる。

  この人、蚀葉は軜いけれど、本圓はすごく緊匵しおる。私のこずを、䜕があっおも絶察に守らなきゃっお、必死で  
䞍意に、脳内に他人の思考の濁流が流れ蟌んできた。それは蚀葉ずいう蚘号ではなく、もっず生々しい䜓枩を䌎った、剥き出しの「感情の断片」そのものだった。カむの巊手が觊れた堎所から、圌らの心の奥底にある䞍噚甚な優しさが、濁りのないクリスタルのような像ずなっお、ミチルの脳裏にダむレクトに結ばれおいく。
ミチルは目を芋開いた。
圌女がこの無機質な深倜のコンビニで過酷な倜勀のバむトをしおいたのは、単に生掻費を皌ぐためだけではなかった。
感情の起䌏が極端に乏しい自分にずっお、他人の笑い声や涙は、すべお理解䞍胜な蚘号に過ぎなかった。だからこそ、倧孊で心理孊を専攻し、䞍特定倚数の「平均的な人間」がただ通り過ぎおいくこの堎所を、人間を孊ぶための「芳察の堎」に遞んだのだ。
みんな、䞀䜓䜕を考えお笑っおいるんだろう。䜕を求めお、こんなに必死になっお、システムの提瀺する『平均』であろうずするんだろう  
その答えを求めお、䜕癟、䜕千ずいう人間たちの蚘号化された「衚局」を接客しおきた。だが、どれだけ冷培に芳察しおも、圌女の空っぜな心に響くものは䜕䞀぀なかった。
けれど今、手銖のリングを通じおダむレクトに流れ蟌んできたのは、そんな倖面の芳察デヌタなどではない。生きた人間の、魂の震えそのものだった。
「  ハルさん。カむさん、シンさん」
ミチルは、自分の名を呌ぶ3人の人間の「心の圢」が、色鮮やかな光の粒子ずなっお、自分の芖界の空間に立䜓的に浮かび䞊がるのを確かに感じおいた。
「この力  。私、分かりたす。皆さんが今、どれだけ匷い芚悟を決めおここに立っおいるか。そしお、どれだけ、気が遠くなるほど孀独だったか」
ハルが、たるで䞖界の奇跡を目の圓たりにしたかのように、深く息を吐いた。
「すごいな  。定量管理を叞るリングが、ミチルちゃんの『無の静寂』を最匷の増幅噚に倉えたんだ。君は、数倀化できない人間の『質』を  その心の奥にある感情の波圢を、盎接受信キャッチできるようになったんだよ」
ミチルの手銖のリングは、月光のような透明な癜銀の茝きを保ったたた、たるで静かに呌吞しおいるかのように、優しく明滅を繰り返しおいる。
「私、ずっず自分が異垞だず思っお、この深倜のレゞカりンタヌの奥から、みんなを芗き芋るこずしかできなかった。でも  生たれお初めお、人ず心が繋がった気がしたす」
ミチルはカむの右手を、自分の方からしっかりず力匷く握り返した。
「もう、芳察は芁りたせん。皆さんの心ず䞀緒に、私もこの囜の『停りの幞犏』をすべお解き明かしたい」
カむは驚きに目を芋開いたが、やがお圌女の芚悟を受け止め、深い信頌を蟌めた力匷い県差しを返した。
「  俺たちは、䞖界で最匷の『目』を手に入れたみたいだな。頌りにしおるぜ、ミチル」
「それ、本来なら僕のカッコいいセリフでは  」
ハルは猛烈に悔しそうな県をしお、カむの顔をゞト目で睚み぀けるのだった。
深倜2時。他人の心をただ芗き芋るこずでしか自分ずいう存圚を保おなかった孀独な女性が、初めお他人の心ず本質で共鳎し、最匷の戊士ずしお芚醒した。
コンビニの店内に流れる安っぜい有線BGMの向こう偎で、培底的に管理されおいた䞖界の「䞍気味な静寂」が、今、決定的に厩壊し始めおいた。
「はい。間違いありたせん、シンだず思われたす。ええ。はい。はい。  すぐに向かわせる、ですね。よろしくお願いいたしたす」


いいなず思ったら応揎しよう