「内なるタブー」と対話する|第十一回 「生きる意味」がわからない【山本智子】
人が自分の体験や事柄を「語ってはいけないこと」として内面化し語ることを躊躇する背景には何があるのでしょうか。私たちはどんな「内なるタブー」を抱えているのでしょうか。
この連載ではそんな疑問について、西成などで精神障害や発達障害のある人の支援に携わり、大学では学生にかかわってきた著者が、当事者の声を聴きながら考えていきます。
*月1回更新
「人間が人生の意味は何かと問う前に、人生の方が人間に問いを発してきている。だから、人間は、ほんとうは、生きる意味を問い求める必要などないのである。人間は、人生から問われている存在である。人間は、生きる意味を求めて問いを発するのではなくて、人生からの問いに答えなくてはならない存在なのである」(フランクル、2019、p.83)
フランクルは、自身がホロコーストの生き残り者であり、アウシュビッツで家族を失うという体験の中で、「生きる意味」がなんなのかをずっと探し続けた人だったのだと思う。なぜかというと、フランクルは、アウシュビッツで生き残ることができた捕虜についてこういう言葉を残しているからだ。「生き残れるかどうかは、この苦しみ、この人生が『なんのためのものか』という方向性、あるいは『誰のためのものなのか』という方向性をもっているかどうかにかかっているということである」と(フランクル、1999、p.44)。
彼は「生きる意味」を問い求めなくては、生きることが困難だったのだろうか。
実際にフランクルに会った人から聴いた話だが、そんな過酷な体験を生きてきた彼は、人に対する心遣いも深く、とても明るくて、可愛くて、快活な人だったという。その話を聴いて、彼の著書のタイトルである「それでも人生にイエスと言う」という言葉が、深い闇を照らす一筋の「光」だったのだと思った。そして、その「光」が彼が求める生きる意味に連れて行ってくれるものだったのかもしれない。フランクルの人生は、客観的にみても、辛くないはずはなく、自分の人生に“ノー”と感じることの方が多かったかもしれないが、それでも“イエス”と言うという言葉は、彼が自分を生かすために探し続けた「生きる意味」の存在を象徴した言葉だったように思えたりもする。
私自身はといえば、“YES”でも“NO”でもなく、旅立つときには、苦労も楽しいこともいっぱいあって、生きる意味もみつけられなかったとしても、“Good enough life”といえるような人生だったらいいなと思う。
なぜ、ここで、「生きる意味」について語りたいのかといえば、私のところに来てくれる人々の「生きる意味がわからない」と静かに語る小さな声が途切れないからである。
世の中には、さまざまな理由によって「生きるのが辛い」という人々がいる。もしかしたら、私もその一人かもしれない。「生きる意味を教えてください」と訴える人々を前に、「私もわからない」と答えることしかできない。「意味なんて、後からついてくるものかもしれないですね。寿命がきて亡くなる、そのときにはじめて意味がわかったりするもんじゃないでしょうか」などというのだが、そんな言葉を求められていないのはわかっている。
私には「生きる意味」はわからない。生きているから生きているとしかいえない。だから、私もフランクルのいうように「生きる意味を問い求める必要などない」と思っている。たとえ、それを知ったとしても、自分の人生にそれほどの「希望」を拓いてくれるとは思えない。そのつど変化する、人から見れば他愛のない「生きる意味」を、私は確かに生きているのだろうから。
でも、私は、私の目の前に座ってくれる人々とその意味を一緒に探したいとは思う。なぜかといえば、フランクルがいうように「生きる意味を問い求める必要などない」といわれたとしても、その意味がわからなければ、この世に自分をつなぎ留めておくことが難しい人々もいるのだ。
生きるということは、ポジティヴで前向きな意味合いで語られることが多いけれども、実際、生きるということは苦しいことが多い。でも、それを語ることはなかなか許されない。だから、人生をネガティヴでしんどいと思っていたとしても、「生きること」を語るときにはポジティヴに語らなくてはいけないような気がして、しんどいとしてもその本音を語ることができなくなるのだ。そのような本音の語りを聴くことを通して、生きる意味を共に探したい。
生きる意味や目的を知りたい
今は卒業していかれたのだが、その前の3年ほど、面談に来てくれた人の話を聴いていただきたい。その人をみずきさん(仮名)とよぶ。みずきさんは、人に対する気遣いと優しさが溢れて、何をされても人を責めず、悔しさや怒りもあっただろうが、「自分が劣っているから仕方がないこと」と受け止めているような人だった。その内面には、当たり前に「怒り」や「いらだち」はあっただろうが、それを直接的に表現することもなく、表現するにしてもこちらを気遣い遠慮がちに語る人だった。面談の最初に語られた過去の自殺企図や継続した希死念慮は、面談の中で少しずつ薄れてはきていたが、それでも、「生きている意味や目的がわからない」と語り続けたのは、彼の内面に深く根付いた「怒り」や「いらだち」、「喪失感」や「悲しみ」が、浮かび上がりたいと願っているようにも感じた。
みずきさんにとっての「生きる意味や目的がわからない」という言葉は、けっして哲学的な問いではなく、今の自分をつなぎとめる具体的な意味や目的を知りたいのはわかってはいたが、私には、それに答える力はなかった。
みずきさんの「生きる意味や目的を知りたい」という言葉は、「生きる意味や目的があるから人は生きるのだ」という(根拠がどこにあるのかわからない)言説を当たり前のように取り込み、それに苦しめられている側面もあるのだろうとは思いながらも、彼の苦しさがその言説から来ているのであれば、私は何を語ればいいのか、といつも考えていた。
みずきさんは、「人生には何らかの目的があるはず。それが自分にはない」と悩んでいた。なぜかというと、「自分の人生は失敗だらけで、その目的をもつ価値さえない」と捉えていたからだ。だから、生きる意味もわからず、生きる目的もない自分は、生きている必要がないと考えていたようだ。「生きる意味がわからない」、「目的がわからない」という根源的な苦しみは、「自分の人生が失敗だった」、「消えてもいいんじゃないか」というところにつながっているとすれば、その苦しみが本当はどこにあるのかを聴かなくてはいけないと思った。
そんな苦しみを抱えている人は、「弱い人間」、「ネガティヴな思考」などの評価が社会にあることを知っているから、簡単には口に出すことはできない。
そこで生じている「苦しさ」は、必ずしも本人の個人的な資質や性格などの問題だともいえない。だから、彼がいう「自分の人生は失敗ばかり」という言葉には、何かしらの具体的な体験が沈み込んでいるのだと思った。
人はどういうときに、生きる意味や目的を失うのだろうか。どういうときに「自分の人生は失敗だった」と思うのだろうか。例えば、何度、挑戦してもうまくいかなかった。人から常に否定された。「頑張れば大丈夫」と言われて頑張った結果、うまくいかず傷ついた。こうした経験があると、「人生は失敗だ」という抽象的な言葉が、その人にとって現実そのものになる。
心を閉ざして生きる
みずきさんは、ある出来事が理由で、数年間、自宅から出ることができなくなった。中年期の出来事だったため、「もう何をするにも遅すぎる」、「周りの同年代の人と比べるとあまりの違いに愕然とする」、「親にも迷惑をかけ続けている」、「取り返しがつかない」などといった思いから、「自分には何も残っていない」、「人生全体が失敗だった」と語っていた。でも、本当にそうなのか。「人生全体が失敗だ」と言い続けること自体が、みずきさんが自分自身を守るためのある種の防衛になってはいなかったか。
心を閉じた生活の中で、ふと、「人生全体が失敗とはいえないかもしれない」と考えてしまうと、新しく何かをしなくてはいけないような気がして、そのことによって新たな不安や恐怖が生まれることがある。だから、「失敗だった」と思うことによって、ふたたび自分が傷つくことのないように守ろうとしているようにみえることがあるのだ。
あるとき、面談の中で、「どんな人生だったら『失敗』ではなかったのだろう?」とみずきさんに聴いてみた。「人生は失敗だった」という言葉は、一見すると人生全体を評価しているように聞こえる。しかし、多くの場合、本人が失敗したと言っているのは、人生そのものではない。ただ、本人の中には、「こう生きるはずだった」という人生の計画が存在していたのだが、実際はその計画がうまくいかなかったということだろう。つまり、「人生が失敗」なのではなく、「思い描いていた人生を生きられなかった」という体験が、「人生全体の失敗」という言葉に置き換えられているのかと思ったりした。
生きたかった人生
みずきさん「失敗じゃない人生……。ちゃんと仕事をして、経済的にも安定して、家庭をもって、親を安心させることができたら、それは失敗ではない人生といえるでしょうね」
私「そうなんやね。なんか、一般的な道筋っていうのは確かにそうなのかもしれないね」
みずきさんは、口に出して「失敗ではない人生」を語ってくれたが、本人自身も口に出すことで「それが果たしてそうなのか」と思ったという。「仕事をしていて、経済的にも安定して、家庭をもつことが果たして、親に安心を与えることになるのだろうか。自分が思う失敗ではない人生なのだろうか」とふと思ったようだ。
私自身が面談のなかで、「人にはいろんな生き方があっていいんじゃないか」、「私たちはパラレルな人生を歩むことができないから、仕事をして家庭をもってなんていうような人生が『成功か』、『失敗か』なんて誰にもわからない。それぞれの人生に、いいところもあれば、苦労もある。みずきさんがいうような人生もありだけど、そこからは外れる人生だって『あり』なんじゃないか」、「何歳になったって、自分を喜ばしたり、幸せにしたりするのに、『遅い』なんていうこともない」みたいなことを話したりするので、ふとそう思ったのかもしれないが、「今の自分にとっての『失敗ではない人生』は結局、親に心配かけない人生のような気がします」と語ってくれた。そのため、「親に心配をかけない」とか「親を安心させるにはどうする」などの内実を一緒に考えたのだが、かならずしも、仕事で成功するとか、結婚して家庭をもつとかじゃないねという話になった。
「仕事も家庭もなんにもなくても、自殺企図とか希死念慮をもたずに暮らしている方が親を安心させたいっていうことに近いですよね。なかなかそこは結びつかなかったけど」
みずきさんは、私にこう語って以来、希死念慮はなくなったという。
かつてのみずきさんは、「仕事をして、経済的に自立し、結婚して家庭をもつこともできない人は人生の失敗者だ」といった世間の価値観を内在化している中で、もたなくてもいい罪悪感を抱え、自分を責め、「消えた方がましだ」などと思い込むようになり、自殺企図や希死念慮につながっていったように感じる。
でも、希死念慮はなくなったというみずきさんは、いちばん大切にしたいみずきさん自身の「価値観」が、「世間と違ってたっていいのだ」と思えるようになってきたのだと思う。
私たちは生きている以上、世間から何らかの「手本」や「道筋」を示されているように感じるだろうが、それが個人にとって苦しいものであったとしたら、手放したい。
自分の「生きる意味」は、社会や世間に求められる「かたち」ではなく、自分が大切にしたい「かたち」の実現なのだ。冒頭であげたフランクルの言葉にある「生き残れるかどうかは、この苦しみ、この人生が『なんのためのものか』という方向性、あるいは『誰のためのものか』の方向性をもっているかどうかにかかっている」というならば、それを自分が大切にしたい「かたち」の方向に舵をとりたいと思う。
次回、最終回では、お約束通り、みえないものをみ、聴こえない声を聴くかみんちゅから聴いた「不思議だけれど、大切な物語」を聴いていただきたいと思う。
倫理的配慮
みずきさん、お話を皆さんに届けることを許可してくれてありがとう。あなたのこれからに、みずきさんが思う「幸」多かれと祈ります。
文献
フランクル、V. E.著 諸富祥彦監訳『〈生きる意味〉を求めて』春秋社、1999年
フランクル、V. E.著 霜山徳爾訳『死と愛――ロゴセラピー入門(新版)』みすず書房、2019年
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山本智子 著
「家族」を超えて生きる
ーー西成の精神障害者コミュニティ支援の現場から
精神障害のある人たちの語りからは、一般的・理想的な家族像へのとらわれや、家族メンバー間の認識のずれなどがどのように彼らを苦しめているのかが明らかになる。本書では、大阪市西成区で精神障害のある人の心理的援助を長年行っている著者が、自らが関わってきた当事者たちとその支援者たちの語りや生き様を通して、多様な家族のあり方や個人の生き方を妨げるものは何か、そこからどうすれば自由になれるのかについて考える。
https://www.sogensha.co.jp/book/b10139019.html

山本智子(やまもと・ともこ)
奈良女子大学大学院博士後期課程社会生活環境専攻修了。元・近畿大学教職教育部教授。奈良女子大学教育システム研究開発センター所属。Social Reality Lab.代表。博士(社会科学)。臨床発達心理士・公認心理師。大阪市西成区にある障害者施設でスーパーバイザーを務める。東大阪市留守家庭児童育成クラブ職員総合研修講師。大阪府放課後児童支援員等研修講師。
主な著書に『「家族」を超えて生きる――西成の精神障害者コミュニティ支援の現場から』(創元社、2022)『発達障害がある人のナラティヴを聴く』(ミネルヴァ書房、2016)『学校を生きる人々のナラティヴ』(編著、ミネルヴァ書房、2019)『発達障碍のある人と共に育ちあう』(共著、金芳堂、2020)『ロールプレイで学ぶ教育相談ワークブック 第2版』(共著、ミネルヴァ書房、2019)『学校現場にいかす特別支援教育ワークブック』(共編著、ミネルヴァ書房、2020)他がある。
