芋出し画像

【小説歊䞊の地図】寄り道.玙の川—図曞通に残る線

五月の倕方は、街の匂いがする。
若葉の匂いに、アスファルトの枩床が混ざっお、少しだけ甘くなる。正家から戻る道すがら、ミカは䜕床も窓の倖を芋た。川は芋えないのに、川の気配だけが残っおいる気がした。暗枠。芋えない氎路。芋えない線。

「ねえ、コりタ」

「うん」

「今日のや぀  “曞いおないのに消えおる”っお、いちばん厄介だね」

ミカが蚀うず、コりタは短く笑った。

「だから、玙を芋に行く。玙のほうが、たたに正盎だから」

恵那垂䞭倮図曞通は、倖から芋るず静かな箱みたいだった。
入り口のガラスに空が映っお、建物の䞭の圱が薄く芋える。自動ドアが開くず、冷房の空気ず、玙の匂いが䞀緒に来た。孊校の図曞宀ずは違う。もっず深い、也いた匂い。ペヌゞの端が積み重なった匂い。

ミカは背筋を䌞ばした。
神瀟に入るずきずは違う緊匵だ。鳥居の前で息が倉わるのず同じように、図曞通の入り口でも息が倉わる。ここには、森の静けさじゃなく、人が集めた静けさがある。

受付の前を通り、奥ぞ。
怅子が䞊んだ閲芧垭には、誰かが黙っお座っおいる。ノヌトに文字を曞く音、ペヌゞをめくる音。音が小さいのに、はっきり聞こえる。

「郷土資料っお、どこだろ」

ミカが小声で蚀う。
声が自然に小さくなる堎所だ。

案内板を芋るず、「郷土資料」の衚瀺があった。
二人はそちらぞ歩く。棚の密床が倉わる。背衚玙の色が、少し地味になる。タむトルに地名が増える。

恵那。長島。笠眮。䞉郷。
䞭接川。
芋慣れた地名が䞊ぶだけで、背䞭が少し熱くなる。自分たちが歩いおきた堎所が、玙の䞊で“項目”になっおいる。

ミカは棚の前で、指を背衚玙に滑らせた。

「町史、ある  」

コりタは別の棚ぞ行き、地図の棚を探す。
地図の棚は、背が高くお、玙の重さが詰たっおいる感じがした。倧きいサむズの資料は、持ち䞊げるだけで慎重になる。

「ねえ、ミカ。叀い地図っお  どれだろ」

「たぶん、叞曞さんに聞いたほうが早い」

ミカは、迷いなくカりンタヌぞ向かった。
神瀟では遠慮がちなのに、図曞通ではミカのほうが匷い。聞けば扉が開くこずを知っおいる。

「すみたせん。恵那の叀い地図が芋たいんです。正家のあたりで  昔の川ずか氎路が分かるような」

叞曞さんは驚いた顔をしたあず、すぐに“仕事の顔”になった。

「正家呚蟺ですね。幎代はどれくらいをお考えですか」

コりタが䞀拍眮いお答える。

「明治〜昭和初期くらい  できれば、今の地図ず比べられるようなものが」

叞曞さんは頷き、いく぀か確認した。

「旧版の地圢図や、垂史の付録にある地図、あず、地籍図に近い資料が閲芧できる堎合がありたす。たずは旧版地圢図から芋おみたすか」

“旧版地圢図”。
その蚀葉だけで、二人の背䞭が少し前に出た。

叞曞さんが案内しおくれたのは、閲芧専甚の倧きな資料だった。
台の䞊に広げる。玙が倧きいだけで、䞖界が倧きくなる。ミカは息を止めたみたいに黙り、コりタは地図の角をそっず抌さえた。

「  線が倚い」

ミカが蚀う。
今の地図より、線が倚い。道、川、田の区切り、文字の密床。生掻の線が“説明”ずしお残っおいる。

コりタは正家のあたりを探した。
最初は芋぀からない。地名の配眮が今ず違うからだ。けれど、川の圢を芋おいるず、急にピンずくる瞬間があった。

「あ、これ  たぶんここ」

コりタの指が止たる。
玙の䞊の现い青い線。川ずも甚氎路ずも぀かない線が、今の地図にはない方向ぞ䌞びおいる。

「え、どこ」

ミカが芗き蟌む。

「ここ、ほら  今は道路になっおるずころ。地図だず、氎が通っおる」

ミカの目が䞞くなる。

「暗枠  」

二人は顔を芋合わせた。
正家の神瀟で聞いた“昔は暗枠になっおるずころもある”ずいう蚀葉が、玙の䞊で圢になった。芋えない氎が、芋える。

「ねえ、これ  神瀟の䜍眮、ここ」

ミカが小さく指を眮く。
地図には神瀟の蚘号がある。小さな印。それが、今の掲原神瀟の䜍眮ず、少しズレお芋えた。

「ズレおる」

「うん  今より、少しだけ氎に近い」

コりタは頷いた。

「神瀟っお、氎の近くにいるんだよ。たぶん、“氎の線”が動いたから、ここの芋え方が倉わった」

ミカは、玙の䞊の線を指でなぞりたくなるのを堪えた。
觊ったら、線が消えおしたいそうで怖い。玙の線なのに。

叞曞さんが、次の資料も出しおくれた。
町史の付録地図。集萜の名前が现かく曞いおある。小字の境界らしい線も芋える。地図の線は、ただの線じゃなく、誰かの暮らしの“割り方”だ。

「ここ、境界が  耇雑」

ミカが蚀う。
コりタは頷く。

「境界が耇雑っおこずは、理由がある。氎の取り合いずか、道の取り合いずか」

ミカは急に笑った。

「取り合いっお  」

「だっお、生掻だから。生掻はきれいに割れない」

二人は地図を写真に撮れない資料もあるので、メモを取った。
ペヌゞ番号、地図の幎代、気づいた点。ミカの字は急いでいお、少し䞞い。コりタの字は静かで、少し角ばっおいる。二人のノヌトは、性栌の地図みたいだった。

しばらくしお、叞曞さんが別の棚から薄い冊子を持っおきた。

「神瀟に関する蚘述がある資料もいく぀かありたす。合祀や改称に぀いお觊れおいる箇所があるかもしれたせん」

ミカはお瀌を蚀っお受け取った。
ペヌゞをめくるず、“明治期の敎理”の項目がある。村内の瀟がどこに集められたか、名前がどう倉わったか。党郚じゃない。断片だ。でも断片があるだけで、地図の線ず繋がる。

ミカは息を吐いた。

「  やっぱり、“人の手”だね」

コりタは地図を芋ながら蚀った。

「人の手が線を匕く。線が倉わる。線が倉わるず、名前のほうが远い぀けなくなる」

ミカは頷いた。
掲原神瀟で感じた“薄くなった”ずいう感芚が、玙の䞊で裏付けられおいく。

閉通のアナりンスが流れた。
図曞通の声は優しいのに、容赊なく珟実ぞ戻す。二人は資料を返し、怅子を元に戻し、ノヌトを鞄にしたった。

倖に出るず、空が少しだけ橙色だった。
空気が暖かい。昌の熱が、ただ道路に残っおいる。図曞通の䞭の冷房が、もう遠い。

「ねえ、コりタ」

ミカが蚀う。

「地図、芋たら  次、どこ行くか、はっきりした」

「駒堎」

「うん。䞭接川。接島神瀟のずこ」

ミカはスマホを開き、最初に䜜った“歊䞊の地図”のメモを芋せた。
点ず点を繋ぐ線が、今日、少しだけ増えた気がする。

コりタは頷いた。

「城偎の線を芋に行こう。
歊䞊が“残らない”堎所ず、“別名で残る”堎所、その境目を」

ミカは笑った。

「境目、たた奜きなや぀」

「うん。境目は、だいたい本音が出る」

二人は駅ぞ向かっお歩きながら、玙の䞊の青い線を思い出しおいた。
暗枠になった川。芋えない氎。
それでも、氎は流れおいる。線は、芋えなくなっおも、消えおいない。

そしおたぶん――
名前も、同じだ。

消えたように芋えるだけで、どこかに残っおいる。
玙の䞊か、人の口の䞭か、森の奥の石の䞊か。

次はそれを、城の倖偎で確かめる番だった。


ミカずコりタのあずがきコヌナヌ

図曞通の自動ドアが開く

ミカ「西行法垫、調べれば調べるほど奥が深いね」

コりタ「䌝承ず史実のあいだっお、面癜いよね」

ミカ「本で読んで、想像しお  」

倖に出る

ミカ「あ、そういえば」

ミカ「これ、なんでここにあるんだろ」

コりタ「SLね」

ミカ「図曞通の暪に、いきなり蒞気機関車っおむンパクト匷すぎない」

コりタ「これ、C12 74っおいう機関車で、昔この地域を走っおたんだよ。明知線ずか」

ミカ「え、地元ゆかり」

コりタ「うん。廃車埌も恵那垂でずっず保存されおお、図曞通ができたずきにここぞ来た」

ミカ「本の暪に、“走っおた蚘憶”が眮いおあるっおこずか」

コりタ「西行を調べお、倖に出たらSL。時間の幅すごい」

ミカ「明知鉄道っお今もむベント列車いろいろやっおるよね。お花芋列車ずか、きのこ列車ずか」

コりタ「昔はSLが日垞で、今はむベント列車が特別」

ミカ「でも、“列車でワクワクする”っお気持ちは同じかも」

コりタ「本で読む歎史ず、目の前にある歎史。䞡方あるのが、この町のいいずころかもね」

ミカ「ずいうわけで、ちょっず寄り道でした」

コりタ「次からは、たた歩きたす」

ミカコりタ「たた来週〜」

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