増量マシマシご飯
そこそこ若かった頃、母のご飯を食べるために、3時間だけ帰省をしたことがある。
その当時、様々なことにホトホト疲れていた私は、ある日曜日の午後、
(そうだ、お母さんのご飯食べに行こう)
と思い立ち、小さなカバンに、財布と文庫本と色付きリップを入れ、携帯を手に持って家を出た。
明日は仕事、今日中に戻らなければいけない。
なのに私は(『そうだ京都、行こう』みたいだな)と、突然の思いつきに浮き立っていた。
歩きながら母に連絡を入れ、「夕ご飯だけ食べに行っていい?」と聞くと、母は驚きつつも「ご馳走作って待ってるから!」と晴れやかな声で言った。
新幹線に飛び乗り、夕方実家に到着すると、私の好物がテーブルいっぱいに並べられ、冷蔵庫には私の好きな銘柄のビールが、ビシッと冷えていた。
食事の間、母は
最近の自分の失敗談や、その日不在だった父の変人エピソードなどを面白おかしく語り、突然夕飯だけ食べに帰ってきた娘に、その理由を聞かなかった。私にはそれが、ありがたかった。
母の話に笑いながら食べているうち、
気づいたら、すっかり完食。
そしてあっという間に、帰る時間になる。
最終の新幹線には、ギリギリで間に合った。
窓際の席に腰掛けて一息つくと、見慣れた街の明かりが、いつもより目にやわらかい。
(ま、、いいか。。)
否応なしに続いていく日々を、私はぼんやりと受け入れることができていた。
数年前から、
私は時々短い帰省をして、きょうだいと協力し合いながら、高齢一人暮らしの母の生活をサポートしている。得意だった料理が、ままならなくなった母の台所は、いつ行っても使った形跡があまりない。
母と話すときは、腹から声を出し(それは軽い筋トレに近い)、「ピンポンが鳴らなくなった」と言われれば、脚立を出して、インターフォンをチェックする。
母の困りごとは、帰省の度に増えていく。
実家でのんびり、、それは永遠ではないことを私は最近になって知った。
インターフォンは、よく見ると"ナショナル"とロゴが入っていた。ペェアナスォニックではない、ナショナル。。
ウチってそんなに古かったのか、と驚き、そして母に向かって「電池替えたけど鳴らない!」と腹から声を出して告げた。
インターフォンも母も、長い時間が経っている。不具合が出るのは当然のことなのだ。
得意だった料理をしなくなるのも自然の流れだよな。。私はナショナルのロゴによって、母への理解がまた少し、深まった。
“あれを食べたら何とかなる“
今を頑張る多くの大人には皆、そんな救いのような食べものがあるのではないかと思う。
私のそれは、間違いなく母のご飯だ。
しかし母はもう、料理をすることが難しくなってしまった。
けれど、
あの日のご馳走や、日常にあった母のご飯を思い出せば、そこには湯気が上がり、私と母はゲラゲラと笑っている。
これからは、ホトホト疲れたときは
あのテーブルいっぱいの、増量マシマシな母のごはんを、自分の中で再生すれば良い。
そうすれば、あの日帰りの新幹線で見た、やわらかい街の明かりも同時に流れて、
(何とかなる)
と、思えるはずだ。
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このたび、#エッセイしりとり、という企画に、この投稿で参加させていただきました。
『エッセイのタイトルでしりとりをしよう!』
というテーマで、バトンを回してくれた人の記事タイトルの"最後の一文字"を受け取り、その文字から始まるタイトルでエッセイを書き次の人に回す、という面白い企画です。
私にバトンを回してくれたのは、
みのりさん↓↓↓
そして、この企画の考案者は
マイキーさん↓↓↓です。
みのりさん、マイキーさん
ありがとうございます!
バトンをいただいた時、次の方へ回せるくらいの期間は十分にあったのですが、筆力の不足と諸事情により、締め切り間際の今になってようやく記事が出来上がりました。
思い浮かぶあの人やこの人にバトンを回すことはできませんでしたが、、
みのりさんの3本のバトンのうち2本は、素敵なお二人が受け取られ、次の方に回していらっしゃいます。
↓↓↓れもんいかさん
↓↓↓キャンディさん
バトンを回せなかった私、
ここはひとつ、『しりとり』らしく(?)
「ん」で終わらせようと思い、タイトルを考えました。
(今日8月31日の投稿については「ん」で終わらせるのは可、とのことです)
という具合に、、何だか無理矢理収めてしまいましたが、、
ご縁に感謝しています。
ありがとうございました。
