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令和の子供は「話を聞いてもらう経験」が少ないのかもしれない。

「ねぇママ、見てて!次はこの矢より上にくっつくと思う?くっつかないと思う?」

とある日の夕方。
夕食の準備を終えて、事務作業(退職関連)に取り組もうと書類を広げた矢先。

次男が玩具の弓矢を取り出して遊び始めた。

リビングの窓にくっつくか、くっつかないか?

2本の矢は、どちらもくっつくと思うか?

くっついた矢よりも上にくっつくか?

1回1回、矢を放つ前に「どっちだと思う?」とクイズを出してくる。

しかも「①くっつく ②くっつかない ③くっつくけどすぐに落ちる」とか番号で出題されるので、必ず番号で答えるように強要される(笑)

答えて書類に視線をそらすと「見てて!!!」と怒られる。


こんな事が1日に何回もある。
正直、「ちょっと面倒だな…」と感じる事もある。

だけど、こういう時の次男の顔はとっても嬉しそうだ。


時間にゆとりがある事が最大の幸せ


次男のお喋りに付き合っている時、いつも「仕事辞めて良かった」と感じている。

書類と対峙する作業も進めたいが、「どうしてもその時間にやらなきゃいけない事」ではない。

これが仕事だったら、そうはいかない。


「いつまでも子供を優先していると、何もできない」とは思いつつ、1日中一緒にいればどこかのタイミング(ゲーム中とか)で、自分のやりたい事もできる。

この「タイミング調整」は、フルタイムで働いていたら中々難しいだろう。

それに子供自身も、学校や塾・習い事があれば忙しい。

話を聞いてもらう時間ある?


そもそも令和の「共働き家庭の子供」って、大人に話を聞いてもらう時間はどれくらいあるのだろう?

これは別に、共働き家庭を責めるつもりではない。


朝、小学校に登校したら「1対30」の教室に入る。

そうなると「担任の先生に話を聞いてもらう」って、そんなに長くは難しい。

それこそ頻繁に怒られるとか、問題行動が多い子の方が「先生と話す時間」が多い位かもしれない。

1日の大半を「1対30」の教室で過ごし、放課後に学童へ行けば更に子供の数が増える。


塾や習い事だって、基本的には「教えてもらう」場所。
「話を聞いてもらう」という時間は少ない。


それで帰宅したら「早くお風呂入って、宿題やって、ご飯食べて!」と次から次へとタスクが待っている。

お互いに「お喋り」してる場合ではない。


例えば、共働き家庭でも家に「何もしない祖父母」みたいな人がいれば違うと思う。

ちびまる子ちゃんの、お爺ちゃん・お婆ちゃんみたいな人。

でも、小学校、学童、塾、家と、全ての場所に「働く(家事も含む)大人」しかいなければ「お喋りの相手」がいない。


だからこそ、大人は物凄く意識しないといけないと思う。


共働き家庭じゃなくても「子供の話を聞く」って結構難しい。

それは「タイミング調整」が中々できない事が多いから。

当たり前だけど、何か作業を始めたら中断するのってストレスが溜まる。
だから急ぎの事じゃなくても「今は無理」って言いたくなる。

だけど子供は「今、話したい」のだ。

話したい!と思った事を胸にしまう回数が多くなると、心の中にモヤモヤが溜まって健康じゃない。


最近の不登校増加は、勿論学校教育そのものが「時代に合わない」という側面はあると思うけれど。

何よりも「不登校」という行動によって、「大人に話を聞いてもらう時間」を無意識に作っているのでは?と思ったりする。

もちろんコレだけが原因ではないし、当てはまらない子もいると思うけど。

「原因の1つ」位にはあるのでは?と思うのだ。


何でもかんでも子供に合わせて、「私は家来か?」と思ったりする(笑)

だけど、「それくらいでいいんじゃない?」とも思う。


話を聞く事で。
手を止める事で。

「私はあなたを何よりも優先し、大事にしています」というメッセージが伝われば、それで良い。

あくまでも私は。



親じゃなくても良い。
祖父母じゃなくても良い。
近所のおじいさんでも、お婆さんでも良い。

子供にとって「話を聞いて貰える」という時間が増える事は、幸福度に繋がるのでは?と思う。

すぐに忘れてしまうので、これからも意識していきたい。


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