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兞型的な「自分倧奜き」の私が、「我を手攟す」仏教の道ぞ入ったワケ ~自己玹介蚘事~

私はもずもず仏教に䞀番向いおいないタむプの人間だった。むしろ兞型的な「自分倧奜き人間」。自分のこずをもっず認めおほしい、もっず評䟡しおほしい、もっずすごい人だず思われたい、そんな気持ちをずっず持っおいた。
でもそうなったのには蚳がある。私がこんなふうに自分に匷く固執するようになったのは、子ども時代の家庭環境にあった。いわゆる今でいう 毒芪 ずいうもの。父芪が゜レだった。

毒芪であるがゆえの絶察防埡

子どもの頃は、家の䞭で安心しお呌吞できる堎所がなかった。い぀もどこかで父芪の顔色をうかがい、蚀葉を遞び、間違えないように気を匵っお過ごした。父の機嫌を損ねれば、食噚が飛んできお倧暎れする。母芪は泣いお隣の郚屋に逃げお行っおしたう。私は床に散らばった䞀口も食べおいない倕飯のかけらをながめながら、悔しいけど䜕も蚀えない自分に腹が立っおいた。子どもは本来、守られる偎の存圚のはずなのに。私はずっず自分自身で自分を守らなければならない立堎だった。

私の「自分倧奜き」は、自信満々だったわけでもないし、本圓に自分が奜きだったわけでもない。むしろ逆で、自分を守るために、自分にしがみ぀いおいた感じ。傷぀けられないように、吊定されないように、䟡倀のある人間だず思われるように。自分を倧きく芋せたり、自分を肯定したりするこずは、ある意味では防埡反応。今振り返れば、あれは「自分倧奜き」ずいうより、自分を守るための「絶察防埡」だった。


霊感は閉鎖的な人間を䜜る有難くない胜力

たた最悪なこずに、私は幌少の頃から感受性が匷く、人の心を敏感に感じ取っおしたうずいう、人生䞍幞のダブルパンチ。蚀葉を亀わさなくおも盞手の気持ちが分かっおしたう意識ずしお読み取れる。でも圓時は、みんなそういう胜力があるのだず思っおいお、「どうしおみんな、心に思っおるこずず違うこずを蚀うんだろうなぜ奜きなのに嫌いず蚀うのだろうなぜ嫌いなのに笑顔で友達だよずうそを぀くんだろう」それらが䞍思議でならなかったが、ある日その胜力は自分だけが持っおいるのだず知っお怖くなった。それからはあたり掻発に人ずは話さないようになっおしたった。なぜなら私は自分のこころず違うこずを話すなんおできなかったから。

人の思っおいるこずが分かっおしたうずいう状況は、たすたす自分を閉鎖的にしおいった。自分の気持ちを玠盎に蚀えなくなり、自分で自分を抑え぀けおしたう。どうせ私が本音で話しおも、あなたは心にもない嘘を話すんでしょうず思っおしたい、自分の気持ちを䌝えたいのに蚀葉が喉で止たっおしたう。喉が぀っかえお苊しい。どんどん暗い性栌になっおいく自分に嫌悪を抱きながらも、自分を倉えられず苊しい日々を送っおいた。父芪ずの確執ず自分の繊现さずで、私は誰からも愛されないかわいそうな子ずいうレッテルを自分で貌り付けおいたのだった。

ただ䞍幞の欠片はそれ以倖にもある。私は昔から霊䜓隓が倚く、母芪の家系が仏教家系ずいうこずもあり、因瞁やカルマ、霊媒䜓質ずいう傟向が匷いのかもしれない。ずにかく数々の霊珟象にも悩たされおいた。実際に霊を芋たこずはない。芋ないようにスむッチを切っおいる。芋おしたったら意志の匱い私は気絶するだろうから。でも䞍思議な珟象たちは物を䜿っおこちらにアピヌルしおくる。や぀らは䞉次元的な物の動きをしない。あきらかに異次元の気配を醞し出しおくる。

倜が怖い、霊が近寄っお来るのが怖い、倜䞭の時になるずダツらはやっおくる、床重なる霊䜓隓で぀いに私は歳のころノむロヌれ気味になっおしたった。その時に出䌚った霊胜者が人生で私を救った䞀人目の人だった。


コントロヌル䞍可のテレパシヌは恐怖である

ちなみに人の心が読める力は今でも健圚で、波長が合えばわかっおしたう。しかしその「読み取り術」は垞にコントロヌルできるわけじゃなく、急に盞手の本心が「ドンッ」ず入っおくるから䞍安定で、怖かったりする。聞かない方が良かった情報に限っお知らされおしたう。

たたそれは知り合いだけに限ったこずではなく、コンビニで買い物をしおいたらレゞスタッフさんの心の思いが瞬間的に飛び蟌んで来たりするずか。そういうこずもある。

なんなら、パや蜘蛛やカメムシ、挙句はあのGの思念たでも飛び蟌んでくるこずがある。虫の思念はメッセヌゞ性が匷い。圌らずの䌚話はずおも楜しいので、もっずこの術を匷化したいずさえ思っおいる。人間の思念はネガティブなため、それを受けるずネガティブ波動の圱響を受けおかなり疲劎する。虫ずだけ䌚話できるようにコントロヌルできればいいのだけれど。

歳に出䌚った霊胜者は本物だった。お金は䞀切取らない。喫茶店を経営しおいたのでコヌヒヌ代だけで良い、ず蚀う。病気も治しおしたう。もちろん心の病も治しおしたう。圌いわく、病気も心劎も霊の仕業だから、浄化すれば治るらしい。この話は別のnoteで詳しく曞いおみたい。本圓におもしろい話がいっぱいなのである。

霊胜者からの霊䜓隓を克服するアドバむス、それは108粒の長いお数珠を買っおきお、毎日ご先祖に般若心経を唱え感謝するこず。そのお数珠を垞に銖にかけお過ごす。それだけ。お祓い䜕十䞇円、ご祈祷䜕十䞇円、壺🏺䜕十䞇円、なんお䞀切すすめられなかった。

その日から欠かさずお祈りず感謝の日々。父芪が暎れようが、人間の醜い思念が飛び亀っおいようが、祈りず感謝で日々過ごすようになっお、それからパタッず霊珟象が消えたんだから本圓にすごい。


そしお人生最倧の䞍幞が襲う

さお、私の過酷で奇劙な人生、これで䞍幞は終わりではない。

その埌、神様は私に曎なる人生の苊行をお䞎えになった。倩は人の想像をはるかに超える出来事を甚意しおくるものだ。毒芪の問題が過去になり、ようやく自分の人生を歩き始めたころ、私は人生の䞭で最も぀らく苊しい出来事に盎面するこずになる。それは、実の子どもずの生き別れだった。

この出来事は、私の人生の䞭で間違いなく最倧の地獄であった。毒芪問題も぀らかったけれど、それずは比べものにならないほどの苊しみ。蚀葉にするず簡単すぎるけど、実際に起きたずきの感芚は、たるで自分の人生の土台が根こそぎ厩れおしたったようなものだった。身䜓の胞の奥がぜっかりず空掞になったような感芚ず、どこにも出口のない暗いトンネルの䞭に攟り蟌たれたような感芚。その䞡方が同時に私を地獄ぞ突き堕ずした。

マゞで胞をえぐられたような苊しみだった

それからは、眠れなくなり、食べられなくなり、身䜓の感芚がどんどんおかしくなっお粟神の痛みは、やがおそのたた身䜓を蝕んでいく。脳も、身䜓も、䞀気に削られるような感芚。倧げさではなく、本圓に死の淵をさたよっおいるようだった。

人はなぜ、こんなにも苊したなければならないのだろうか。どうしお人生には、こんなにも逃げ堎のない出来事が起きるのだろうか。もしこの苊しみに意味があるずしたら、それは䞀䜓䜕なのだろうか。哀しみずどうしようもない怒りで私は完党に心が厩壊した。

そんなずきに出䌚ったのが仏教だった。

仏教の教えを知ったずき、私は正盎、かなり驚いた。だっお仏教は「自分を匷くする」話ではなかったから。むしろ逆で、「我自分を手攟しおいく」ずいう考え方だった。

仏教は科孊だ

最初は意味が分からなかった。私が最初に読んだ本、これは驚異的だった。党く自分の想像を遥か超えお、仏教ず蚀うより量子力孊やスピリチュアルな内容だったから。これは本圓に䜛教の教えなのか


私の曟祖父は明治時代に京郜・䜛教倧孊の孊長を務めおいた。蚘録によるず法隆寺で「仏教・唯識」を研究しおいたずいうこずもあり、法隆寺倧奜きの私は必然的に「唯識」に興味を持った。

最初に遞んだ「阿頌耶識の発芋暪山鉱䞀」の本は、我ながら仏教を孊ぶ本ずしお最初に遞んだこずを絶賛したくなるほどGOODチョむスであった。あたりにも仏教ぜくなくお、あたりにも面癜くお、むしろ「こんな䞖界が本圓にあるのか」ずいう、仏教本ずいうよりファンタゞヌ本を読んでいるかのようだった。

もずもず分厚い本ではないが、意味が分からないたたでもあっずいう間に読み終えた。意味が分からないのに面癜かった。のちにこれは「科孊の本だ」、ず思うのであった。その内容は、量子力孊や、仮想珟実の䞖界芳である。これが仏教なのか

唯識は、あの孫悟空で有名な䞉蔵法垫玄奘が呜懞けでむンドぞ孊びに行った教孊だ。玄奘げんじょう䞉蔵法垫は、䞭囜の孊びだけでは飜き足らず、死ぬかもしれない過酷の旅をしおたで唯識に興味を抱いた。そしおその教えを長安に持ち垰り、それが遣唐䜿たちによっお日本にもたらされた。


玄奘さたが歩いた道のり今なら飛行機でひずっずび

そんな呜懞けの教えを、1500幎の時を経お私がいたこの時代に、苊しみもがいおいる䞀人の人間ずしお読み、䞀気にその地獄の苊痛が消えおしたったのだから驚きだ。倧げさでも嘘でもない。この本を読み終えた時には自分は最匷の苊しみから解き攟たれ、私は自由になったのだ。

仏教は苊しみから離れられる教えを語っおいる。

仏教は、葬匏や行事などのためのものではない。お釈迊様は、人間が苊しみから解攟されるために、そのノりハりずツヌルを埌䞖の人々に䌝え残した。それが2500幎経ったいたでも生きお掻甚されおいる。仏教の本圓の意図は「苊しみからの解攟」だ。それは「仏になるこず」

仏教は、人間は「仏になる」こずが共通の䜿呜だず蚀っおいる。それは宇宙の理ず調和し、宇宙のルヌルに則り、宇宙の䞀郚ずしお生きる。そんな、科孊的でロマンティックな内容なのだ。

それを科孊的な論文ずしお埌䞖の匟子たちが蚘した論曞が「唯識」である。

仏教は知れば知るほど驚異的な内容だ。それは量子力孊ず党く䌌おいる。むしろ私は同じだず思っおいる。2500幎前に、むンドでは量子論を語っおいるずいうこずになる。ずにかく仏教はおもしろい。

仏教は量子論

仏教は、この䞖のしくみが䜕で出来おいるかを最小単䜍たで萜ずし蟌んで研究された論であり、それは珟代の量子論ず党く同じなのである。

科孊が最小単䜍たで研究しおいるのは、この䞖がどのように䜜られおいるかを数匏で蚌明するためのものであるのに察し、仏教は「人間の心が倉革されるためのツヌル」ずしお研究されたものだずいうこずだ。

空ずか、唯識ずか、無我ずか、、、仏教は、「自分をなくしたしょう」ず蚀っおいるわけではない。ただ、自分に匷くしがみ぀きすぎないこず執着からの解攟。それだけでも、人はずいぶん楜になる。そのこずを仏教はずっず前から教えおいたんだず思う。


もちろん、偉そうに語っおいる私もただ修行䞭の身。むしろ今でも普通に腹が立぀し比べおしたうし自分を守ろうずしおしたうそんな毎日だ。

ただ䞀぀違うのは、「あ、今たた我が出おるな」ず気づけるようになったこず。ここでストップすべきだったのに、たた倱敗しちゃった、ず反省できるこず。

このnoteでは、・仏教の考え方・心が軜くなる芋方・人生の苊しさの仕組みそんなこずを、曞いおいきたい。教科曞では教えない、違う芖点からの仏教を䌝えおいきたいず思う。

私もただ修行䞭の身。圚家でできるこず、圚家でしかできないこずを䌝えたい。でも人生最埌には奈良のどこかのお寺で身を収めたいなぁ、ずいう倢を持ち぀぀。。。



いいなず思ったら応揎しよう