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人はどうして「苦しい」のか_低迷期な自分にお釈迦様の話

苦しみの根本原因

苦しいし悲しいしつらいし、最近ちょっと運勢が落ちていて低迷期まっただなかです。今年に入ってから大好きな人が亡くなったり、仕事面では悔しいことや悲しいことが続いたり。凹んでもすぐに立ち上がる性格なのでなんとかもちこたえていますが、3か月でこうもたくさん苦しいことが続けば、落ちては這い上がり落ちては這い上がりのペースが速すぎて、ついに体調崩してダウンしました。

私は在家ですが、お釈迦様と玄奘三蔵と空海に仏道を全うすることを誓っていますので、人生の楽しみは仏教の勉強以外ほかありません。仕事、仏教、食べる、寝る、という人生のルーティーンです。

そして仏教は勉強だけでなく、仏教活動にいそしむことも誓いの中に含まれており、本当に人生の時間が足りなくて、、日々の時間の流れが早すぎて、焦ってはいけないと分かりつつ日々焦っています。そんななか、うまく事が運ばないと哀しくなり、つらいことが続いて心が折れたり凹んだり、人間ですから苦しみはちゃんと感じています。ただし、教えの通り生きています。

仏教では、人間の苦しみの原因を「無知」にあると説いています。

ここでいう無知とは、単にものを知らないという意味ではありません。この世の本当の仕組みを知らないことを指しています。私たち人間は皆、この無知の状態で生きているのだといいます。真実が分かっていないから、人生が迷いの連続になってしまうということなのです。

たとえば——
交通ルールがまったく分からないまま道路を歩いたらどうなるか?

信号の意味も分からない。
車の危険性も知らない。

そんな状態で道を歩けば、車にぶつかって苦しい思いをします。余談ですが私は若いころミニバイクで信号のない交差点を突っ切った時に車にぶつかって10メートルも吹っ飛ばされて痛い思いをしました。無知は本当に命取りです。

そこでちゃんと「一旦停止」「赤信号では渡らない」というルールを知っていれば、その痛みは避けられたはずです。

つまり苦しみの原因は、世の中のルールを知らなかったことにあると考えられます。人の人生の苦しみも同じではないでしょうか。

この世には、人間関係や欲望、執着、怒りなど、さまざまな苦しみが生まれる「仕組み(縁・因縁)」があると言われています。けれど私たちは、その仕組みを知らないまま生きています。

何がいけなかったのか分からない

だから、トラブルに巻き込まれて痛みを受けても、「なぜこんなことが起きるのか」「どうして私がこんなことに」原因が分からないことも多いのではないでしょうか。

車にぶつかったから痛いのだ、と原因が分かれば、次から気をつけようと思えます。しかし人生の苦しみは、そもそも原因が見えないことが多いものです。そのため同じような痛みを、何度も繰り返してしまうのかもしれません。

仏教では、この迷いの連鎖を「十二縁起」という教えで説明しています。

無明 → 行 → 識 → 名色 → 六処 → 触 → 受 → 愛 → 取 → 有 → 生 → 老死

苦しみには原因があり、原因があるから結果が生まれる。そのつながりを見つめていこうとするのが、十二縁起の考え方です。

私たちは、この世の真理が分からないまま生きています。だから今までの経験や記憶を頼りに判断するしかありません。けれどそれだけではこの世の本当の仕組みを見て生きているとは言えないです。

判断を誤り、物事が思うように進まず、そこに苛立ちや憎しみが生まれ、そして争いになり、結局は自分自身が苦しむことになる。

仏教の教えは、そうした苦しみの仕組みを見つめようとするものだと思います。

十二縁起は、その苦しみの流れを読み解くためのとても大切な考え方です。仏教の教えは、人生の苦しみを軽減するための有難い情報なわけです。十二縁起はとても深い考え方でもあり、単純なエネルギーの連鎖とはいえないところがあります。
そのため幾つかの記事に分けて書いていきたいと思います。

苦しみのしくみ「十二縁起」の説明はまた次回👐


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