最高の復讐は、幸せになること。
現場で仕事をしていたときのことだ。
ある日、いきなり怒られた。
予告なし。
前フリなし。
原因説明なし。
いわば、**「突然始まる説教ライブ」**である。
しかも、俺は何も悪くない。
「え、俺ですか?」
心の中では、そう思っていた。
もちろん、口には出さない。
会社員には、言ってはいけないことを察知するセンサーが標準装備されている。
俺も長年の会社員生活で、そこだけは鍛えられていた。
怒られる理由が、見当たらない
その人は、現場のプロパーだった。
つまり、その会社の社員。
俺たち外部の人間に仕事を振る立場だった。
ところが、その人から来る仕事は、いつも丸投げだった。
「これ、お願いします」
以上。
仕様?
背景?
目的?
期限?
知らん。
「あとはよろしく!」の一言で、ボールだけ飛んでくる。
しかも、そのボールには説明書が付いていない。
俺は現場に2年間いた。
その間、その人についての「いい話」は、ほとんど聞かなかった。
逆に、
「また、あの人か……」
という話は、よく聞こえてきた。
人間、面白いものである。
本人がいないところでは、情報共有が異常に速い。
Slackより速い。
ChatGPTより速い。
もしかすると、会社で一番性能のいい通信インフラは「人の噂」なのかもしれない。
そのとき、俺は腹が立った
もちろん、怒られた直後は腹が立った。
「なんで俺が怒られなきゃいけないんだよ」
そう思った。
理不尽なことをされたら、誰だって腹が立つ。
家に帰ってからも、思い出す。
風呂に入っていても思い出す。
布団に入っても思い出す。
そして、寝ようとすると脳内で再上映が始まる。
「本日の嫌な記憶、アンコール上映です」
いらない。
そんな映画、金を払ってまで観たくない。
でも、人間の脳は勝手に上映する。
しかも無料。
でも、あるとき気づいた
怒ったところで、相手は変わらない。
文句を言ったところで、過去は変わらない。
そして一番もったいないのは、
その人のせいで、自分の気分まで悪くなることだった。
これって、よく考えると変な話だ。
相手は仕事を終えて帰っている。
俺は家に帰ってまで、その人のことを考えている。
相手はビールでも飲んでいるかもしれない。
俺は布団の中で、
「なんであんな言い方を……」
と反省会を開催している。
参加者、俺ひとり。
議長も俺。
書記も俺。
被害者も俺。
そして会場費まで俺持ち。
完全に割に合わない。
最高の復讐は、幸せになること
そこで、ひとつの考え方に行き着いた。
最高の復讐は、相手を不幸にすることじゃない。
自分が幸せになることだ。
これは、きれいごとではない。
むしろ、かなり現実的な話だと思っている。
嫌な人間のために、自分の人生を使わない。
これだけでいい。
相手を見返そうとすると、ずっと相手を見続けることになる。
「今ごろ、どうしているかな」
「俺が成功したら、あいつはどう思うかな」
これでは、結局まだ相手に人生のハンドルを握られている。
復讐するために、相手のことを考え続ける。
これほど皮肉なことはない。
それは復讐というより、
自分から相手に家賃を払って、頭の中に住まわせているようなものだ。
しかも家賃、無料。
相手は得をしている。
だから、俺は自分の人生に戻る
仕事で嫌なことがあった。
人から理不尽に怒られた。
ムカつくこともあった。
それでも、そこで人生を止めない。
走る。
本を読む。
好きな映画を見る。
投資について考える。
うまいものを食う。
そして、自分の人生を少しずつ面白くしていく。
結局、それが一番強い。
嫌な人間に勝つために頑張るのではない。
自分が自分の人生を楽しむために頑張る。
こっちのほうが、ずっと健全だ。
「見返してやる」から卒業する
若いころの俺は、
「いつか見返してやる」
と思ったこともある。
オレも昔はそうだった。
でも、今は少し違う。
見返さなくていい。
そもそも、相手がこっちを見ているとは限らない。
見返す相手が、こっちを見ていない。
これ、考えるとちょっと面白い。
一人で振り返って、
「どうだ!」
と叫んでいる可能性すらある。
それなら、そんな舞台から降りたほうがいい。
自分の人生の主役は、自分だからだ。
幸せになることは、逃げじゃない
嫌なことを忘れる必要もない。
理不尽なことを、
「いい経験だった」
と無理やり美談にする必要もない。
腹が立ったら、
「あれは普通にムカついた」
でいい。
人間だから。
聖人君子になる必要なんてない。
ただ、その出来事に人生の主導権を渡さない。
これが大事だと思う。
嫌な人間にされたことを、何年も引きずる。
それは、
一発殴られたあと、自分で何百回も自分を殴り続けるようなものだ。
もう十分だ。
一回殴られたなら、そこで終わりにしていい。
俺が欲しいのは「勝った証明」じゃない
昔は、
「成功して、あいつを見返してやる」
と思った。
でも今は、
「あいつのことなんて、どうでもいいと思える人生にする」
ほうが、はるかに強いと思っている。
これが本当の勝利なのかもしれない。
相手の不幸を願うより、
自分が笑っている時間を増やす。
嫌な人間のことを考える時間を減らして、
好きな人、好きなこと、これからの人生に時間を使う。
そのほうが、圧倒的にコスパがいい。
人生という限られた時間を、
嫌な人間にプレゼントするほど、俺は暇じゃない。
だから今日も、自分の人生を生きる。
うまいものを食って、
好きな本を読んで、
走って、
笑って、
自分の好きな場所へ進んでいく。
そして、いつか振り返ったときに、
「あれ? そんな人、いたっけ?」
となればいい。
それで十分だ。
最高の復讐は、幸せになること。
そして、その幸せを、
相手に見せる必要すらない。
自分が幸せなら、それで勝ちだ。
