タイ編18. 甘すぎる牛乳と、異国で聞いた「お先に」という言葉。|7日目 前編
パタヤの最後の朝、僕はタイの牛乳に完敗した。
お腹を壊すのが怖くて避け続けていたけれど、もう帰るだけだし「えいや」と飲んでみた。
……ミルクアイスをそのまま溶かしたような甘さ。ジュースを水で割って飲むほどの甘党な国が、牛乳までこれほどとは。
タイに来て6日。この国にはまだまだ驚かされる。
日記:2002年8月24日 パタヤ、朝。
珍しく、ちょうどいい時間に目が覚めた。最終日の朝だ。
テキパキとカバンを用意して朝食へ向かう。「明日の朝はもうここで食べられないんだ」と思うと、自然と皿に盛る量も多くなる。
ロビーで迎えを待っていると、一人のタイ人女性に話しかけられた。日本語が驚くほど上手で、顔立ちもどことなく日本人に似ている。仕事で日本人と接する機会が多いらしい。
驚いたのは、彼女の「礼儀」だった。
僕の前に座る時、「座っていいですか?」と尋ね、立ち去る時には「それじゃあ、お先に失礼します」と挨拶を残していった。
異国の地で、日本でも忘れられがちな美しいフレーズを聞いたことに、僕は深く感銘を受けた。言葉の壁にぶつかり続けてきたこの旅で、言葉より先に「振る舞い」で心が通じ合う瞬間があるんだと気づいた。
迎えのバスに乗り、パタヤ沖の「ラン島」へ。
クルーザーで20分。
島に着き、まずは一泳ぎ。でも、日本の海より塩分が濃いのか、肌がベタベタしてすぐ飽きてしまった。
お昼ごはんは、この旅で初めての豪華なシーフード。ラストスパートとばかりに、これまでの旅で一番と言えるほど、夢中で食べた。
青い海を眺めながら食べるシーフードは、貧乏旅行の締めくくりとして、あまりにも贅沢すぎた。
44歳の今、振り返って。
あの「お先に」という一言が、今も忘れられない。言葉が完璧であることより、相手を思いやる「型」を持っていることの方が、ずっと世界を優しくするんだと思う。
【ヒルティ:『幸福論』より】
「礼儀正しさは、自分の心の平安を保つための最良の手段である」
彼女がパパに敬意を払ったとき、その場には穏やかな空気が流れた。どんな言語であっても、礼儀は人と人の間に静かな橋を架けてくれる。
【アラン:『幸福論』より】
「礼儀とは、自分を制することであり、それによって他人の自由を尊重することである」
異国の地で聞いた「お先に」という言葉。それは、お互いの時間を尊重し合う美しい合図だった。言葉の壁を超えた「人間としての品格」に触れた瞬間だったと、今なら思う。
次回は「7日目 中編」。
全財産250バーツ。雨の夜、トゥクトゥクの運ちゃんが見せた不器用な優しさ。
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