香港編4. チョンキンマンションで両替、地元の飲茶で点心。|2日目 前編
朝7時半、起床。
昨晩あれだけ夜更かししたのに、よく起きられたものだ。
部屋の窓を開けると、香港の朝はすでに活気にあふれていた。
クラクション、行き交う人々の声、屋台の湯気。
「ああ、本当に他国に来ているんだ」
そう実感した瞬間、早く街に出たくてウズウズした。
ところが、Y さんはローテンションのまま、まだ眠そうにしている。
昨日の夜、早々と寝てしまったのにこの様子。旅は体力勝負だ。
日記:2002年9月 香港・飲茶の茶楼にて
LGHで仲良くなった日本人旅行者たちに「飲茶に行かないか」と誘われた。
もちろんOKだ。
昨晩あれだけ語らった仲間と朝ご飯を食べに行ける幸運は、旅ならではだと思う。
連れて行ってもらったのは、観光地ではない地元の人が行く食堂だった。
ガイドブックには載っていない、いかにも普段使いの店。
席につくと、初めての光景に出会った。
熱いお茶で、これから使うカップをまず洗う。
「えっ、洗うんだ」
教えてもらいながら見よう見まねでやってみる。それだけで、なんだかもう旅の中にいる気がして楽しい。
ワゴンで運ばれてくる点心を指差しで頼んでいくと、気づけばテーブルがぎっしりに。
焼売(シウマイ)、餡饅(あんまん)、海老蒸し餃子(ハーガウ)……。
観光地ではない店なのに、皮はもちもちで本当に美味い。地元の人が日常的にこれを食べているのか、と思うと羨ましくなった。
そして、飲んだプーアル茶が絶品だった。
日本で飲むお茶とは全然違う独特の味と香り。少し発酵したような、土っぽいような……でも不思議と飲み続けたくなる。
「これが本場の茶か」と感動しながら、何杯も飲んだ。
朝食を終えて、向かったのは重慶大厦(チョンキンマンション)だった。
ここは噂に名高い、ちょっと危ないエリアだ。
LGHの中の掲示板にも書いてあった。
「重慶大厦でゲームをした日本人がトラブルに巻き込まれたので注意してください」
宿泊はまずやめた方がいい場所らしい。日中の両替なら大丈夫だが、油断禁物。周囲に気をつけながら向かった。
それでも、ここに来たかった。
沢木耕太郎の『深夜特急』にも出てくる、重慶大厦。
バックパッカーにとってはある意味、聖地のような場所だ。
危なさがあっても、せめて両替くらいはここでやってみたかった。
それが、僕にとっての旅の儀式のようなものだった。
ガイドブック通り、2か所を比べて一番レートの良い店で両替。空港よりかなり良いレートで換算できて大満足だ。
無事に建物を出た時、ふと「ここに来た」という事実だけで嬉しくなった。
こういう「ひと手間」が旅を豊かにする。

44歳の今、振り返って。
旅先で食べたものの記憶は、その旅を丸ごと思い出させてくれる。
飲茶で食べた点心、プーアル茶、深夜の屋台のラーメン……。
食べることは、記憶することだ。
【ブリア=サヴァラン:『美味礼讃』より】
「あなたが何を食べているかを言ってみよ。あなたが何者であるかを言い当ててみせよう」
その土地の人たちが毎朝食べているものを、同じように食べる。
たったそれだけのことが、旅を本物にする。
【老子:『道徳経』より】
「足るを知る者は富む」
危ないと言われる重慶大厦にわざわざ両替に行った話を、今読むとほほえましい。
でもあの「自分なりの聖地に足を運ぶ」姿勢が、20歳の僕にとっては大事な儀式だった。
大きな観光地より、小さな「自分の物語」を持つこと。
それが旅を豊かにする。
次回は「香港2日目 中編」
ロレックスに似ている時計
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