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タイ編17. 禁断の果実ドリアンが、タワージャンプより怖かった|6日目 後編

パタヤに着いた午前中、僕は高さ170mのタワーから空に飛び出した。

開始1秒で、恐怖は消えた。

そして夕方、人生最大の強敵に出会った。

禁断の果実ドリアンだ。


■ 日記:2002年8月23日 パタヤ、冒険と混沌の1日。

午前中にパタヤへ到着。空は驚くほど晴れ渡っている。
朝6時にチェンマイにいて、昼前にはバンコクを経由してパタヤにいる。
移動距離と時間の密度にクラクラするけれど、「あの地獄の早起きも、この景色のためなら悪くない」と初めて思えた。

パタヤの街は、白人の観光客であふれかえっている。
砂地の上に無理やり道を作っているせいか、至るところで工事や舗装が繰り返され、その傍らには打ち捨てられた廃ビルが平然と転がっている。
リゾートの華やかさと、発展途上の荒々しさが同居する不思議な街だ。
チェックインしてシャワーを浴びる。
窓の外には青いプール。
「これぞリゾートじゃん!」と一気にテンションが上がった。

少し休んでから、今回の目玉「パタヤパークタワー」へ向かう。
本当はバイクタクシー(モーターサイ)を使いこなしたかったけれど、どれが営業用か分からず断念(後で、道端でベストを着ている人たちだと知った)。結局、安定のソンテウでタワーに乗り込んだ。

タワーに来た目的は、最上階からの「降下」だ。
エレベーター以外の降り方が3種類あるのだが、僕は迷わず「1人用」を選んだ。
命綱をつけたバーにただぶら下がって地上へ降りる、文字通りのダイブ。
20歳の「成人式」代わりに、この恐怖を乗り越えてやろうと思ったんだ。

順番を待つ間、前の人たちを観察する。
僕の前にいたレゲエ風の黒人男性は、そのワイルドな外見に似合わず、誰よりもビビりまくっていた。
挙句の果てに「先にどうぞ」と順番を譲ってくる始末。
一方で、中国系のおばちゃんは「オーレオーレ♪」と鼻歌交じりで余裕の表情。
カオスすぎる。

いよいよ僕の番。
係員が僕をバーに吊るし、セーフティチェック。
「OK!」
……いや、もうOKかよ!と思っている暇もなく、僕はパタヤの空へと放り出された。

「気持ちいい……!」
開始1秒で恐怖は消えた。地上170m、パタヤの海風を全身に浴びて空を飛ぶ感覚。
あまりの自由さに、思わず両手を大きく広げた。
いつかスカイダイビングをやりたい、という気持ちに火がついた瞬間だった。

地上に着き、一服。
冷静になると、空で両手を広げていた自分が急に恥ずかしくなって赤面したけれど、後悔はない。
あの瞬間、僕は確かに「異国の風」を心から感じていたんだ。

腹が減った。ソンテウで街へ戻り、『地球の歩き方』で調べたフードセンターを探す。 ところが、これが全く見つからない。
道を聞いた綺麗なお姉さんが、実は「綺麗なお兄さん」だったりするパタヤの洗礼を受けながら歩き続ける。

そんな時、ある意味タワージャンプより恐ろしい相手に出会った。
念願の、そして禁断の果実「ドリアン(トゥリアン)」だ。
実はパタヤに来る途中にビールを飲んでいた。
「アルコールとドリアンを合わせると死ぬ」という話が脳内をよぎる。
店のおじさんは「2〜3時間あければ大丈夫さ」と適当に笑うが、横で奥さんが「あんた適当なこと言わないの!」と猛ツッコミを入れている。
「……よし、半日経てば大丈夫なはずだ」
自分を納得させ、300B(900円。タワージャンプより安い!)を払って購入。
これが本当の「命がけの成人式」になるかもしれない。

まずは路上で一口、味見(毒味)。

……まずい。
なんだこれは。 玉ねぎを炒めすぎて、甘いんだか腐ったんだか分からなくなったような味。
一口でもういらない。残りはホテルに持ち帰るべく再ラッピングしてもらうが、お土産袋から漏れ出す異臭が凄まじい。周りに絶対気づかれている。
コソコソと人混みを避け、ようやく目当てのフードセンターへ滑り込んだ。

そこは観光地とは思えないほど安くて庶民的な場所だった。
食券を買い、おばちゃんに渡し、本場のタイ麺をすする。
味は……不気味だ。
香辛料と砂糖。辛さと甘さが殴り合っている。
でも、「これを食べなきゃタイに来た意味がない」という言葉が、不味さの中に妙な説得力を持って響いた。
配膳してくれたお姉さんの声がまるで男性のように太かったことも、貧乏旅行なのに、海外のビーチを観ながら優雅にのんびりと過ごしたことも、すべてがパタヤの思い出として刻まれていく。

日も落ちてきて、道を歩くと明らかに怪しい葉巻を指さして「いる?」とか、 明らかにおかまバー(ゴーゴーバー)の前で「安いよー」とかの声掛けを横目で見ながらも、カバンの中のドリアンをまず何とかしたいので口直しのコーラとスプライトを買い、ホテルに戻った。

ホテルに戻りドリアンとの最終決戦を開始。

「さあ、食うぞ!」

意気込むが、鼻を突く匂いに手が止まる。一口食べて、半泣きになった。
笑えるくらい、やっぱりまずい。

結局、10分後には匂いだけを形見として残し、ドリアンはトイレへと流れていった……。

トゥリアン(ドリアン)、君は値段よりも遥かに高い、一生モノの思い出をくれたよ。
ありがとう、さようなら。
タイで過ごす最後の夜は、あの独特の香りと共に、あっという間に過ぎていった。


■ 44歳の視点:偉人の言葉

今の僕が振り返ると、あの日「自分の限界」を遊びながら試していたんだなと思います。

【アラン:『幸福論』より】
「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである」
高い所から飛ぶのも、不味いドリアンに挑むのも、すべては「楽しもう」という強い意志があったから。あの夜、恐怖や不快感さえも、自分の意志で「冒険」に変えられた気がする。

【マザー・テレサ:『愛と祈りの言葉』より】
「大切なのは、どれだけたくさんのことをしたかではなく、どれだけ心を込めたかです」
たとえドリアンを完食できなくても、一生懸命に挑んで、その不味さにのたうち回った経験には価値がある。結果よりも、その瞬間にどれだけ心が動いたかが、人生の深みになるのかなと思う。


次回は「7日目 前編」

『お先に』という言葉

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最初から読む方はこちら→ https://note.com/siokomepapa/n/n6032e7e1cf05

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