カナダワーホリ編1 出発の日、準備が終わらない|1日目①
2003年10月3日 深夜3時 自宅
いまだに、準備が終わってない。
夜中の3時。飛行機は次の日の昼に発つ。
なのに、部屋には荷物が散らばったままだ。
今日は朝からバタバタだった。午前は色々買い物などして、昼からは友人Sと会ったあとに、夕方には一緒に香港に行ったYさんへ会いにコンビニに寄って、夜、友人NとAに借りてたCDを返しに行った。
友人Nから借りてた2枚組CDが1枚ないのに気づきそのまま返す。
「ゴメン、1年後に返す!」と笑いあう。
Nの家で、めずらしく酒も飲まずに長話しをしてしまう。
この時点で、深夜0時。
マジでヤバい!次の日の昼には発つのに、明らかに終わってない。
ピンチだと思いながらも、この時間も大事なので、なんとかなるさ、と…。
そこへ、Mからも連絡が来て、Nの家まで来てくれた。しばらく会ってなかったから、会えて良かったよ。それに、わざわざ手紙もくれて。
妹がくれた手紙より多く書いてる(笑)。
その後、ちょっと話して帰宅。用意しなきゃと思いながら……爆睡。
朝7時半
起きた。本格的にマズイ。時間との戦い。
休みなしに用意をした。リュックに入らなくて焦る。
父がカバンを出してくれて、本当に助かった。その途中で叔母さんが来てくれて、泣かれて、困った。感傷にひたるヒマがないほど焦っていた。
8時45分ごろ
出る前に、ばあちゃんに会ったら、ばあちゃんも泣いちゃって……(困)。僕も思わず泣きそうになる。
とりあえず、なんとか出発!空港に向かうため電車の駅まで送ってくれた母と一言交わす。
「からだに気をつけて…」
「うん、いってきます。」
リュックの重いのなんのって。プラス、スーツケース10キロ。
久びさに(タイのときから)この重さを味わった。
44歳の今、振り返って
読み返して、まず笑ってしまった。出発前夜だっていうのに、CDを1枚なくしたまま「ゴメン、1年後」で返してたり、友達の手紙の"文字数"を張り合ってたり。どうでもいいことばっかり、やけに細かく書いてある。
肝心の「荷造り」は、朝までほったらかしだ。
当時の僕は、たぶん、旅立ちの重大さを本気ではわかっていなかったんだと思う。「成せば成る」なんて、都合よく自分に言い聞かせて、結局ギリギリまで友達としゃべってる。若い。若すぎる。
ただ、一個だけ。今読むと、ちょっと胸がつまる。
この日記、荷物のことより、来てくれた人の名前ばっかり出てくる。
そのときの僕は、リュックの重さには文句を言ってるくせに、そっちの重さには、まるで気づいてない。気づいてたら、あんな軽い調子じゃ書けなかったはずだ。いちばん重かったのは、たぶん、スーツケースじゃなかった。
偉人の言葉
老子
「千里の道も一歩から」
たいそうな言葉だけど、あの朝の僕の"一歩"の実態は、腰を痛めながら、重すぎるリュックを背負って、玄関を出ただけ。かっこよくもなんともない。でも、どんな旅も、始まりなんてそんなものなのかもしれない。
アンドレ・ジッド
「新しい大地を見出すには、長いあいだ岸を見失うことを受け入れねばならない」
見送ってくれる人たちの顔。それが僕の「岸」だった。そこを離れないと、新しい何かは見つからない。あの朝の僕は、その意味の重さをわかっていなかった。
次回予告
いよいよ、飛行機に乗る。生まれて初めての一人での海外生活。
機内で僕を待っていたのは、期待でも興奮でもなくて――ふと、途方もない「さみしさ」だった。
noteタイ編(全20話・完結)はこちら
https://note.com/siokomepapa/m/mb05d5a2339ea
note香港編(全16話・完結)はこちら
https://note.com/siokomepapa/m/m9447cd37a178
このカナダ・ワーホリ編(連載中)のマガジンはこちら
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