エッセイしりとり企画参加|「ね」って言える相手がいること
うめこさんから、バトンを受け取りました。
素敵なバトンです✨
しかし、このバトン
「ね」から始まるエッセイ。
エッセイってなんだろう🤔
しかも、
「ね」から始まるタイトルで書くってなんだろう?

バトンを受け取った人たちの記事を、
「すごいなあ。よく思いつくなあ」
なんて呑気に読んでいた。
まさか、自分にまわってくるとは思っていなかった。
そして、まわってきた文字が、
「ね」。
ね……。
ね?
ねこ?
ねぎ?
ねむい?
違う違う。
そんなことを考えながら、
しばらく「ね」を眺めていた。
すると、ふと思った。
私、
普段けっこう「ね」って言ってるな。
「これ、美味しいね」
「ね、これどう思う?」
「ねーねー!」
「もう言わないね」
同じ「ね」なのに、
共感を求めたり、
意見を聞いたり、
呼びかけたり、
ちょっと怒っていたりする。
「ね」って意外と言ってる
でも、こんなに「ね」を使うようになったのは、
二人暮らしを始めてからなのかもしれない。

私は何十年も一人暮らしをしていた。
一人の暮らしは嫌いじゃなかった。
食べたいものを食べて、
好きな時間に寝て、
好きなように過ごす。
何かを決めるのも自分。
誰かに合わせなくていい。
一人だからこそ得られたものは、
たくさんあったと思う。
ただ。
一人の頃の私は、
「ね」と言うことがあまりなかった。
美味しいものを食べても、
「美味しい」
で終わる。
何か面白いものを見ても、
「へえ」
で終わる。
どうしようかなと思っても、
相談相手は自分なので、
「まあ、いっか」
で終わる。
全部、自分の中で完結していた。
そこに「ね」は必要なかった。
そんな私が、
ある日、強制的に二人暮らしにした。
……強制的に、というところは、
まあ、いろいろ置いておきましょう🤭
二人になった日から、
私の暮らしには少しずつ「ね」が増えた。
これ、美味しいね。
今日、暑いね。
ね、これ見て。
ね、これどうする?
ねーねー。
もう知らないからね。
もう言わないね。
……と言ったわりに、
しばらくするとまた話しかけている。
二人になると、
感情も少し忙しくなった。
一緒に笑う。
腹が立つ。
呆れる。
心配する。
安心する。
くだらないことで笑う。
どうでもいいことで言い合う。
一人だった頃より、
喜怒哀楽が豊かになった気がする。
私は一人でいると、
感情が、かなり乏しい。
悪い意味ではない。
静かで、
穏やかで、
それはそれで心地いい。
でも誰かと暮らしていると、
自分一人では出てこなかった感情が出てくる。
「あ、私こんなことで笑うんだ」
とか。
「そこ腹立つんや」
とか。
自分の知らなかった自分まで、
時々出てくる。
考えてみれば、
「ね」って不思議な言葉だ。
「美味しい」なら、
一人でも言える。
「暑い」も言える。
「面白い」も言える。
でも、
「美味しいね」
と言った瞬間、
そこには相手がいる。
同じものを見ている人。
同じものを食べている人。
こちらを向いてほしい人。
自分の気持ちを、
ほんの少し渡したい人。
「ね」は、
一人では完成しない言葉なのかもしれない。
一人で得られるものは多い。
でも、
一人では得られないものも多い。
どちらがいい、という話ではなくて。
私は長い一人暮らしのあとで、
二人で暮らしてみて、
「ね」と言える暮らしを知った。
「ね」から始まるエッセイなんて、
何を書けばいいんだろう。
そう思っていたのに。
探してみたら、
私の毎日の中には、
思っていた以上に「ね」があった。
ね、って言える相手がいること。
それって、
なかなか素敵なことなのかもしれない。

次は「と」から始まるタイトルのバトンになります。
気が向いたら書いてほしいな、と思う方へ
勝手にバトンを渡します☺️
🔺コンノさん…本当に勝手にすみません。
コンノさんが紡がれる言葉が好きなので気が向いたらお願いします🐱
🔺灯さん、勝手にすみません。
いつも素敵な音楽ありがとうございます✨
気が向いたらお願いします🐱
気が向いたら「と」から始まるタイトルでお願いします🙏

🔺うめこさんバトンありがとうございます🎵
🔺マイキーさん素敵な企画ありがとうございます✨
いつも、こっそり読んでいます🐱

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