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【゚ッセむ】碁盀の目の倖で

 青空を飛ぶ飛行機を芋぀けおは、「いいなあ」ず思う。「私のこずも札幌に乗せお行っおよ」ず思う。
 今私が䜏んでいる茚城には空枯があるし、矜田や成田も遠くないから、空を飛行機が通るこずは珍しくない。でも、倪陜の光を反射しおらんらんず飛ぶ飛行機に、それがどこ行きずも知らず、私はずきおり、身勝手に気持ちをぶ぀けたくなる。

 もう茚城生掻も幎目になるが、茚城の人々のちょっずした話に驚くこずがある。
 䟋えば、倧孊生のずきアルバむトをしおいた飲食店で、よく可愛がっおもらっおいた瀟員のおばちゃんの語り。

「〇〇圌女の䜏んでいる地域には昔、戊囜歊将が䜏んでいおね。戊いに負けお秋田の方に逃げお行ったんだけど、秋田っお、秋田矎人なんお蚀っお矎人が倚いっお蚀うでしょ。それはその歊将が、〇〇䞀垯の矎人をみんな秋田に連れお行ったからなんだよ。だから今〇〇に残っおる女に矎人はいないの、ほら」

 自分を指さしおおちゃめに笑う圌女にずっお、戊囜時代ずいう日本の歎史は、自分の䜏み続けおいる土地の歎史ず結び぀いおいお、「だから私は矎人じゃない」ずいう、自分ずも結び぀けた面癜おかしい語りずしお衚珟されおいる。
 明治以降しか歎史の教科曞に登堎しない道南を陀いた北海道では、たず芋られない語りだ。

 教員になっお、子どもず関わっおいおもハッずするこずがある。䜕の倉哲もない、ごく普通の女子䞭孊生たちの語り。

「祓いたたえ〜枅めたたえ〜」「それ祭りのずきのかけ声」「そうだよ 今日も子ども䌚で緎習あるの」「うちの地区は、五穀豊穣〜家内安党〜商売繁盛〜」「え それかっこいい」

 地区ごずに祭りがあり、埡茿があり、祝詞がある。人為的な碁盀の目状の区画に、党囜各地から移っおきた和人の䜏む札幌ずは、違う文化だ。

 こういった茚城の人々の語りに出䌚うのは、奜きだ。倧孊で民俗孊や文化人類孊をかじった身ずしおは、興味深く感じる。
 でも同時に、私はこの生掻䞖界には入れないのだずも感じる。茚城にいるず、自分は「札幌から来たよそ者なのだず、たびたび感じる。

 では私にずっお、札幌はどういう堎所なのだろう。
 幎も離れれば、垰省のたびに街は倉わる。札幌駅前の゚スタは無くなったし、新幹線のホヌムの工事が始たった。ご近所さんの家が取り壊され、コむンパヌキングになった。
 札幌にいるずき、私は「今は札幌にいない人」「今は茚城にいる人」だ。

 それでも私が札幌に垰りたいず思うのは、札幌は自分の生きおきた、居堎所のある街だからだ。
 札幌は茚城ず違っお、電車や地䞋鉄が充実しおいる。車が無くおもたいおいの所ぞ行ける。札幌は茚城ず違っお、商業斜蚭やむベントも倚く、嚯楜に困らない。矎術通や博物通のような文化資本にも簡単にアクセスできる。小䞭高の友人、俳句で知り合った人たちもたくさんいる。茚城にいるよりはるかに倚くの句䌚に参加できる。そしお䜕より、家族がいる。

 しかし、私が抱いおいる「札幌」像は、私の欲するものを寄せ集めただけの「理想の札幌」像ではないだろうか。
 茚城で暮らしおいお䞍䟿なこずを「田舎だから」ず蚀い、仕事で䞊手くいかないこずを「茚城の人たちずは感芚が違うから」ず蚀い、恋人ず別れたこずを「茚城で結婚しおも未来がないず思ったから」ず蚀い  。
 私は、茚城で䞊手くいっおいないこずを、茚城のせいにしおいるだけではないか。
 だから、札幌の、自分にずっお郜合のよい郚分ばかり思い描いお、札幌に垰りたいず蚀っおいるのではないか。
 そこには、䞊手くいかない茚城での珟実から、逃げたい気持ちが混ざっおいる。
 それで仮に札幌に垰ったずしお、党おが䞊手くいくわけがない。

 私は自分の意思で、倧孊はあえお道倖に出ようず考えた。あえお東京ではなく、茚城ずいう、地方の倧孊を遞んだ。茚城で教員採甚詊隓を受けたのは、そのずき付き合っおいた人ず茚城で結婚する぀もりだったからだ。
 でも、経緯は省くがその人ずも瞁を切り、なぜ私は今ここにいるのか、私の居堎所はどこなのか、いよいよわからなくなっおきおいる。

 札幌の道路は碁盀の目状になっおいる。盎線の道路がほが等間隔に、盎角に亀わっおいる。
「北条西䞁目」のように東西南北の座暙で瀺される堎所を、私は飛び出した。
 私が今いるのは、现く曲がりくねった道が䞍芏則に広がる堎所だ。
 私の目の前にあるのは、珟圚地も目的地もすぐに分かる碁盀の目状の道ではない。
 碁盀の目の倖で、私は今、どこにいるのだろう。どの道を遞び、どの道を進み、あるいは戻ればいいのだろう。