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【写真】ルーシー・リー3 庭園美術館新館(3回シリーズ)




の続きです。

こちらからは、新館の展示になります。

庭園美術館旧館の2階の展示室から階段を下りて新館に行くとき、入り口に戻りそうになったこと何回かあり少し分かりにくいです。

同じように迷う人がいるからか、スタッフの方が付近に立っていて行き方を教えていたりします。(建物が古いと動線が混乱するのが、ちょっと難点)

新館の設計は、久米設計が設計して現代美術作家の杉本博司氏がアドバイザーを務めています。

庭園美術館の新館(ホワイトキューブ)へと向かうガラスの通路(渡り廊下)

杉本氏がデザインした新館への渡り廊下のガラスの影が床や壁に映り込み太陽の光が差し込む角度や時間帯によって「ハート」や「蝶」の模様が床に浮かび上がるとSNSにありましたが

このガラスの表面に凹凸(おうとつ)が、外の自然光を乱反射させます。
床に映ったガラスの影

私が行った午後2時過ぎくらいの時間帯では、残念ながら影は蝶やハートではなく水底の波紋のように見えました。(何時ごろ行くといいのかな?)

外のテラス

新館は、ホワイトキューブでの展示になり作品に視線が集中します。

ルーシー・リー

作品そのもは、明るくて旧館より見やすいです。

「マンガン釉線文碗」ルーシー・リー1970年頃
ハンス・コパー

盟友ハンス・コパーの彫刻のような造形は、こんなのも土から生まれたのだと焼き物の概念を覆すものでした。

ハンス・コパー

作品を見るとハンス・コパーは、もう彫刻家とうくくりでいいのではないかと思ってしまいます。

ハンス・コパー

彫刻的な造形のハンス・コパーに影響を受けて、リーの器がより上に伸びていくような感じになってきました。

「刷毛目珈琲碗セット」濱田庄司 1925年制作

この当時、日本でコーヒーを飲む習慣があったのかな?バーナード・リーチの影響かもしれません。  

「掻き落とし文大鉢」濱田庄司 1923年頃

濱田は、民藝の「用の美」なので皇族のアールデコの旧館とは、もしかしたら合わないからこちらのホワイトキューブにあるのかと思いました。

民藝の濱田庄司といえば益子焼だけど、益子の素朴で健康的な土地柄に魅せられて移住したはずです。

日本の陶磁器のような「まないた皿」バーナード・リーチの妻ジャネット・リーチ 1969年
手前からルーシー・リー「鉢」1968年、「鉢」1968年、「ティーポット」1965 年

ルーシー・リーの作品にも東洋のデザインが取り入れられ、ティーポットの取っ手を竹製にしたものなどがあります。

「白釉鎬文花瓶」ルーシー・リー 1976年頃 ろくろで薄く引き上げられて、文様が東洋的
「青釉鉢」ルーシー・リー 1980年頃

同じ青釉鉢

偶発的ではない計算された色とかたち「青釉鉢」ルーシー・リー 1978年

焼き物は、「二つと同じものはない」というけれど私もお遊びでろくろをまわしたことがあるけれど、絶対同じものはできないです。

でも、リーは、こうやって年代が違っても色、形と同じもの(かなり近いもの)を作ることができるのは、経験の蓄積のほかに彼女なりに作り上げた焼成温度や釉薬の調合とかのレシピがあるからでしょう。

「黄釉線文鉢」ルーシー・リー 1972年 井内コレクション

流れにこちらでも展示になっていると思うが、勝手な思いつきだが、こちなんか本館にあるとちょっとおもしろいかもしれません。

(ヨーゼフ・ホフマン風の黒と白の市松模様の床のある部屋なんかどうだろう?)

展示場所が変わると同じ作品でも全く違う雰囲気に見えるではないかと思います。

「スパイラル文花器」ルーシー・リー 1970年代
「スパイラル文花瓶」ルーシー・リー 1980年頃

ダイナミックな造形は、ハンス・コパーの影響を受けているのか

「マンガン釉線碗」ルーシー・リー 1970年頃

掻き落としのラインを見るとリーの手の動きが見えるよう

「白釉鉢」ルーシー・リー 1970年台
「緑釉鉢」ルーシー・リー 1980年頃 井内コレクション

素人目ながら井内コレクションは、どれも素晴らしい!

「ピンク象嵌小鉢」ルーシー・リー 1975~79年
「ピンク象嵌小鉢」ルーシー・リー

同じマルチカラーの色合いの初期作品より釉薬のコントロールができていて、このときには既に彼女なりの鉱脈を掘り当てているように感じます。

「白釉ピンク線文鉢」ルーシー・リー  1984年頃  井内コレクション
搔き落としと象嵌の技法、釉薬とリーの制作活動の集大成のような「ブロンズ釉花器」ルーシー・リー 1980年頃 井内コレクション

第一印象は、「土から生まれたもうひとつの花」(なんか、花に見えませんか?)

一見、銅製品のように見えるが焼きものです。

リー作品によく見られる足元の分部に少し釉薬を塗り残しているので、重くなりがちなブロンズ色でも軽やかに見えます。

ブロンズ釉やリー独自の鮮やかなピンクの釉薬は、洗練された大人の中にリーの乙女心も残っているようで好きな色の組み合わせです。

リーの焼き物には、一貫してウィーン時代の美意識が息づきそのまま反映されていて、特にこのような晩年の作品にはハンス・コパーから影響を受けたであろう彫刻的な造形美も感じられます。

それらを包括し試行錯誤しながら辿り着いた境地が、この作品かと今回一番印象に残りました

そして、ウィーン工房、バーナード・リーチ、民藝関係、ハンス・コパーの交友関係

人とのつながりの中で生まれたであろうこの作品は、無人島でろくろをまわしていても決して作れないだろうなとも思いました。

ミュージアムショップ
バルコニーのテラス
右が旧館、左が新館

全体の感想

今回の井内コレクションの作品は、素人目で見てどれも本当に素晴らしいものばかりでした。

井内氏は、アメリカやイギリスのコレクターのように、自分がよいと思ったものを徹底的に集める情熱的なコレクターなのだろうなと感じました。

ウィーン時代のものやバーナード・リーチ、濱田庄司、ハンス・コパーなど半数近くが、リーの交友関係の作品でウィーン工房の影響は、終始感じられたが、途中からパートナーとなったハンス・コパーの影響がとても大きいように思いました。

そして、ときどき垣間見せる大地のような力強い表現は、バーナード・リーチ、濱田庄司の影響だろうか?

もしかしたら、全体的にリーの器は日本人の私のココロにもどこかしっくりくるものがあるので、中国の焼きものの影響とともに関係があるのかもしれません。

全作品の半数近くが他作家のものなので実質的には本人の作品は少ないが、(最近は、多過ぎると後半、雑に見てしまうので)もしかしたら初めて見るには丁度いい作品数なのかもしれません。

少し感じたこと
 
ルーシー・リーは裕福な家庭に生まれ、実家には当時、最新のデザインだった「ウィーン工房」の家具や日用品がたくさんあり幼少期から身近に美しいものがある環境で育ちました。

リーの作品を見ていて感じた幼い頃に触れた美意識は「三つ子の魂百まで」と死ぬまで生き続けるので、やはり感受性が豊かな子どもには、(リーの家のように身の回りに置くのは難しいとしても)ときどき美術館に行くような経験を先の中学生の男の子のようにするといいのかもしれないと思いました。

(きっと「何が美しくて、何が心地よいか」というのが理屈ではなく自然と体に沁み込んでいくものだから)

安田 侃(やすだ かん)の彫刻


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