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当たり前の中にある幸せ——空気に感謝するということ

今朝、ランニングをしながら、「今日の社長の一言では、何を話そうかな」と考えていました。

ふと空を見上げると、とてもきれいな青空が広がっていました。

深く息を吸うと、朝の空気もおいしく感じられます。

「きれいな空だな」
「気持ちのいい空気だな」

そう思った瞬間、20代のころ、あるお寺のお坊さんから教えていただいた言葉を思い出しました。

正確な言葉までは覚えていませんが、確かお寺に書かれていた文章について、次のようなお話をしてくださったのだと思います。

「空気は、いつも当たり前のように私たちの周りにあります。あまりにも当たり前にあるため、普段はその存在すら忘れてしまいます。しかし、空気がなければ、この世に生きる誰一人として生きていくことはできません」

空気は、私たちにとって最も身近にありながら、なくてはならない大切な存在です。

それなのに、普段の生活で「空気があってありがたい」と意識することは、ほとんどありません。

お坊さんは、そんな当たり前にある空気に感謝できるようになれば、日常の中に幸せを見つけられるようになり、人生もおおむね良い方向へ進んでいくと教えてくれました。

当時の私も、「確かにそのとおりだな」と思いました。

そして今朝、きれいな空を眺めながら空気を吸ったとき、その言葉を改めて実感しました。

空がきれいだと思えること。

空気がおいしいと感じられること。

そして、今日も生きていること。

それだけで、「自分は幸せだな」と思えたのです。

生きていることも、当たり前ではない

私たちは、毎日がこれからもずっと続いていくような気持ちで生活しています。

しかし、本当は今日を迎えられたことも、今こうして生きていることも、決して当たり前ではありません。

私は時々、自分自身に問いかけることがあります。

「もし今日が人生最後の一日だとしたら、自分はどう過ごすだろうか」

今日が人生最後の日だと思うと、不思議なことに、嫌だったことや誰かへの不満よりも、これまでに経験した良いことが思い出されます。

自分を支えてくれた人。

一緒に笑ってくれた人。

共に働いてくれている仲間。

普段は照れくさくて言えない「ありがとう」も、今日が最後だと思えば、きちんと伝えたくなります。

そして、

「やりたいことは、やっておこう」

「会いたい人には、会っておこう」

「伝えたいことは、今日伝えよう」

「できることは、出し惜しみせず全部やってみよう」

そんな気持ちになります。

「もし今日が人生最後の一日だったら」という問いは、自分の中にある常識や思い込み、さまざまなリミッターを外してくれる鍵なのかもしれません。

幸せは、すでに身近にある

私たちはつい、「もっと何かを手に入れたら幸せになれる」と考えてしまいます。

もっと成功したら。

もっとお金があったら。

もっと時間に余裕ができたら。

もちろん、目標を持ち、より良い未来を目指すことは大切です。

しかし、未来の幸せばかりを追いかけていると、すでに自分の周りにある幸せを見落としてしまうことがあります。

空気があること。

食事ができること。

安心して眠れる場所があること。

大切な人がいてくれること。

仲間と一緒に仕事ができること。

そして、今日も新しい一日を迎えられたこと。

一つひとつは当たり前に見えるかもしれません。

しかし、その「当たり前」は、本当はとてもありがたいものです。

毎日を本当に人生最後の日のように過ごすことは、簡単ではありません。

それでも、当たり前だと思っているものに少し目を向け、感謝することはできます。

そして、今日やりたいと思ったことを、できるだけ今日やってみる。

伝えたい感謝を、先延ばしにせず今日伝える。

そんな一日を積み重ねていけば、きっと後悔の少ない、幸せな人生につながっていくのだと思います。

今朝、空を見上げて感じた幸せを忘れずに、私も今日という一日を大切に過ごしたいと思います。

当たり前の中に感謝を見つけること。

それは、すでに自分のそばにある幸せを見つけることなのかもしれません。