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エントリーNo.2393、カンシャク玉


作業中に墜落災害を起こし、人工の頭蓋骨になった俺。
とび職人から、なぜか社長になった『死に損ない』の話。Ep4



早速ネタ合わせをするために、近所のファミレスに集合した。
親友であって職場の同僚であった人間と、正式に相方としてファミレスで落ち合うのだ。多少の違和感と照れくささを覚えた。


当時はまだファミレスにおいても分煙制度があって、迷うことなく喫煙席の2名テーブルに腰を落とす。
店員を呼びつけ、山盛りポテトフライとドリンクバーを注文。
コーラを注いで、煙草に火をつけ、ノートを開く。

あらかじめメモを取っていた大まかなネタの台本と、コンビ名を相方に見せる。
面白いと絶賛。コンビ名も感度良好。当たり前だ。こちらは芸人志望だ。
ただやはり悪い気はしない。2杯目のコーラを注ぎに行く。本当はお酒が飲みたい。
そこから2人でネタの要所要所に枝をつけては、殴り書きのメモを漫才の台本へと変えていく。


なんとなくネタの大台を決めて、大型公園に移動してネタ合わせ。
俺がボケ、相方がツッコミ。別に立場が逆でもよかったけど、やっぱりネタを書いた元芸人志望、たくさんボケて笑いを取りたいのが本望であった。


この当時、携帯アプリの『ポケモンGO』がリリースされた。
夜の公園で、M-1グランプリ出場のためにひたむきにネタ合わせをしたかったのだが、その公園に伝説のポケモンが現れるそうだ。
連日夜の公園は大盛況。いい迷惑である。俺たちは目先のカイリューよりも、年末のM-1に賭けているのだ。


いつしかポケモントレーナーたちのガヤに負けないくらいの声量でネタ合わせをしていた。
あちら側もきっと、ポケモンよりも物珍しい人間がいると思っていただろう。


M-1グランプリ1回戦のネタの所要時間は、わずか2分。2分15秒を過ぎると警告音、30秒を過ぎるとネタの強制終了になってしまう。
なんとかネタの長さを粘っても、15秒以内には納めなくてはいけない。


1回戦から始まって年末の決勝戦の舞台に立つまで、最短5回漫才を行う。
敗者復活戦や決勝本戦、ファイナルまでを入れれば、最大で8回。

勝ち進めばネタの所要時間が長くなっていくが、この時もう既に1回戦予選は始まっていた。

そもそもエントリーすらまだしていない俺たち。エントリーをして1回戦を勝ち、2回戦に進まなければ、ネタを大量に作っても意味がない。


時間がない。焦りながらも、1回戦の2分で終わるネタを、ああでもないこうでもないと議論を重ねて、ようやく完成。根拠のない自信は何故かある。
でも、たったの2分。



カップラーメンでも、美味しく食べれるようになるまで3分。
ウルトラマンだって、怪獣から世界を救うのに3分使うのだ。
それに満たないわずか2分の中で、会場全体に笑いを届ける。



カップラーメンが完成しない。ウルトラマンが地球を救えない。
その尺で笑いを起こせというのだ。


冷静に考えても不可能に近いこの条件を、歴代の王者達はその2分を突破して、日本一を掴んでいるのだ。


芸人こそ、類いまれなる努力と才能である。

俺達には、きっとそれらは無い。そもそもセンスが無いのかもしれない。



だが情熱はある。


予選会場は全国8都市で行われる。
お隣の県の名古屋でも1回戦予選は開催されているが、俺達には東京しか見えていなかった。目指すは、新宿シアターブラッツ。



そして迎えた1回戦当日。
漫才の衣装であるスーツを着て新宿駅に着く。

都内で行われる友人の結婚式に参列するような錯覚になって、半ば修学旅行のような感覚でいた道中も、新宿駅に降り立って現実世界へと引き戻された。

いよいよこれから、俺たちのM-1が始まる。途端に緊張が走った。


隣に視線を移すと、陽気にそこらの写真を撮っている相方が居た。
彼だけは、これから結婚式場に行くのだろう。
相方がそれくらい簡単に考えてくれている方が、むしろ楽だった。

修学旅行に来た相方と、就職活動に来た俺。
これくらいシンプルで楽観的な考え方が、実は1番大切なのかもしれない。


携帯のナビアプリを使って、会場に到着。
新宿の片隅にあるこの小劇場が、俺には東京ドームに見えた。


会場で早速受付を済ませ、受け取ったエントリー番号。
M-1グランプリ2016・エントリーNo.2393。
スーツの胸元にそれを貼る。
突如として、逃げ出したくなるほどの不安と恐怖が自分を襲う。
新宿駅に降り立った時の緊張感とは、まったくもって比べ物にならない。


きっと相方も同様に、不安に襲われているだろうと目を向ける。
『エントリーナンバーのシール貼ったらさ、俺らもう立派な芸人ぽいじゃん!?』
目を輝かせながら、鏡に映った2人を、携帯の写真に収めていた。


俺は相方が羨ましくてならないし、なんだか誇らしくなった。


この小劇場の、部屋全体が鏡張りになっている控室に案内にされた。
そこには俺達と同じく今日1回戦に挑む芸人たちが、各自鏡の前に立って、最後のネタ合わせに励んでいた。


周りの芸人同様、この場で最後のネタ合わせをしなくてはいけないと思った矢先、空いているスペースを見つけて、すぐさまそこを陣取った相方がいた。
『ここにいるどのコンビよりも、でっかい声でネタ合わせしようぜ。』

あっぱれ、ミスター強心臓。もはや脱帽している。
緊張に押しつぶされそうな局面で、本来の自信まで取り戻してくれるのだ。
相方に選んだ俺の目も高いんだと自覚して、なんだか鼻まで高くなった。



M-1グランプリの1回戦は、
1日を通して、A~Mグループがこの日漫才を行う。それぞれ開催場所は同じであっても、開催時間はグループごとに違う。午前中から始まって、最後のグループの結果発表がおおよそ21時。総勢200のコンビが1回戦に挑むのだ。

こんな新宿の小劇場でここまでのコンビ数を回すのだから、やっぱりTOKYOはスゴイ。


そんな俺たちは、Iグループ。
時間にゆとりを持って会場に着き、大きな声でネタ合わせをしていたが、いよいよその時が来た。


控室を出て、エントリー順にコンビで順番に廊下に並ぶ。
小劇場の舞台に上がるまでの、決して広くはない直線の廊下ではあったが、2分ペースなのだから回転率は速い。
遊園地の人気アトラクションの行列とは違って、ゆらゆらと進んではいくが、遊園地のような徐々に増してくる高揚感みたいなものは、全く無かった。



進むにつれて、少しずつ聞こえてくる会場の歓声と熱気。
ついには、はっきりと聞こえてくるところまで進んでいた。


出番が近くなればなるほど、自分自身でも驚くほどに冷静になっていた。
不安や緊張がオーバーヒートすると、人は一周回って、落ち着きを取り戻すのだろうか。
そんなことも考えられるくらい、思考や感性みたいなものが、研ぎ澄まされていく感覚があった。


令和の今風な言い方で言えば、『ゾーン』に入っていたのかもしれないし、日本語として綺麗に表現するならば、『武者震い』したのかもしれない。
毅然としていたが、膝は随分前から震えていた。



ソワソワするのがなくなって、気持ちがワクワクしてきた。
ここまで毎晩のように、ネタ合わせをしてきた日々。
全力でこの2分を出し切るのだ、きっと俺達のネタには誰も敵わない。
今聞こえてくる会場の笑い声とは、比べ物にならないくらい俺達が笑わせる。
今漫才を披露しているコンビも、今日エントリーしたコンビ達も、この会場に居る人間すべてが、俺達に度肝を抜かれることだろう。



聞いて驚け、見て笑え。俺達がカンシャク玉だ。


ブチかまそうぜ、相方。きっと同じ熱量でいてくれていると確信しながら、隣に視線を移した。





驚くほどに顔面蒼白。絵に描いたような蒼白だった。
先ほどまでの勢いはどこへ行ってしまったのだろうか。
嗚咽までしている相方を見たら少し不安になったが、もう後には退けない。

大丈夫。いつも通り行こうぜ。さっきの控室の声量で頼む。と、耳打ちした。
嗚咽したせいで、涙目になった相方が『オッケー』と、横でつぶやいた。



「エントリーNo.2393、カンシャク玉。」

司会からのアナウンスと、出囃子(でばやし)の曲が流れて、舞台のサンパチマイク前まで、駆け足で登場した。最初で最後の、2分間の俺達の出番だ。


『はいどうも~!カンシャク玉です、Uh~バンバン!』

こんなキャッチーなつかみは、面白くない。だがネタには自信がある。
この定番のようなつかみは、お客さんを裏切るための布石なのだ。

とにかくもう晴れの舞台。おまけに先ほどから、アドレナリンは最高潮。弱冠23歳の俺が、今ここに立っている。



この2分は、体感で言えば30秒もなかったくらいに、あっという間だった。
舞台の上に立ってからは、正直あまり覚えていない。ただ、会場中を俺たちの笑いでかっさらったのは、すごく覚えている。

とにかく会場中が、大爆笑。最前席のお客さんが、ゲラゲラと笑っていた。
舞台のど真ん中にあるサンパチマイクの前に立ち、スポットライトを浴びた2分間。終始笑いが途絶えなかった。


俺は天才だ。いま確信に変わった。


今まで経験したことのない快楽が襲ってきた。バカみたいに気持ち良い。
舞台上はあっという間だったのに、その後の余韻と興奮は、しばらく続いて、放心状態。

手応えしか感じなかった。勝利の一服をしたい。
腹も減ってきた。美味しいラーメン屋に入って、お酒ももう飲みたい。
結果発表までは、まだ時間がある。


案の定喫煙所を探して、一服。
新宿の美味しそうなラーメン屋に入って、生ビールを注文。
この流れの中でも、俺達はずっと興奮していた。
とにかく、煙草もビールもラーメンも、全部美味しくて、全部気持ち良かった。
まだ1回戦なのに、もう今夜で、日本一を獲ったかのような気分だった。


でも、現実的なことを考えなくてはいけない。
この手応えであれば、2回戦進出は確実だし、ナイスアマチュア賞だって、きっと俺達が受賞するだろう。

ただ次の2回戦まで時間がない。東京会場の1回戦も、今日が最終日。
来週から2回戦が始まる。2回戦の開催はわずか2週間で、東京と大阪会場だけに限定される。
この1本のネタだけを作り上げた俺達には、圧倒的に時間が足りない。

次の休みの日曜日までに2本目のネタを完成させることは出来ないし、18日後の2回戦最終日に、照準を合わせるしかないのだ。
漫才やりたいから、俺達2人、平日休み下さいって親方に言ったら、許してくれるかな。
そんな話をして、2人して途端に不安になった。


でも今日1回戦を突破するのだ、ウジウジしていられない。
結果発表の時間が来た。先の不安はひとまず忘れて、先ほど大量に浴びた歓声を思い出しながら、会場へと足を運んだ。



2回戦進出者の、コンビ名とエントリーNoが記載されたリストが、会場に貼り出されていた。


俺達の名前は、そこにはなかった。

何度も、その貼り出された用紙を確認した。見落としているだけだと、何度も何度も。
司会者から、本日のナイスアマチュア賞受賞者が発表された。聞いたことのないコンビだった。
嘘だ、何かの手違いだ、だって俺達、あんなにも会場を沸かせたじゃないか、舞台袖で順番待ちしながら聞こえてきた数々のネタは、どれも面白くなかったじゃないか。俺達のネタの方が、面白かったじゃないか。なのにどうして。

気持ちが整理されず、その場で立ち尽くしていた俺に、
『明日も仕事だし、新幹線の時間もあるから、もう帰ろう。』

そうか、コイツは修学旅行気分だったな、俺とはそもそも気合の入り方が違うんだ。ネタを書いたのだって、俺だし。

相方は現実的な、時間のことを言ってくれていたのに、無性に腹が立った。




そこから先は、もうM-1グランプリにエントリーしていないし、コンビも解散した。

10年経った今でこそ、かけがえのない思い出になったし、話せる体験なのかもしれない。
舞台上の記憶も、もしかしたら、美化されただけなのかもしれない。
でも確かにあそこで掴んだ手応えと大爆笑は、はっきりと覚えている。

覚えているからこそ今も、あの夜だけが胸に引っかかっている。


もうお笑いなんて、やーめた。そう自分に言い聞かせながらも、ネタだけは今も書き続けていた。


諦めが悪いとか、売れたいとか、そういうのじゃなくて。
ただこの先、素敵な相方に巡り合えたら、この書き続けてきたネタ帳を惜しみなく見せて、きっと年末のグランプリの舞台に立っていることだろう。


俺自身は止まっていた。でも、ネタ帳は積み重なっていた。

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