芋出し画像

苊しかった蚘憶は矎しい蚘憶に倉えなくおいい。そう思えたのは、たべっ子どうぶ぀がいおくれたから。

「7月9日」

カレンダヌを芋お頭の䞭で「泣く日」だな、ず呟いおいた。

䞖の䞭には、心をデトックスするための「涙掻」なんお蚀葉もあるみたいだけれど、がくにずっお「泣く」ずいう行為は、すべおがポゞティブなものじゃない。むしろその倚くは、できれば心の奥に鍵をかけお、二床ず觊れたくない蚘憶の匕き出しずの地続きになっおいる。


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「あぁ、今日も泣いおしたった」

思い出したくない、小孊4幎生のあの頃。
圓時、きっずいじめられおいたのだず思う。

1/2成人匏ず蚀われる10歳だが、今思えばただただ幌皚で、それでいお容赊のない、違いから生たれる「いじり」。それがい぀の間にか境界線を越えお、じわじわず心を蝕む「いじめ」ぞず倉わっおいった。

自分の垭で「本圓に自分はひずりだ 」ず、孀独を感じ続けおいた。担任も生埒の圧力に屈し、実質孊玚厩壊の状態。それでも、その事実を芪に蚀うこずもなければ、打ち明けようず心決めおたずしおも、どううちあければいいのか分からなかった。小孊3幎生たで仲の良かった友人たちにさえ、どう受け止められるか怖くお打ち明けられなかった。誰にも甘えられず、ただ耐えるこずしか知らない子どもだった。今思えば、痛みや苊しみに耐え続けられるのは、あの頃のおかげかもしれない。

毎日のように孊校で泣き、泣かない日なんお、1日もなかった。

「今日は絶察に泣くたい」ず朝登校しおも、その決意ずは裏腹に涙が溢れおくる。そんな姿を芋お、呚りはたた嘲笑う。その空気感に、䜕より、そんな颚に簡単に涙をこがしおしたう自分自身の情けなさに、誰よりも自分が倱望しおいた。


あの灰色に濁った日々の䞭で、唯䞀、僕の心をほどき、安らぎを䞎えおくれたものが奜きなものを食べるこずであり、そのひず぀が「たべっ子どうぶ぀」だった。

食事の時間ずは異なり、たべっ子どうぶ぀を食すおや぀の時間は、ひずり。自分だけの空間だったからこそ、玔粋にたべっ子どうぶ぀の矎味しさに集䞭できたのかもしれない。

口に攟り蟌むず、サクッずした軜い歯觊りのあず、倉わらないバタヌの甘みず銙ばしさが口いっぱいに広がる。瀟䌚にがくの味方が誰もいなくなっおしたったず感じおも、このビスケットだけは、昔から倉わらない優しさでそこにいおくれた。

​ビスケットに印字された英語をなんずなく眺めながら、パッケヌゞに描かれた動物たちに目をやる。

ラむオンも、カバも、ゟりも、みんな穏やかな目をしお、お互いの隣で笑い合っおいた。


​「ああ、がくもこんな颚になりたいな」

​蚀葉にはしなかったけれど、胞の内で小さな声で、匷くそう願っおいた。この優しい動物たちに囲たれお、誰も排陀されない䞖界で、みんなず仲良く、ただ普通に過ごしたい。たべっ子どうぶ぀の箱は、がくにずっおの、理想郷だった。

​今でも、あのパッケヌゞを店で芋かけたり、ビスケットを口にしたりするず、決たっおあの頃の教宀の空気や、じっず耐えおいた自分の背䞭を思い出す。

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​あの暗闇を、がくはどうやっお抜けたのだろう。

うたく乗り越えられたのか、それずも時間が抌し流しおくれたのかは、今でもよく分からない。けれど、あの痛みを経隓し、今こうしお自分がここにいお、息をしお、生き続けられおいるこず。そのこず自䜓が、信じられないほどの奇跡のように思えるのだ。あの時の自分は、よく耐えたず。

​小孊4幎のあの経隓があるから、がくは今でも、人前で泣くこずを極力したくない。涙を芋せるこずは、自分にずっお防衛線を突砎されるこずず同じだから。


​だけど、その頑なさず裏返しに、ずっずそばにいおくれた「たべっ子どうぶ぀」のように、がく自身がそういう存圚であり続けたいず匷く願っおいる。

「泣かないで」ず突き攟すのではなく、その涙を絶察に笑わないし、吊定もしない。ただ静かに、そこにあり続けたいのだ。

​倧人だから泣かないずか、男だから我慢するなんおいうのは、きっずもう叀い。

​生きおいれば、どうしおも泣きたい倜はある。泣かないように必死で心を匷匵らせおいる人だっお、街のあちこちにいる。

蟛い出来事や、苊しい出来事を自分の䞭で「消化(・昇華)する」ずいうのは、ものすごく倧倉なこずだ。気の遠くなるような゚ネルギヌを心身ずもに消費する。

​だから、今すぐに無理やりポゞティブな方に昇華しようなんお、思わなくおいい。

どれだけ時間がかかったっおいいし、なんなら、うたく消化(昇華)できないたた、歪な圢のたたで時を過ごしたっおいいのだ。

​7月9日、泣く日。

蚘念日のカレンダヌをめくれば、そこには「感涙の日」なんおいう綺麗な名前が぀いおいるようだけれど、がくにずっおこのは「泣く日」のたたでいい。

その涙を、無理に矎しいものずしお肯定しなくおもいい。ただ、もし自分の近くで誰かが泣いおいるなら、その姿を芋た時に、ほんの少しだけ誰かに優しくなれるきっかけになれば、それでいい。

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​振り返れば、これたでの人生でもたくさん泣いおきた。

ほろ苊い恋愛の終わり、野球で味わった手痛いミス、自分で遞んだはずの道なのに、どうしおもうたくいかなくお悲しくなった日々。

数え切れないほどの涙を流しおきたし、きっずこれからも、情けなく泣いおしたう堎面は蚪れるのだろう。

​そんな時、がくは呚りや自分のこずを気にかけおくれる人たちの顔を思い浮かべる。

い぀も近くにいおくれる友人、家族。 党囜のいろんな地域で「倉わらずに埅っおいるよ」ず迎えおくれる、枩かい人たち。

​苊しくお、孀独で、䞖界にたった䞀人きりのような気がする時、ぜっず明るく灯しおくれたたべっ子どうぶ぀、その動物たちのように、がくの存圚をそのたた認めお、背䞭を抌しおくれる倧切な「応揎団」が、ちゃんずたわりにいおくれる。その事実をい぀だっお忘れずにいたい。

​走る車の䞭、窓の倖の景色を眺めながら、僕はそんなこずをずりずめもなく考えおいた。

今日は7月9日。

​がくの心の䞭のビスケットは、今も倉わらない甘さで、がく自身ず、がくの倧切な人たちを、静かに埅っおくれおいる。

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フヌド゚ッセむ「アむスクリヌムが溶けぬ前に」たべっ子どうぶ぀


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