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チェンライにある首長族村に訪問!感じた光と影

バンコクから早朝の飛行機でチェンライに到着し、白い寺や青い寺を回った。

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お昼ご飯を済ませ、向かった先は首長族(カレン族)の村だ。

チェンライの奥地にあるため車をさらに30分ほど走らせる。

到着した場所に、観光客の姿はないし、かなり静かだった。

入場料は1人300バーツ(約1500円)ほどで、中々良い値段がする。

実は僕自身、以前にもチェンマイにある首長族の村へ訪問したことがある。それは10年も前の話だ。

ここはチェンライの首長族村で違う場所。

さて、村へ行ってみよう。

建物と木々の間を抜けていく。

そうすると進んだ先に村が見えてきた。
昔ながらの作りで、現代に用いられているような技術は使っていないと思われる。

洗濯物も干してあり、なんとなくここで生活しているのかな?というのは感じたが、人の姿はない。

第一村人発見!

どうやら作業をしているようだ。
観光客は僕しかいないし、後にも先にも人が来た気配は全くない。

ここで作ったスカーフや布製品を観光客だけに売って生計を立てるのはほぼ不可能なのではないか。
そんなことを頭の中で考えながら、足を進めていく。

この村には首長族以外にもアカ族などといった違う民族も暮らしているみたいだ。

この刺繍作業をしている人はアカ族

作業をせず、のんびりしている人もいる。
生活感があると言えばあるが、ないと言われればそうとも捉えられる。

朽ち果てた家はこうして自然に帰っていくのだろう。自然に帰らないものは使っていないようなので、これはとても良いなと感じた。

放置された車がそこら中にある。

人が住んでいるようには思えない家屋がたくさんある。家の数に比べて人の数はかなり少ない。

やはりここで生計を立てるのは厳しく、外に出稼ぎにでも出ているのだろうか。
そんなことが頭をよぎる。

そしてついにやってきた首長族のエリアだ。

この方も作業をされていた。
手際はかなり良く、作業風景も見せてくれた。
しかし一体これはどこに行くのだろうか?
そんなことばかりが頭を駆け巡る。

洗濯物はそこら中に干されていた。
子供もいたし、子育てもしていた。

そんなことを目にしていると、余計に考えが頭の中を駆け巡る。

学校らしき建物もあり、どうやら寄付金によって建てられたみたいだ。

ここで全ての村内を歩き回り、外に出て来た。

綺麗な花が出迎えてくれた。
ここからは感想や聞いた話などを書いていく。


やはりここ最近の村は経済面では安定していないみたいだ。
観光客が来ることで経済は回っている。

しかし肝心要の観光客は僕以外に見ていない。

この首長族も一昔前はテレビでも放送されて、一躍有名になった。
しかし今となっては、昔ほどの活気はない。

実は一部の人によって言われているのが、
『人間動物園のようだ』
そう言われているらしい。
実は国連もそう言っていたとか。

僕もその感じはわからないこともなかった。

一つ僕が体験したことを言うと、
村人たちは普通にスマホを所有している。
現代においてスマホは誰だって持っているのでそこはいいとして。でも、ここからだ。

僕が近寄ると、みんな携帯を隠すのだ。
やはり『部族=携帯は持っていない』というイメージを壊したくないのだろう。

ここで先ほど少し話した、観光客の入場料で村の生計は立っているのかもしれないという話だが、
実際にこの村を見て思ったことがある。

その入場料はどのようにして村の人へ渡っているのか。

村の状況を見ると、本当にそのお金はその人たちの手に渡っているのか。

頭の中を様々なことが駆け巡る。

聞いた話によると、この部族はミャンマーからの避難民のようだ。
『タイ語もあまり通じない』そう聞いた。

そしてタイ政府はこの部族に市民権を与えてないようだ。
市民権を持っていないことから、権利や保護といったことは十分に受けられない。

そんな現実が目の前にはあった。

彼らは観光客からの収入と、工芸品で生計を立てているのだろう。

当たり前に市民権を持ち、国から与えられた権利や保護を十分に使うことができる僕たちは改めて恵まれた環境にいるのだなと感じた。

良くも悪くもこの村は今現在でも存在し続けている。

実際に訪れてみて複雑な感情になったのは確かだ。それでもこの村が存在し続ける以上、この人たちの生活はそこにある。

『このような生活や文化がある』ということを知れるだけでも良い学びの機会にはなるのではないだろうか。

僕の願いとして、観光客から村が得た収入は村人の手に100%渡ってほしいという事と、せめて子供達くらいは良い教育が受けられる体制になっててほしいなと思うのが僕の願いだ。


この村がこの先どのくらい続くかはわからない。
観光客が減るとそのうち衰退もしていくだろう。

行きたい人、行きたくない人はそれぞれだと思う。

この村を訪れたいと思った人は、敬意を持って訪れてほしい。

他人に生活を見せることは決して気持ち良いことではないだろう。
僕だったら快適ではない。

外から来る僕たちを受け入れてくれているこの村人たちには、感謝だ。

複雑な感情を終始抱きながら訪れていた僕だったが、訪問を終え今考えてみると、彼らの生活はそこにあり、僕の生活はここにある。

生活自体がそこにあったかはわからないが、彼らはそこで存在していた。

様々な生き方で毎日を必死に暮らしているのだなと。

これだから旅はやめられない。
旅は非日常を通して色々なことを教えてくれる。


チェンライでの観光も終盤になり、最後は市内で時間を潰した。

コーヒーを飲み、腹ごしらえをした。
チェンライは程よく大きく、素朴な街の感じがとても良い。

200円ほどで食べたこの麺も美味しかった。
タイ料理は本当に美味い。
あとから調べると、この店は中々評判の良い店だった。

今回はバンコクから日帰りということで、タクシーを1日チャーターしたが、非常におすすめだ。
そして余裕を持って日帰りでもチェンライを回ることができた。

運転手さんも良い人で、最後に気持ち分のチップを渡し、別れを告げた。

この旅もまた一つ、人生の思い出に刻まれた。

ここまで読んでいただきありがとうございました!

また足を運んでいただけると嬉しいです!

ウマヲ

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