去り際に出るのは、人柄だけじゃない
送別会が、少し苦手だ。
花束も、寄せ書きも、「最後に一言お願いします」も。
ありがたいはずなのに、少し苦しくなる。
たぶん私は、盛大に送り出されるのが苦手なんだと思う。
学さんの記事
「【去り際】コミュニティを退会、会社を退職…、『去るとき』『やめるとき』どう動くのが正解❗❓」
を読んで、そんなことを考えていた。
記事の中には、「去り際には人柄が出る」という話が出てくる。
たしかに、そういう面もあると思う。
でも私は、去り際に出るのって、人柄だけじゃない気がしている。
その時その人が置かれていた状況とか。
心の余力とか。
もうこれ以上ここに居続けられない理由とか。
そういうもののほうが、実は大きいこともある。
全員に向けて、きれいに挨拶をして去ること。
それが、いつも理想だとは私は思えない。
むしろ、大勢の前で「終わり」を実感することで、急に胸の奥から出てくる気持ちがある。
本当は、まだここに残りたかった。
本当は、こんなふうに終わりたくなかった。
本当は、ちゃんと笑って去れるほど、整理できていなかった。
ちゃんと終わるための時間が、逆に苦しくなることもある。
人との別れって、結局は“個別の関係”なんだと思う。
この人には伝えたい。
ちゃんと、ありがとうを言いたい。
でも、関係が薄い人には、そっと消えるように去りたい。
たぶん私は、そっちの感覚が強い。
昔は、何も言わずにいなくなる人を見ると、「なんで?」と思うこともあった。
でも今は、少し見方が変わった。
言葉を置ける余力がなかったのかもしれない。
説明する力が、もう残っていなかったのかもしれない。
そこで礼儀正しく振る舞うより、まず自分を保つことで精一杯だったのかもしれない。
去る時って、案外もう、生き延びるだけで精一杯だったりする。
以前、退職したあとに「今日渡せなかったから、プレゼントを取りに来て」と言われたことがあった。
最後の日は、前からわかっていたはずだった。
たぶん、言った側に悪気はなかったのだと思う。
でも、最後の日がわかっていたのなら、その日に終わらせてほしかった。
去る側は、終わるために必死に心を切り離している最中だったりする。
やっと閉じた扉を、もう一度こちらから開けに行くような気持ちになる。
贈り物のはずなのに、少しだけ痛い記憶になってしまう。
送り出し方ひとつで、救いになることもある。
逆に、少し刃物みたいになることもある。
だから私は、思う。
“美しい去り方”が、ひとつだけあるわけじゃない。
全員に挨拶したから誠実。
黙って消えたから不義理。
そんな単純な話でもない。
その人が、どんな終わり方なら呼吸できるのか。
最後にそれを想像できるか。
去り際に出るのは、人柄だけじゃない。
その人が背負っていたもの。
その場所で飲み込んできたもの。
言えなかった言葉。
もう持って帰るしかなかった感情。
そういうもの全部が、少しだけ滲むのだと思う。
私はきっと、関係ない人にはそっと消えたい。
でも、大切だった人には、ちゃんと言葉を残したい。
それくらいの不揃いさで、いい気がしている。
去り方まで、きれいに揃えなくてもいい。
最後くらい、その人が息をしやすい形で終われたらいい。
#note #退職 #送別会 #人間関係 #去り際 #働き方 #エッセイ
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければサポートお願いします。
さらにたくさん学び,深めるために使わせていただきます。