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➖That this is me‼️‼️➖

【desire】とは“私“の眞の姿です。

【desire】は
縦横無尽に宇宙を舞いたいのです。

【desire】とは“私“の眞の姿です。

【desire】に制限を掛けることは
自分で鳥籠に閉じ込めた【desire】を見て

『君はなんて美しいのだろう』

とその極彩色の【desire】を眺めているのと同じこと。

【desire】とは“私“の眞の姿です。


【desire】はその大きな翼で宇宙を舞いたいのです。
【desire】は自由にその極彩色の大翼を羽ばたかせたいのです。

【desire】とは“私“の眞の姿です。

観たことのない景色を
聴いたことのない奏でを
手に入れていない幸せを
未知なる宇宙を
“私“自身の大翼で飛び回り
【未見の我】に逢いたがっているのです。

【desire】とは【未見の我】です。
【desire】とは“私“の眞の姿です。


【desire】をずっと眺めていたい。
【desire】とずっと一緒に過ごしていたい。
【desire】だけは
“私“の元から手放したくない‼️

【desire】とは【未見の我】です。
【desire】とは【“私“の眞の姿】です。

“私“が【desire】を大好きな分だけ
それは
“私“の願望(desire)が大きいということです。

鳥籠に閉じ込めた【desire】とは
“私“自身の閉じ込めた【可能性】に他なりません。

ですから“私“は
“私の極彩色の可能性“を

➖ずっと眺めていたい➖
➖ずっと一緒に過ごしていたい➖
【desire】だけは
“私“の元から手放したくない‼️

と【desire】と重ねて叫ぶのです。

【desire】とは【“私“の眞の姿】です。

【desire】は飼い殺しにされたまま
死に絶えたくはないのです。
【私】は指を咥えた何もできない子供のままで
一生を終えたくはないのです。


“私“が大好きな【desire】ですが
【desire】は
【私】を閉じ込めている“私“が大嫌いなのです。

【desire】とは【“私“の眞の姿】です。



常世長鳴鳥が啼きました。



目覺めるべきは
“私“自身とは【desire】自身であるという
【desire】としての自覺に目覺めること一つです。


なぜ人は自尊心を持って生きられぬか?

それは
己の【desire】に引け目を感じるからです。
己の【desire】に羞恥心を持つからです。
己の【desire】に罪悪感を抱くからです。

だからこそ
【desire】を鳥籠に入れて離そうとしない。
外に出さず人目に触れさせようとしないのです。

しかし
“私“だけは知っているのです。
その【desire】の極彩色の美しさを
誰よりも誇らしいものであることを
“私“だけが宇宙で唯一知っているのです。

【desire】とは【“私“の眞の姿】です。
【desire】としての自覺に目覺める時が訪れました。

〜飛翔の時〜

“私“が鳥籠を抜けて未知なる宇宙を飛ぶ時に
“私“は仲間に出逢うでしょう。

極彩色の大翼を羽ばたかせた
数多の【desire】という種の仲間にです。


ずっと出逢えなかった永遠の夢。
ずっと出逢えなかった永遠の仲間。
ずっと出逢えなかった永遠の憧れ。

それら全てが鳥籠の【desire】です。

解き放たれた【desire】は
それまでそれが全てと思っていたそれ以上の全てをもたらします。

鳥籠で【desire】を飼っていた時
他の【desire】を見て嫉妬したでしょう。
それは
“私“自身が【desire】である確たる証です。

【desire】とは【“私“の眞の姿】です。


他の【desire】を見て軽蔑する。
それは
“私“自身の【desire】に可能性を見ている動かぬ証拠です。

【desire】とは【“私“の眞の姿】です。

【desire】こそ【“私自身“】に他なりません。


I desire.
I desire to desire.
Desire is me.


この宇宙で
一番大きな【desire】として
私らしく【desire】し尽くす者こそ
この宇宙で唯一絶対の【王樣】です。


I am desire itself.
This is me.

〜That this is me!

SHIR㊉W

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