旅の醍醐味は「名刺のない挨拶」にある
春のベルリンで考えたこと
春の訪れを感じた3月下旬、私は息子たちとベルリンに行ってきました。旅の目的は、チューバの演奏者を目指す次男が、本場で活躍するプロの話を聞き、レッスンを受けること。
ヨーロッパには多数のオーケストラがあるのですが、次男はベルリンのオーケストラにも憧れている演奏者がいるそうで、インスタグラムでアポイントを取りました(長男が笑)。
「そんなに簡単に会ってもらえるものなの?」と驚きましたが、彼らはとても親切に受け入れてくれました。自宅に伺い、チューバのレッスンをしてもらう機会にも恵まれました。
次男にとって、この経験はかけがえのないものになったはずです。未来の若者に快く時間をくださった皆様、ありがとうございます。
私はというと、ベルリンで出会った人たちと話をしていて、ふと気になることがありました。それは「日本人は所属を求める」ということです。
“無所属の期間”がない私たち
ヨーロッパには「ギャップイヤー」という文化があり、高校を卒業後、進路を決めるために空白期間を設けることがあります。旅に出たり、インターンをしたりしながら、自分がやりたいことを見定めるためのモラトリアムとしての時間です。
ベルリンで言葉を交わした若い人たちのなかにも、ギャップイヤーを利用する人たちがたくさんいました。自分の師匠を探したり、進むべき大学を探したり、人生を「どう進むべきか」をじっくり考えていたのです。
彼らの姿を見ていて、きっと“どこにも所属しない期間”があるからこそ、自分らしい人生を歩むことができるのだと思いました。誰かが敷いたレールを歩くのではなく、自分が納得したうえで、キャリアを選ぶのですから。
日本人は“無所属の期間”をつくることに対して、怖さを感じているような気がします。
高校を卒業したら、ほとんどの人は、就職するか、大学や専門学校に進学するか、あるいは予備校に行きます。大学や専門学校を卒業したら、基本的にはどこかの組織に所属して働きます。
100人100通りの人生があっていいはずなのに、おおよそのパターンに収束するのは、“無所属の期間”ができることを恐れているからのように思います。
敷かれたレールの上を歩けば、なんらかの組織に所属する自分でいれば、たしかに不安な気持ちにならなくて済むのかもしれません。
でも、弊害もあるはず。
就職してしばらくすると、「本当にやりたいことはなんだろう」と悩んだり、「これでいいのだろうか」と不安になったりする話はよく耳にします。ギャップイヤーを過ごしていれば悩みがなくなるわけではありませんが、学校にも会社にも属さず、自分の将来についてじっくり考える時間を過ごしたかどうかは、その後の進路の納得感に大きく影響するように思います。
すぐに心を病んでしまったり、人生に迷ったりするのは、どこにも所属しない「まっさらな状態」で考える期間がないからなのかもしれません。
旅先の「名刺のいらない挨拶」
所属に重きを置く日本の文化は、名刺にも表れていると思います。
ビジネスシーンの挨拶は、第一に名刺交換から始まります。名前を名乗るときも、一言目に出てくるのは会社名です。
改めて考えてみると、なんだか変なことだと思います。
たとえ会社間の取引だとしても、人と人とのやり取りですから、そんなにも所属や肩書きでコミュニケーションを取らなくてもいいように思います。
会社名と肩書きが書かれた名刺交換から挨拶が始まるばかりに、「偉い人なのかな」「きっと決済者だな」という品定めタイムが始まってしまうのも苦手です。
名刺交換をしたばかりに、肩書きと肩書き同士の会話になってしまうことは、きっと往々にしてあるはず。
もちろん「どんな会社で、どんな仕事をしているか」という所属が、仕事をするうえでの信頼になるのは理解しています。
でも、そういうコミュニケーションばかりしていたら疲れるし、これがプライベートにまで侵食してきているのは、かなり不自然なことだと思います。
旅が愛される理由のひとつに、一時的でも「所属や肩書きのしがらみから離れられる」というのがある気がします。名刺のいらない挨拶、飲食店での会話、旅先で生まれた人間関係…。所属していると安心するけど、所属に縛られることに辟易している面もあるのではないでしょうか。
そもそも、正解なんて存在しない
どこにも所属していないことは、人生を適当に生きているわけじゃなくて、人生を一生懸命に生きるために必要なことです。
人生に空白期間をつくることは、人生に空白期間をつくらないことより、よっぽど難しい。何も考えずに生きていれば、人生に空白期間は生まれないし、どこかに所属しない時間も生まれません。
自分に対して真摯だから、人生に対して一生懸命だから、空白期間が生まれて、無所属の機関が生まれるのです。
レールから外れることに恐怖を感じる人もいるかもしれませんが、そもそも正解にたどりつくレールは存在しません。もし、大学を4年で卒業して大企業に就職する…というレールを「正しい」ことだと思っているのなら、考えを改めたほうがいいと思います。誰かが描いた正解の上に、あなたの幸せがあるとは限りません。
日本もこれから、人生に無所属の期間を設けることが、「素敵なこと」だと認識される社会になったらいいな、と願っています。
(編集サポート:泉秀一、小原光史、バナーデザイン:3KG 佐々木信)
