『B.B.』という漫画について
ボクシング漫画だったはずなのに、なぜか人生の方を覚えている。 ― 『B.B.』を思い出して
※作品の核心に触れる内容を含みます。
昔読んだ漫画の中で、なぜか定期的に思い出す作品がある。石渡治先生のB.B.だ。
一見するとボクシング漫画なのだが、この作品は一言で説明するのが難しい。
主人公の高樹翎は、ケンカも強く、スポーツもこなせる不良少年だった。しかしある日、自分を倒した相手と出会う。その相手はボクシングの道へ進み、翎もまたライバルを追うようにボクシングを始める。
ここまでは王道のスポーツ漫画である。
ところが物語は予想外の方向へ進む。
高校ボクシングの舞台でライバルと戦うはずだった翎は、ある事件をきっかけに逃亡生活を送ることになる。そしてアメリカへ渡り、裏ボクシングの世界へ身を置く。さらにそこで様々なトラブルや陰謀に巻き込まれ、気付けば傭兵として戦場に立っている。
今振り返っても、
「ボクシング漫画だったはずでは?」
と思わずにはいられない。
しかし不思議なことに、その破天荒な展開に無理やり付き合わされるうちに、読者は主人公の人生そのものを追いかけるようになる。
アメリカでの出会いと別れ。戦場で見る現実。失われていく仲間たち。帰りたくても帰れない日々。
翎はただ強くなるのではなく、多くのものを失いながら変わっていく。
そして長い旅の果てに日本へ帰国し、かつてのライバルと再会する。
物語の最後は、単なるライバル対決ではない。
それぞれが違う人生を歩み、多くのものを背負った上で再びリングに立つ。だからこそ、あの試合には普通のスポーツ漫画にはない重みがあった。
私が特に印象に残っているのは、小雪のエピソードだ。
翎の帰りを信じ続け、子どもを育てながら待ち続けた彼女。しかし再会を目前にして交通事故で亡くなってしまう。一人娘を残して………
「ここで会わせてあげてほしい」
読んだ当時、そう思った。
けれど、その理不尽さこそが『B.B.』らしかったのかもしれない。
葬儀の場面も忘れられない。
翎は堂々と姿を現すことができず、まるで泥棒のように忍び込み、静かに小雪の顔を見る。
本来なら、夫として、父親として、その場に立つはずだった男が、誰にも知られず去っていく。
あの場面は恋人との別れというより、自分が手に入れられなかった人生との別れだったように思う。
この作品を思い出すとき、私の記憶に残っているのは試合結果ではない。
森山親子の関係。 小雪との別れ。 アメリカでの放浪。 そして最後の再会。
『B.B.』はボクシング漫画でありながら、私にとっては一人の男の人生を描いた物語だった。
強さを手に入れる話ではなく、失うものを抱えながら前へ進む話。
だから何十年経った今でも、ふと思い出してしまう。
人生は努力したら報われる物語ではない。
会いたい人に会えないこともある。 守りたかったものを失うこともある。 取り返しのつかない選択をしてしまうこともある。
それでも人は前に進むしかない。
高樹翎が戦っていたのは、ライバルでも世界チャンピオンでもなかったのかもしれない。
自分が選んだ人生そのものだった。
だから私は今でも『B.B.』をボクシング漫画としてではなく、一人の男の人生を描いた物語として思い出す。
強さとは何か。
『B.B.』はその答えを、最後まで問い続けた作品だったように思う。
