『睡眠記録』| ショートショート#14
会社指定の睡眠アプリを入れた。
枕元にスマホを置くだけで、
いびきや寝言を記録してくれる。
最初は面白かった。
午前2時13分。
「暑い」
午前3時07分。
「それ明日でいい」
午前4時22分。
「知らないよ」
寝ながら仕事してるな、と笑った。
ある朝。
見慣れない表示があった。
午前3時41分。
話者A「何時?」
話者B「まだ早い」
俺は一人暮らしだ。
再生した。
エアコンの音。
布団の擦れる音。
それから、
俺の声。
「何時?」
数秒後。
「まだ早い」
知らない声だった。
部屋を全部調べた。
ベッドの下。
クローゼット。
浴室。
誰もいない。
隣の部屋は空室だった。
その夜は、
スマホをリビングに置いた。
翌朝。
午前2時58分。
話者B「今日は遠いね」
会社の産業医に連絡した。
音声を送る。
数分後、
電話が来た。
「またですか」
俺は聞き返した。
「……また?」
電話の向こうが、
静かになった。
「今の、忘れてください」
「どういうことですか」
「アプリを削除してください」
「会社指定ですよね?」
返事がなかった。
俺は少し強く言った。
「前にもあったんですか」
長い沈黙。
産業医が言った。
「あなたの前任者も、
同じ音声を記録しています」
背中が冷たくなった。
「前任者って?」
「去年まで、
あなたの部署にいた人です」
「異動したんですか」
また沈黙。
「退職です」
「理由は?」
産業医は答えなかった。
代わりに、
メールが一通届いた。
添付ファイル。
前任者_睡眠記録
開いた。
最後の音声。
午前3時11分。
話者Aは、
前任者の声。
「誰ですか」
そのあと。
知らない声。
俺は、
再生を止めた。
もう一度聞いた。
知らない声が言っていた。
「次は、あなたですね」
