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「普通の構図」をやめてみた。りんご飴、金魚、足元まで主役にしたら夏祭りが変わった

AIで夏祭りのイラストを作ろうと思いました。

浴衣を着たあかりとコバン。
屋台。提灯。花火。

これだけでも、きれいな絵は作れます。

でも、何枚か作っているうちに、少し気になりました。

どれも「夏祭りにいる二人を撮った写真」みたいになる。

人物が真ん中にいて、後ろに屋台があって、その上に花火。

もちろん、悪くありません。

むしろ、普通にきれいです。

ただ今回は、そこから少し離れてみることにしました。


人をきれいに見せるのではなく、「どこから見るか」を主役にしたらどうなるんだろう。


そう考えて、普通ならカメラを置かないような場所から夏祭りを描いてみました。


最初に変えたのは、「高さ」だった

最初に試したのは、真上から夏祭りを見る構図でした。

地上には、あかりとコバン。
その周りを浴衣姿の人たちが歩いています。

花火は空にあるのに、カメラはさらにその上。

いつもの「花火を見上げる二人」とは逆です。

上から見ると、人物の表情よりも、

  • 提灯の並び

  • 石畳

  • 浴衣の袖の広がり

が目に入ってきます。

同じ夏祭りなのに、急に「場所全体を眺める絵」になりました。

ここで一つ分かりました。

構図を変えると、主役まで変わる。

人を描いているつもりでも、視点を変えた瞬間、道や光や人の流れの方が面白くなることがあります。

次は、人間では見られない場所にカメラを置いた

もっと変な場所から見てみたくなりました。

そこで作ったのが、金魚袋の中から外を見る構図です。

水の中には金魚。
その向こうに、袋をのぞき込むあかりとコバン。
さらにその先に花火。

水を通しているので、二人も花火も少し歪んで見えます。

これはもう、「夏祭りの二人」というより、

金魚から見た夏祭り

でした。

普通に地面に立っている人間には、この景色は見られません。

でもAIイラストなら、カメラを水の中に置ける。

このあたりから、かなり面白くなってきました。

りんご飴を「小物」にするのをやめた

今回いちばん気に入ったのが、りんご飴です。

普通なら、あかりに持たせます。
でも今回は逆にしました。

りんご飴を画面のど真ん中に置く。

しかも、かなり大きく。

透明な赤い飴の中に、あかりとコバンと花火が透けています。

最初に見たとき、

「これ、もうりんご飴が主役じゃん」

と思いました。

でも、それがよかった。

今までは、

人物が主役
小物は人物を説明するためのもの

と考えていました。

今回は、

小物が主役
人物はその奥にある世界の一部

になっています。

同じ夏祭りなのに、見え方がまったく違いました。

足元だけでも、花火まで視線を運べる

次は、かなり足元に寄りました。

画面いっぱいに大きく入る下駄。

石畳。

その向こうにコバン。

さらに上には花火。

普通に人物を撮るなら、下駄は画面の端に少し見える程度です。

でも今回は、下駄の方が人物より大きい。

最初は「さすがにやりすぎかな」と思いました。

ただ、縦長で見ると意外と面白い。

下駄から人物、人物から花火へ、自然に目が上へ動きます。

コバン側の導線をメインにしてみたシーン

つまり足元は、単に大きくしただけではなく、

画面の下から上まで視線を運ぶ入口

になっていました。

「人物の顔を大きくすれば目立つ」とは限らないんだなと思いました。

食べ物を近づけたら、「絵」より「その瞬間」になった

次に試したのは、たこ焼きです。

これも普通なら、人物がたこ焼きを持っている絵にします。

今回は逆。

たこ焼きをカメラの目の前まで持ってくる。

ソース、マヨネーズ、かつお節。

その向こうで、あかりが口いっぱいに頬張って笑っている。

横ではコバンも食べたい!と大騒ぎしています。

この絵は、構図の面白さだけではありませんでした。

「夏祭りでたこ焼きを食べた」

ではなく、

「熱い、美味しい、楽しい」が一瞬で分かる。

きれいにポーズを取った人物よりも、食べている途中の顔の方がずっと楽しそうでした。

ここで、もう一つ考え方が変わりました。

いいポーズを作るより、動作の途中を切り取った方が物語になることがある。

盆踊りも、地上から見るのをやめた

最後に追加したのが、盆踊りです。

普通なら、踊っている人たちを横から撮ります。

でも今回は、やぐらの上。

しかも、太鼓を叩いている人の近くから地上を見下ろしました。

手前には巨大な太鼓とばち。

その下に、輪になって踊る人たち。

そして、その中で楽しそうに踊っているあかりとコバン。

これも、人間が絶対に見られない場所ではありません。

でも、祭りに行って普通に歩いていたら、まず見ない景色です。

地上から見ると「踊っている人」だったものが、上から見ると大きな円の一部になります。

あかりとコバンも主役ではあるけれど、祭り全体の中に溶け込んでいました。

それがすごくよかった。

「人物をどう描くか」ばかり考えていた

今回いろいろ作って、一番変わったのはプロンプトの書き方ではありませんでした。

以前は、

  • かわいい表情

  • きれいなポーズ

  • 浴衣

  • 花火

  • 提灯

みたいに、何を描くかを中心に考えていました。

でも今回は、

  • 金魚の水の中

  • りんご飴の向こう

  • 地面すれすれ

  • たこ焼きのすぐ後ろ

  • やぐらの太鼓の横

と、

カメラをどこへ置くか

から考えました。

プロンプトは、日本語で書いた

今回使った指示は、よく見かける英語の短いキーワードを大量に並べるような書き方ではありません。

「cinematic」「dynamic angle」「ultra wide」みたいな単語を中心に組み立てたわけでもなく、ほとんど日本語で、

  • 「カメラは金魚袋の水の中」

  • 「りんご飴を画面のど真ん中に置く」

  • 「下駄の方が人物より大きく見えるくらい寄る」

  • 「太鼓の横から盆踊りを見下ろす」

  • 「普通に立っているポーズにはしない」

と、かなりそのまま説明しました。

正直、文章としてはスマートなプロンプトというより、

「こうしてほしい」を日本語で必死に伝えている

という感じです。

でも今回試していて感じたのは、英語の専門っぽい言葉を知っていることより、

自分がどこから見たいのかを具体的に言葉にする方が大事だった

ということでした。

「かっこいい構図にして」ではなく、

「たこ焼きの舟皿の中から見上げる」
「金魚と同じ高さの水中にカメラを置く」

まで決める。

そこまで日本語で書いた方が、私にはずっとイメージを伝えやすかったです。

すると、同じ夏祭りでも絵がかなり変わりました。

一番きれいな絵と、一番好きな絵は違った

今回の中には、普通に「きれいだな」と思う絵もあります。

でも、私が何度も見返したのは、

りんご飴の中に二人と花火が見える絵や、
金魚の水の中から二人を見上げる絵でした。

なぜか。

たぶん、完成度だけではなく、

「どうやってこの景色を思いついたんだろう」

という引っかかりがあるからです。

上手い絵なら、AIはかなり作れるようになりました。

だからこそ今は、

何を描かせるかより、どんな視点を渡すか

の方が面白いのかもしれません。

普通の構図をやめたら、夏祭りが少し変わった

今回、夏祭りそのものは何も変えていません。

花火も、浴衣も、りんご飴も、金魚も、たこ焼きも、盆踊りも、昔からあるものです。

変えたのは、見る場所だけでした。


それなのに、

りんご飴はレンズになり、
金魚袋は水中カメラになり、
下駄は画面の入口になり、
たこ焼きは感情の主役になりました。

AIイラストで遊ぶとき、

「もっと上手く描いて」
「もっときれいにして」

と頼む前に、

「カメラ、そこに置いたらどうなる?」

と考えてみる。

その方が、思ってもいなかった1枚に出会えることがあります。

少なくとも私は、今回その方がずっと楽しかったです。

おまけ

りんご飴の先が別の画像になってしまったものです。
でも、とてもキレイで見てもらいたかったのでおまけとして。

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