【この胸に、満ちる光】という話
夏のプールの授業が終わった。
今年は、梅雨の長雨が続き、思うように水に入れない日が多かった。気温もなかなか上がらず、何度、中止の報せを伝えたことだろう。
一度などは、授業が始まったばかりのプールサイドで突然の土砂降りに見舞われた。慌てて屋根の下へ避難して、
「まだ入ってないのに、もうびしょ濡れ!」
子どもたちと大笑いした。
そんな今年の夏。
それでも、私たちは無事、最後のプールの日を迎えられた。
青すぎるほどの空に、白く厚い雲。
容赦なく飛び交う水しぶきのなか、検定を終えた子どもたちが水の中で歓声を上げる。
「そろそろ上がるよー!」
そう声をかけても、水面からは
「あと一回だけー!」
「先生も入って!」
最後の一秒まで、光と遊び尽くそうとしている。
例年なら、ここで恒例の「地獄のシャワー」へ続くのだが、今年は違った。
「今日は天国のシャワーだ!」
「ここは天国だー!」
照りつける太陽の下では、冷たい水さえもご褒美になるらしい。
塩素の匂い。
きらきらと揺れる水面。
やり切った子どもたちの笑顔。
子どもたちをプールサイドから送り出した後、私は重たいシャワーハンドルを回して、最後にキュッと締めた。
水はポタポタと落ちながら、まだ遊び足りないというように、太陽の光をいっぱいに集めて光っていた。
✣ ✣ ✣
プールのあとの授業は、不思議なくらい静かだ。
さっきまで全力で水を掛け合っていた子どもたちは、エアコンのきいた教室で、スンと落ち着いた顔をして座っている。エネルギーを出し切った後の、あの穏やかな横顔。そんな時間が、私は好きだ。
休み時間のこと。
棚の水筒を取ろうと手を伸ばすと、一人の女の子が私の足にぎゅっと抱きついて、何か言っている。
「……ん? 今なんて言ったの?」
聞き返すと、その子は少しも照れずに、もう一度言った。
「せんせい、だいすき!」
子どもは、ときどき驚くほどまっすぐだ。
「先生もね、大好きだよ」
すると、その子は私を見上げて、
「二人とも好きだと、“りょうおもい”って言うんだよ!」
と教えてくれた。
夏のプールの後の、気怠く、でも、心地よい疲れの中。
ほんのりと塩素の匂いが残る涼しい教室で、私は思いがけない「両想い」をいただいた。
✣ ✣ ✣
帰り道。
いつも自転車で通る私のことを知っている男の子が、電信柱の陰からひょっこり顔を出す。
見つからないように隠れているつもりなのだろうけれど、だいたい見えている。
私は、
「わあ、今日も会えたねぇ!」
と、偶然を装って自転車を降り、そこから家まで、百メートルほどをいっしょに歩くのが日課になっている。
宿題のこと。
家族のこと。
休みの日のこと。
話題は次から次へと溢れ出す。
家の前を過ぎても、
「あとね、あとね」
が終わらない。
ところが昨日は、その子が友達と遊んでいた。邪魔をしないように、自転車を止めず、
「暑いから水分補給もするんだよー。 また月曜日ね!」
そう声をかけ、そのまま通り過ぎようとした。
すると後ろから、ダダダッ、と走る音。振り返ると、その子が角まで全力で追いかけてきていた。
「大丈夫だよー! 宿題もう終わったー!」
そして、少しの間があって、
「だいすきだよーーーー!」
思わずブレーキをかけた。
振り返って、大きく手を振る。
「せんせいも、大好きだよー!」
✣ ✣ ✣
大人になるほど、「好き」という言葉に慎重になる。
照れくさかったり、誤解されたくなかったり。タイミングを考えたり、言葉を選んでみたり。
でも、低学年の子どもたちは、思ったことを、そのまま言葉にする。
好きだから伝える。
うれしいから言う。
「だいすき」は、言われるとうれしい言葉だ。でも、それ以上に、言える心のほうが、きっと豊かなのだと思う。
夏休みは、もう目の前だ。
教室も、廊下も、プールサイドも。まもなく子どもたちの声が消え、静かな時間がやってくる。
「今日は天国のシャワーだー!」
「せんせい、だいすき」
一年前、私はこの青い空を見上げていた。
プールサイドに立っていた。
そして今年も、
また、この場所に立っている。
今、この胸に満ちている気持ちを、
私だって、言わずにはいられない。
みんな、
だいすきだよ。
いいなと思ったら応援しよう!
あなたの応援が、次の物語を生み出す原動力になります。いただいたチップは、これからの活動や新しい挑戦に、そしてnoteの中での応援の循環へと、大切に活かして参ります。