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エージェント・アジロウ FILE No.026|アジは、どこへ消えた?

――温暖化、海流、漁獲量。そして「いつもの港」が変わり始めている。

※本記事はフィクションです。

FIA(Fish Intelligence Agency)も、アジロウも、アジキチも実在しません。

ただし――

今回、扱うマアジの資源評価と海洋環境のデータは、かなり現実です。



【極秘調査指令】

2026年9月。

FIA本部。

長官室の隣に設けられた会議室では、朝から巨大モニターが青白い光を放っていた。

画面中央には、日本列島。

その周囲を流れる黒潮、対馬暖流。

そして無数の小さな光点。

マアジである。

会議室の扉が開いた。

「緊急会議です」

エージェントMが、いつになく真面目な顔で入ってきた。

その後ろから、

エージェント・アジロウ。

さらに小さな豆アジ、アジキチ。

そして最後にコーヒーを片手に現れたのが、FIA長官――潮見魚心である。

「なんや朝から物々しいなぁ」

アジロウが巨大モニターを見る。

エージェントMが静かに答えた。

「9月2日、水産庁から最新のマアジ資源評価が公表されました」

「……9月2日?」

潮見が首をかしげる。

「つい最近たい」

「長官」

「はい」

「今回だけは、Google先生より新しい資料があります」

「なんね、その言い方」

アジキチがモニターを見上げた。

「もしかして……僕たち、減ってるんですか?」

アジロウが目を見開く。

「なんやて!?」

「ワシら絶滅するんか!?」

「話を一気に終末へ持っていかないでください」

エージェントMの冷静なツッコミが入った。


1.マアジの漁獲量は、本当に減っているのか

まず確認しておきたい。

日本のマアジ漁獲量は、長期的に見れば確かに低い水準にある。

2026年9月2日に公表された最新の資源評価によると、2025年の漁獲量は、太平洋系群で2.2万トン。

一方、対馬暖流系群では日本と韓国を合わせて8.0万トン、そのうち日本が5.9万トンだった。

つまり日本側だけを単純に見れば、およそ8万トン規模になる。

モニターを見ながら潮見が言った。

「昔はアジっちゅうたら、庶民の魚たい。なんぼでも獲れよったイメージがあるばってん」

エージェントMが画面を切り替える。

「そこが重要です」

対馬暖流系群では、日本と韓国を合わせた漁獲量が1980~90年代には20万トンを超える年が何度もあった。

しかし2006年以降は、長期的には減少傾向にある。

アジロウが腕――いや胸びれを組む。

「半分以下やないか」

「長期的に見ればそういう水準です」

「ほんならやっぱり、ワシらピンチやん!」

「ただし」

エージェントMが止めた。

「ここで『マアジは全国的にずっと減り続け、回復の兆候がまったくない』と言ってしまうと、それも正確ではありません」

「え?」

ここから話は、少しややこしくなる。

そして、かなり面白くなる。


2.実はマアジは「一つの集団」ではない

FIAのモニター上で、日本列島が二つの色に分かれた。

日本のマアジ資源評価では、大きく、

太平洋系群

そして、

対馬暖流系群

に分けて考える。

太平洋系群は、日本の太平洋側沿岸に広く分布する。

対馬暖流系群は、東シナ海南部から九州西岸、日本海北部まで非常に広い。

つまり、

「日本のマアジが減った」

という一言だけでは、本当の海の姿は見えてこないのである。

アジキチが手――いや胸びれを上げる。

「じゃあ僕が九州で生まれて、太平洋に行く可能性もあるんですか?」

エージェントMがうなずいた。

「あります」

「ええっ!」

実はこれが今回の話の重要ポイントだ。


3.アジの赤ちゃんは、自分で日本を選べない

マアジの一部は東シナ海で生まれる。

しかし生まれたばかりの仔魚や稚魚には、大海原を自由自在に泳ぐほどの能力はない。

彼らの運命を握るもの。

それが――

海流だ。

水産研究・教育機構の研究では、東シナ海南部で生まれたマアジ仔稚魚が、黒潮などによって太平洋側へ運ばれる仕組みが調べられている。

ところが数値実験では、2000年以降、東シナ海から太平洋側へ輸送される粒子が減少する傾向が確認された。

一方で、九州西方から対馬海峡方向へ向かう流れが強まり、そちらへ運ばれる割合が増えた可能性が示されている。

アジロウが固まった。

「……ちょっと待て」

「はい」

「ワシら、生まれた瞬間から人生ガチャなん?」

「海流ガチャです」

アジキチが震える。

「SSR太平洋……」

「ゲームにするな」

潮見が笑った。

「人間は高速道路ば選べるばってん、アジの赤ちゃんは海流に乗せられていくっちゅうことたいね」

まさにその通りである。

マアジにとって、

海流は道路であり、鉄道であり、送迎バスでもある。

その路線が変われば、

到着する海も変わる。

当然、数年後に我々釣り人が港で出会うアジの数も変わってくる可能性がある。


4.海は、本当に温かくなっている

そこで避けて通れないのが地球温暖化だ。

気象庁によれば、日本近海の2025年までの平均海面水温は、長期的にみて100年あたり約1.36℃上昇している。

世界平均の上昇率は約0.63℃。

つまり日本周辺の海は、世界平均よりかなり速いペースで温暖化している。

会議室が静かになる。

潮見がモニターを見ながらつぶやいた。

「1.36℃か……」

アジロウが言う。

「たった1℃ちょいやろ?」

エージェントMが振り返った。

「人間の部屋ならそう感じるでしょうね」

「違うんか?」

「海の場合は違います」

広大な海そのものの平均値が1℃以上変化する。

そこには、魚だけでなく、

プランクトン。

海藻。

産卵。

仔魚の成長。

捕食者。

餌となる小魚。

海流。

水深ごとの水温構造。

さまざまなものが連動する。

だから、

『水温が1℃上がったから、アジが北へ1県移動しました』

などという単純な話ではない。

水産庁も、海水温だけでなく、海流、栄養塩、鉛直混合、海洋熱波など複数の環境変化を合わせて考える必要があるとしている。

アジロウが納得したようにうなずいた。

「海は風呂やないんやな」

「誰も風呂だとは言ってません」


5.では「温暖化でアジが減った」は正しいのか?

ここはFIAとして、かなり重要なのでハッキリさせておきたい。

半分正しい。だが、それだけでは説明できない。

海水温上昇によって魚の分布や季節、海流、生態系が変化することは十分考えられる。

しかし、

マアジの漁獲量が減った理由を、

「全部、地球温暖化です」

としてしまうのは早い。

資源量は、

海洋環境。

産卵量。

仔稚魚の生残。

海流による輸送。

餌環境。

他魚種との関係。

そして漁獲圧。

こうした条件によって決まっていく。

アジキチが首をかしげた。

「じゃあ犯人は誰なんですか?」

アジロウが言った。

「温暖化、逮捕や!」

エージェントM。

「だから単独犯にしないでください」

FIAの結論。

これは複合事件である。


6.そして最新データには、小さな希望もある

ここで興味深い数字がある。

太平洋系群だ。

2021年には資源量が3.6万トンまで低下していたが、その後増加し、2025年には6.4万トンと推定された。

さらに、0歳魚の加入量も2023年に増加。

2025年も約7.5億尾と、2023年と同程度の水準が推定されている。

アジキチが飛び跳ねた。

「増えてる!」

「そうです」

「復活ですか!?」

「そこまで早くありません」

2025年の太平洋系群の親魚量は2.5万トン。

一方、最大持続生産量、いわゆるMSYを実現するための目標となる親魚量は5.2万トン。

まだ半分程度しかない。

しかも2025年の漁獲圧は、MSYを維持する基準をやや上回っていると評価されている。

つまり、

底から少し持ち直している可能性はある。

しかし、

「もう大丈夫」と言える状況ではない。

これが最新評価を読んだFIAの判断である。


7.九州のアジングに関係の深い対馬暖流系群はどうか

そして九州の釣り人にとって、より気になるのはこちらかもしれない。

対馬暖流系群。

2025年の資源量は約30.4万トン。

しかし親魚量は、2021~2025年の直近5年間で減少傾向となり、2025年には15.8万トン。

目標となる親魚量27.3万トンを大きく下回る。

さらに気になるのが、

加入量。

つまり、新しく資源に加わってくる若いマアジたちだ。

2020年以降、0歳魚の資源尾数は30億尾を下回る低い水準が続いていると評価されている。

アジキチが青ざめる。

「豆アジが少ない……?」

アジロウがアジキチの肩を抱く。

「大丈夫や。お前はワシが守ったる」

「ありがとうございます!」

エージェントMが冷静に言った。

「あなたたち二匹を守っても資源評価は変わりません」

「夢のない女やなぁ!」


8.では、これからアジングはどう変わるのか

ここからはFIA釣り人分析班の出番である。

全国の資源量の数字がそのまま、

「今日この港で釣れるか」

を決めるわけではない。

むしろアジングでは、

どこに、いつ、どのサイズの群れが入ってくるか

のほうが重要だ。

そして海洋環境が変われば、この「待ち合わせ」が変わる可能性がある。

昔なら、

「毎年10月になればここ」

「この潮なら常夜灯」

「この時期なら表層」

といった経験則が通用していた場所でも、年によって来遊時期が前後したり、群れが滞在する水深が変わったりする可能性がある。

ここは「魚が全国から消えた」のではなく、

魚との待ち合わせ場所と時間が変わっている

と考えたほうが、アジングでは実戦的だろう。


9.これからのアジングは「水温」だけ見ても足りない

潮見が自信満々に言った。

「分かったばい。今後は水温だけ見ればよか」

エージェントM。

「長官」

「はい」

「今までの話、聞いてました?」

「……だいたい」

だから釣れないのである。

今後、釣り人が見るべきなのは水温だけではない。

潮流。

潮位。

風。

水温。

ベイト。

濁り。

潮目。

水深。

そして過去数日間の海況。

特にマアジの場合、海流が仔稚魚の輸送そのものに関わっている可能性が研究で示されている以上、

「潮を見る」ことの意味は、我々釣り人が思っている以上に大きい。

アジロウが潮見を見る。

「長官」

「なんね」

「また釣行前に調べる項目、増えましたで」

「……」

「またAIに聞くんやろ?」

「……まあね」

会議室の天井に青い光が走った。

エージェントAI「アジちゃん」が起動する。

『海況データを解析しますか?』

潮見がニヤリと笑う。

「全部頼む」

エージェントM。

「長官が一番DXの恩恵を受けてますね」


10.釣り人にできることは、意外とある

我々釣り人が地球の海水温を下げることはできない。

黒潮を動かすこともできない。

しかし、

海がどう変わっているかを見ることはできる。

釣行日。

時刻。

水温。

潮。

風。

釣れた水深。

サイズ。

ベイト。

アタリの出たレンジ。

こうした記録を何年も残していけば、

「去年まで11月だった群れが12月になった」

「表層で釣れていたアジが底でしか出なくなった」

「豆アジのピークがずれた」

そんな変化が見えてくるかもしれない。

これは研究機関の巨大な調査船にはできない、

一人の釣り人だからこそ取れる定点観測でもある。

これからのアングラーは、

魚を釣る人であると同時に、

海を見る観測員になっていくのかもしれない。


11.獲りすぎを防げば、アジは戻ってくるのか

現在、日本ではマアジもTAC、つまり漁獲可能量による資源管理の対象になっている。

2026管理年度のマアジTACは18万3,200トンに設定されているが、TACは「これだけ魚がいる」という数字ではない。

あくまで資源評価や管理方針に基づく漁獲上限であり、実際の漁獲量とは別物だ。

そして重要なのは、

魚を残せば必ず翌年増える、

というほど海は単純ではないことである。

親魚を残しても、

卵が生まれ、

仔魚が生き残り、

餌に恵まれ、

適切な海流に乗り、

無事に成長して初めて資源となる。

つまり資源管理は、

魚を増やす魔法ではない。

しかし、

増えるチャンスを残すための仕組みではある。


12.未来のマアジはどうなる

では10年後、20年後。

日本の海からマアジはいなくなるのだろうか。

現時点で、そんな結論を出す根拠はない。

むしろ最新評価では、適切な漁獲シナリオを続けた場合、太平洋系群、対馬暖流系群ともに親魚量が回復していく将来予測が示されている。

太平洋系群では、現在採用されている漁獲シナリオを続けた場合、2036年に親魚量が目標管理基準値を上回る確率は55%と予測されている。

希望はある。

ただし55%。

アジロウが言った。

「半分よりちょっと上やな」

アジキチ。

「微妙ですね……」

潮見。

「競馬なら買う」

エージェントM。

「資源評価を競馬に例えないでください」


13.FIAの結論――「アジが減った」では終わらせない

今回の調査で分かったこと。

マアジの漁獲量は、かつてと比べれば低い水準にある。

日本近海の海水温は確実に上昇している。

しかし、

温暖化=マアジ減少

という単純な式では説明できない。

海流が変われば、

仔魚の行き先が変わる。

加入量が変われば、

数年後の成魚が変わる。

漁獲圧が変われば、

親魚の数が変わる。

そしてそれらすべてが重なった結果、

我々釣り人が立つ堤防の前の海も変わっていく。


会議が終わりかけた頃。

潮見が腕を組んでつぶやいた。

「なるほどねぇ……」

「何がです?」

「最近アジが釣れんとは、ワシが下手になったわけじゃなかったつたい」

沈黙。

アジロウ。

「いや、それは別問題やと思うで」

アジキチ。

「僕もそう思います」

アジちゃん。

『過去の釣果データを解析しますか?』

エージェントM。

「ぜひお願いします」

潮見。

「せんでよか!」

FIA会議室に笑い声が響いた。


エピローグ

海は変わっている。

昨日までの常識が、

明日も通用するとは限らない。

しかしだからこそ、

釣りは面白い。

水温を見る。

潮を見る。

ベイトを見る。

魚を見る。

そして海全体を見る。

もしかすると、

これからのアジングで一番大切になる能力は、

新しいロッドでも、

新しいワームでも、

超高感度タックルでもなく、

「変化に気づく力」

なのかもしれない。

魚がいなくなったのではない。

そこにいないだけかもしれない。

時間が違うのかもしれない。

水深が違うのかもしれない。

潮が違うのかもしれない。

だから次の一投を、

少しだけ考えて投げてみる。

それが、

変わり続ける海と付き合う、

これからのアジングなのだと思う。


FIA調査報告

「アジが釣れなくなった」と感じたとき、魚だけを見るな。海の変化を見ろ。

そして――

釣れなかった理由を全部、

地球温暖化のせいにしてはいけない。

特に潮見魚心。

「なんでワシだけ名指しなん?


大自然に感謝!

潮見魚心ーー


🌈すべての調査ファイル⬇️


🌈潮見魚心はこちら⬇️


🌈OPERATION +1   はコチラ⬇️




主な参考資料

最新のマアジ資源評価は、水産庁が2026年9月2日に公表した資料を中心にしました。

・水産庁「令和8年度 我が国周辺水域の水産資源に関する評価結果」

https://www.jfa.maff.go.jp/j/press/sigen/250829.html

・水産庁・水産研究・教育機構「令和8年度 資源評価結果 マアジ太平洋系群」

https://www.jfa.maff.go.jp/j/press/sigen/attach/pdf/20260902-1.pdf

・水産庁・水産研究・教育機構「令和8年度 資源評価結果 マアジ対馬暖流系群」

https://www.jfa.maff.go.jp/j/press/sigen/attach/pdf/20260902-2.pdf

海面水温については気象庁の2025年までの長期変化データです。

・気象庁「海面水温の長期変化傾向(日本近海)」

https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/data/shindan/a_1/japan_warm/japan_warm.html

マアジ仔稚魚と黒潮・対馬暖流の関係についてはこちらが非常に面白い資料です。

・水産研究・教育機構「マアジの加入量と輸送条件の関係」

https://fra-seika.fra.go.jp/~dbmngr/cgi-bin/search/search_detail.cgi?RESULT_ID=13080&YEAR=2023

日本近海の海洋環境変化については水産庁の資料も参考にしています。

・水産庁「(1)我が国近海等での海洋環境の変化」

https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/r06_h/trend/1/t1_f_1_1.html

2026管理年度のマアジTACについては、水産庁の配分総括表を参照しています。

・水産庁「令和8管理年度の漁獲可能量(TAC)の配分総括表」

https://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/index.html

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