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#16 教育はロマンチックだ

今回は、教育論文を書くにあたって、あらためて学校ってすごいなと思ったことを書いていきます。


同じ場にいられる奇跡

この夏に、教育論文(4ページ程度の簡単なまとめ)を書いた。
今年まだ始まって4か月程度の学年をどのように経営してきたか、簡単に。

あらためて思うのは、「同じ場で学べること」「同じ場にいられること」は、奇跡だということだ。
自分の担任する学年は63名。
担任は2名。

この65人が、同じ学校で一緒の時間を1年間ともにできる。
こんなにすごいことってあるんだろうかと思う。

だから、教室に入って「おはよう」って声を掛ける瞬間も。
算数の授業をしているときに、「できた?」と個別に声を掛ける瞬間も。

そのどれもが、尊い時間なんだと。

担任2人が一緒に経営するということ

そして、世代の違う担任2人が65人の同級生を担任する。
大人でも、年の差が15年以上も離れている。
若手からすれば、相当な年齢差だろう。

そんな2人組で、あーだこーだできるなんて、
これもまた、奇跡的。
うちの学校だけでも、担任は15人もいる。

方向性は 結局一緒

面白いことに、子どもたちも私たち大人も、願うのは「楽しさ」。

学校は、楽しいところでありたい。
自分たちの「できる」を増やしたい。
ほっとできる人間関係でありたい。
わくわくが続いてほしい。

いろんな願いこそあれ、「幸せ」を1年願っているのは、
間違いないだろう。

僕らは、同じ1年を共にする。
それぞれの生き方で。
そして、それぞれの感性で。

僕ら大人が先

だが、最初に目指すべきは
大人が「楽しい!」だろう。

僕ら担任2人は、今年有難いことに
「こうしたら、おもろいよね」
「子どもたちも、このゴールならワクワクするよね」
って話ばっかり。

僕らが一生懸命楽しいを実現させようって話す毎日が先。
正直、教科書を全て丁寧に全部、なんてできていないけど。

少なくとも、気合い入れている学びは、
チャレンジングなものが多いと思う。

だって、この子たちとの1年は、
一生に一回だから。

同じ経験をさせてあげたい

同じ環境下で学べるならば、できるだけ、同じ経験をさせてあげたい。
そして、できるなら「これ、すげーよかった」を。

少なくても、自分は教員を17年以上やってきた。
ちょっとは、いや、結構子どもたちと「よかった」思い出はある。

そして、今年の子たちは喜んでくれるだろうか。
そこをベースに、考える。
そして、担任2人でタッグを組んで、やってみる。
そんな3か月だった。

せまい経験値と視野ではあるが、
自分ができる精一杯の小学校生活の「春」「夏」を演出する。
そして、学年でその環境を味わってもらう。

僕ら担任ができることって、そういうこと。
家に変えればそれぞれに自分たちの生き方で生きる。

そんな子たちが、学校で同じ経験をする。
同じ景色を見る。同じ空気に浸れる。

実はすごいロマンチックなことじゃないだろうか。

全部 学ぶってことにならないかな

春は、桜の下で。
花を見たい。お散歩したい。
中庭で虫を捕まえて、お花を眺めて。
一緒に外で体を動かして。ドッジボールで熱くなって。

夏は、半袖短パンで。
七夕では、自身の願いをこめる機会を。
仲間の願いを喜べる空気を。

水泳学習は、友達とずーっと学べる時間を。
もちろん、個の挑戦も応援できる環境で。
それでもって、
大いに水遊びができる、合法的な時間を作って。
お楽しみ会を同級生と企画して、目一杯遊んで。

最終日には、みんなで真っ暗な中で花火を見たりして。

全部 学ぶってことにならないかな
なんて、すごい都合よいこと考えたりして

幸せになってほしいんだなって

幸せになってくれないかって
毎日、学校に来てくれる子供の表情や姿をイメージする
こんな有難い仕事なんだな 僕らは

時に、未来ばかりを大切にしようとしがちになると
今の気持ちをどこかに置いてきちゃう指導もしたりして
でもそれも、僕らが人と人とだからで
もちろん、反省つきで

結局のところ
僕らは、いつだって
「幸せになってほしい」んだなって

そのために、願う。
日々を一生懸命に生きる。

あらためて、なんてロマンチックなんだ。
教育って。

なんて、夏明け初日を子ども達と再会できて
しみじみ思った今の気持ち。

変わるかもしれないけど
今は、これでいい。



なんとなく、書きぶりもロマンチックな自分でした。
こんな回があってもいいですかね。



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