『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』|りんごをかじるセイレーン
パンフレットの表紙を見ていて、ずっと気になっていることがある。
セイレーンが、りんごをかじっている。
セイレーン役の鈴木みのりさんの愛称は「みのりんご」なのだという。
もちろん、そこが重なるのも素敵な仕掛けだと思う。
けれど、それだけでセイレーンにりんごをかじらせたとは、どうしても思えなかった。
劇中のセイレーンは、島のこってりした味の料理が好きだと話していたし、セイレーンの好みとは合わなそうなりんごを食べる場面はなかったように思う。
それなのに、表紙では大きなりんごを、自分から口元へ運び、かじっている。
なぜ、りんごなのだろう。
映画の冒頭では、ちいかわとハチワレがりんごを食べている。
そこへ島のチラシを持ってきたうさぎが現れ、その後、ちいかわの持っていたりんごを食べる。
あのときは、ただの日常の一場面だった。
けれど、物語を最後まで観てから表紙を見ると、そのりんごが少し違って見えてくる。
そう考えているうちに、私は「知」という言葉を思い浮かべた。
りんごは、昔から「知」や「真実」をめぐる物語の中で、繰り返し使われてきた。
そう考えると、この表紙のりんごも、ただの果物には見えなくなってくる。
『伝説の!!生物図鑑』の豆知識コーナーには、
「人魚の『肉』を食べると……永遠のいのちが手に入るってうわさじゃ!」
と書かれている。
ヒトハとフタバは、その「知」を持っていた。
けれど、二人が最初から永遠の命を欲しがっていたわけではない。
セイレーンと人魚たちが遊んでいたとき、ヒトハとフタバの乗った船に、遊んでいたセイレーンの身体がぶつかる。
セイレーンは、そのことに気づかない。
そしてフタバが瀕死の状態になる。
ヒトハは、フタバを助けるために、人魚を殺してしまう。
図鑑に書かれていた知識を使って、フタバを救う。
復活したフタバは、今度はヒトハにも人魚の肉を食べさせる。
二人は永遠の命を得る。
知識そのものが、最初から欲望によって使われたわけではない。
大切なひとを助けたいという思いが、その知識を行動へ変えてしまった。
けれど、その後も二人は、人魚を食べたことを隠し続ける。
そのあいだにも、人魚を失ったセイレーンは島民を襲い続ける。
「人魚を殺した者が自白するまで島民を食べる」とまで言っているのに、それでも二人は黙っていた。
フタバを助けるためだった一度の行動と、その後に二人が秘密を抱え続けた時間は、同じものではない。
二人の罪の重さは、人魚を殺した瞬間だけでなく、その後も誰かが傷つき続ける中で、秘密を抱えたまま黙っていた時間にもあるのだと思う。
そして、その「知」は二人だけのものではなくなっていく。島民だけではなく、観光客にも助けを求めるようになっていくからだ。
モモンガが「よこせ、永遠」と言いながら、人魚に噛みつこうとする。
人魚に抵抗され、それに気付いたセイレーンは、
「食べようとするんだ」
と怒る。
ヒトハがフタバを助けるために使った知識が、モモンガの場面では「永遠が欲しい」という欲望そのものに変わっている。
そして、この出来事を見たセイレーンには、島民だけでなく観光客までが、人魚を食べることを知っているように映ったのかもしれない。
実際に、どれほどの島民や観光客がそのことを知っていたのかは分からない。
けれどセイレーンにとっては、自分たちの秘密が、もう自分たちだけのものではなくなったように見えた。
人魚を食べれば永遠の命が手に入る。
その一部分だけが、誰かから誰かへ渡っていく。
知識は、伝わるたびに、その人の欲望によって別の意味を持ってしまう。
だからこそ、私はちいかわの「書いとこ」にも、少し怖さを感じる。
ちいかわは、人魚のうろこを見つけたことから秘密へ近づいていった。
ヒトハとフタバの家に落ちていたうろこを拾い、図鑑に書かれた知識をハチワレと一緒に確かめる。
そして、真実を知る。
ヒトハとフタバは、自分たちが人魚を食べた罪を抱えている。
だからこそ、その秘密を記録として残そうとはしないだろう。
一方、ちいかわは、抱えていられないものを、
「書いとこ」
とする。
それは、とても優しい行為に見える。
けれど、書かれたものは、いつか誰かに読まれるかもしれない。
何の悪気もなく、また誰かに伝わるかもしれない。
図鑑に残されていた「人魚を食べれば永遠の命が手に入る」という知識が、ヒトハとフタバの行動につながったように。
ちいかわが残した言葉も、いつか誰かにとっての新しい「知」になるかもしれない。
しかも図鑑には、人魚を食べたあとに身体が単三電池で動くようになることまでは書かれていなかった。
嘘ではない。
けれど、その一文だけでは、その先に何が起こるのかまでは分からない。
怖いのは、完全な嘘ではなく、半分だけ本当のことなのかもしれない。
そう考えてから、もう一度表紙を見る。
表紙では、ちいかわ、ヒトハ、フタバが地上にいる。
この三人には、ひとつ共通することがある。
人魚の秘密を知っていること。
ヒトハとフタバは、その秘密を知ったことで人魚を食べた。
ちいかわは、人魚のうろこを見つけたことから、その秘密へ近づいた。
けれど、三人が知ったこととの向き合い方は違う。
ヒトハとフタバは、罪を抱えて沈黙する。
ちいかわは、「書いとこ」と言葉にする。
そして、ちいかわが持っていたうろこは、最後まで手元に残るわけではない。
帰りの船の中で手から離れ、風に飛ばされ、海の中へ落ちていく。
海から来たうろこは、ちいかわを秘密へ導いたあと、また海へ帰っていく。
うろこは海へ帰る。
けれど、知ってしまったことは残る。
だから、ちいかわは物ではなく、言葉として残そうとしたのかもしれない。
そして、海の側にいるセイレーンを見る。
セイレーンは、物語の最初から人魚を食べた犯人を知っていたわけではない。
ずっと島民の誰が犯人なのかを探し続けていた。
そして最後に、セイレーンの尾ひれが当たって倒れたフタバのお尻から単三電池が見えたことで、犯人だと確信する。
セイレーンにとって、ずっと求めていた「犯人を知る」という願いが、ようやく叶った瞬間だった。
だから表紙のりんごをかじる姿を、まずは
「知りたい」という欲望に、自ら手を伸ばしている姿
として見ることができるのではないかと思った。
誰が人魚を殺したのか。
なぜ人魚は失われたのか。
その答えを知りたい。
セイレーンは、知るために探し続けた。
そして、ついに知ってしまった。
けれど、知ることは終わりではなかった。
知ったことで、今度はヒトハとフタバを追って島を離れていく。
そう考えると、表紙のりんごには、もうひとつの意味が重なってくる。
セイレーンが犯人を探す中で出会ったモモンガは、人魚を食べようとしていた。
「人魚を食べれば永遠の命が手に入る」という知が、島民たちの間に広がっているように見えた。
実際に、どれほどの者がそのことを知っていたのかは分からない。
けれどセイレーンにとっては、自分たちの秘密が、もう自分たちだけのものではなくなってしまった。
そして、その知識こそが、人魚を食べるという行動を生んだ。
そう考えると、りんごをかじる姿には、
「知りたいから、かじる」
だけでなく、
「その知を消してしまいたいから、かじる」
という、逆向きの欲望も重なって見えてくる。
知りたい。
けれど、「知」によって失われるものがある。
ならば、「知」そのものをなくしてしまいたい。
そんな矛盾を、セイレーンの小さな口元が抱えているようにも思える。
そして、セイレーンが島を離れることで、島の豊かな恵みも失われていく。
セイレーンは、いつの間にか島に棲みつき、島民からごちそうをもらっていた。
その代わりに、セイレーンの歌声によって島の作物は豊かに育っていた。
セイレーンがいることで、島には恵みがあった。
けれど、ヒトハとフタバを追ってセイレーンが島を離れれば、その恵みも失われていく。
そう考えると、表紙でセイレーンがりんごをかじる姿には、島から与えられた恵みを受け取る姿と、それを自らかじり取っていく姿の両方が重なって見える。
そして、表紙を見るともうひとつ気になることがある。
空と海の境界が、はっきりしない。
波の泡なのか、空の雲なのか分からない白が重なって、どこまでが海で、どこからが空なのか分からない。
その曖昧な境界の中に、地上にいるちいかわ、ヒトハ、フタバ。
そして、海にいるセイレーン。
地上にいる三人は、人魚の秘密を知った者たち。
けれど、その知ったことが、三人それぞれに違うものをもたらしている。
ヒトハとフタバには罪と沈黙を。
ちいかわには、言葉にして残したいという思いを。
セイレーンには、追いかけずにはいられない欲望を。
空と海の境界が曖昧なのも、そんなふうに、この物語では「知った者」と「知らない者」、「与える者」と「奪う者」といった境界そのものが、簡単には引けないことを思わせる。
だから、今は表紙のりんごを、ひとつの意味には決めたくない。
「みのりんご」から生まれた、かわいらしい仕掛けなのかもしれない。
「知りたい」という欲望のりんごなのかもしれない。
そして、最後には「その知を消してしまいたい」という逆向きの欲望のりんごなのかもしれない。
映画の冒頭では、ちいかわとハチワレが何気なく食べていたりんご。
物語を知る前なら、ただかわいい日常のりんごだった。
けれど、すべてを知ったあとで表紙を見ると、その赤い実に「知」や「秘密」や「欲望」まで重なって見えてくる。
同じりんごなのに、意味が変わってしまう。
それは、映画を観た私たち自身も同じなのかもしれない。
知りたい。
けれど、知ってしまったら、もう戻れない。
それでも、人は手を伸ばしてしまう。
セイレーンが、自らりんごをかじるように。
映画『ちいかわ』エンディング曲『机さする』の考察記事はこちら↓
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