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祖父を見送る

祖父のお年玉は、いつも現金だった。

お年玉袋なんて使わずに、無骨な手で、裸の一万円札をくれる。
子どもの頃の私は、それを少しおかしく思っていたけど、大工だった祖父らしいな、と今なら思う。

普段は無口だけど、お酒が入ると上機嫌になって、たくさん話をしてくれた。
祖父は不器用だったけれど、とても愛情深い人だった。

私が上京してからは、祖父と過ごす時間も少なくなった。
最後に顔を見たのは、一年ほど前だった。
耳が遠くなっていて、ほとんど会話はできなかったけれど、「また来るね」と言うと、頷いてくれた。
それが、祖父との最後の会話になった。

告別式の日、
久しぶりに会った祖母は、認知症が思った以上に進んでいて、祖父の遺影を見て「この人はだれかしら?」と不思議そうに尋ねた。
祖母は、参列者を静かに見渡しながら、どこか別の場所にいるようだった。

けれど、出棺のときだった。
祖父の顔を覗き込んだ祖母が、「昭ちゃん」と言って泣き崩れた。
普段は「お父さん」と呼んでいたので、そんなふうに呼ぶことを、私は知らなかった。
祖父は、家族みんなに泣いて見送られ、そして灰になった。

初七日で、久しぶりに入った祖父の家は、家具の配置も、染み付いた畳の匂いも、窓から差し込む光も、あの頃のまま。
祖父はもういないのに、生きてきた時間の痕跡だけが、置き去りにされていた。
あまりにいつも通りで、私の気持ちも、その場所に取り残された気がした。

じいちゃんが亡くなって、今日で四十九日になる。

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