霊獣紀・完結しました
2021年11月に第一部上巻が刊行され、あしかけ五年。
四部作全八巻ようやく完結しました。
中華史でも五胡十六国時代は、司馬炎が呉を征服して中華統一を果たし、
三国志(の時代)が一段落して曹魏から禅譲を受けて司馬氏の晋王朝の初代皇帝に……
と思う間もなく、二代目が頼りなくて(なんらかの発達障害があったとか、境界知能とかじゃなかったんじゃないかなぁと思われるエピソード満載)
飢饉のとき「米がなければ肉(粥)を食べればいいじゃない」発言等。
👩皇后の賈南風が、女性には珍しく全名と幼名と母親の名前が残るほど、中華史歴代傾国悪女コンテストで優勝候補なやらかししまくりで、
👨司馬親族間でグダグダする八王の乱から始まって、
🏇西から東から北から異民族が入り乱れて中原で暴れ回り、
⚔永嘉の乱でわやくちゃでわけわかめな混乱の挙げ句、
晋の皇族は長江下流の建康まで逃げて、東晋を建てて司馬氏の晋は余命を保ちますが、西晋は匈奴や羯族の異民族に滅ぼされてしまいます。
さあ、血で血を洗う五胡十六国時代の始まりですよ!!
講談社さんからファンタジーの打診を受けたときに、篠原はハイファンタジーを書く気満々だったのですが、
担「中華ファンタジーで」
ということでした。
中華の架空王朝は金椛国春秋でやったので、歴史物が書きたいと思っていたところなので、
篠「歴史ファンタジーどうですか」
担「いいですねぇ。どのあたりで」
……三国志とか隋唐はレッドオーシャンだし……
篠「五胡十六国時代どうでしょう」
五胡十六国時代とは匈奴をはじめとして、羯(けつ)族、氐(てい)族、羌(きょう)族、鮮卑(せんぴ)族の五胡(胡は異民族の意。戎(じゅう)夷(い)狄(てき)とも。五胡の他にもチラホラ)が覇を競って十六の国(厳密にはもっとあったもよう)が入れ替わり立ち替わり勃興と滅亡を繰り返した4~5世紀の多民族バトル蠱毒大会超絶カオスな時代です。
あまりにもカオス過ぎて、魅力的な人物はたくさんいるし、いろんなエピソードが溢れているのに、ほとんど小説の材料になったことがないマイナーな時代なのです。
まずみんなすぐ死ぬし、王朝もすぐ滅びるし、狭い華北にいくつかの王朝が併存していた時期もあったり、自認皇帝はたくさんいるし、とにかくころしあって、あちこちで関連性なく戦ってたりして、エピソードを小説の作法で繋げていくのが難しい。人物関係も複雑すぎて覚えられない。
何より現代人の感覚では、血腥すぎてしんどい……
そこで、
霊獣紀では五胡十六国時代と南北朝時代に活躍した人物を中心に、かれらの守護鳥獣となる麒麟🦒、龍(蛟)🐲、鳳凰(鸞)🦅とともに、時代の流れを追っていく、という仕立てで物語を描いて参りました。
麒麟がトップバッターなのは、某名作シリーズにあやかったわけではなくて、当時の酸鼻極まる凄惨な時代感覚とは相容れない平和体質の麒麟(これは中華神話ではデフォ設定)一角の目を通すことで、現代人が感じるであろう殺戮への嫌悪感や、当時の倫理観について現代人が思うであろう感性の代弁者となってもらうのが狙いです。
実は、むしろ当時は大河ドラマの「麒麟がくる」を念頭に置いていました。
戦乱の世に平和な時代をもたらすのは誰なのか、的な。
第一部:獲麟の書、後趙・石勒と麒麟の一角
八王の乱(291~306)をきっかけに、漢族が中心であった中原は、未曾有の乱世に突入します。
匈奴の劉淵は晋を滅ぼして劉漢→改名・前趙(304~329)を興します。
この劉淵の配下からのし上がって後趙(319〜351)の皇帝となったのが、奴隷から身を起こした石勒(石世龍)です。奴隷の身分から皇帝に成り上がったのは、中華史でもこの石勒だけではないかという話です(未確認)
もともとは匈奴に服属していた西アジア系コーカソイドらしき(つまりペルシャとかソグドのような彫りの深い顔立ちの)羯族という、少数部族の出身で、飢饉で食べられなくなったので、村中みんなで逃げ出したところを晋の王族に捕まって、奴隷にされて売り飛ばされたんです。
ひどい時代ですよね。
そんな石勒と出会った幼い麒麟の一角。
一角は中原を統一する聖王が志半ばで死なないように見守る役目を負っています。覇道を突き進む石勒の横で、終わりなき殺戮を見続けなければならないのは、麒麟の体質では、とてもつらいお仕事でした。
石勒は残酷といえば残酷ですし、短気ですぐ首を刎ねるし、恐ろしい人物ではあるのですが、エピソードを追っていくとイケてるおじさんというか、デレると可愛いとか、めっちゃ愛妻家で真面目に胡漢間の差別をなくそうとがんばったり、自分は読み書きできなくても後趙に官吏養成のための学校を作ったりと、真面目な為政者としての一面もあり魅力的なところもたくさんあって、作者も一角も彼の行く末から目が離せなくなってしまいます。
石勒には奴隷から盗賊にジョブチェンジしたときに、漢族胡人合わせて十八人の仲間ができました。石勒の覇業に大いに貢献したかれらを石勒十八騎と号します。絶対に怖い殺人集団だと思いますけど、後には将軍になったり政治家になったりして、後趙を盛り立ててゆく人材宝庫でもありました。
熱心な仏教徒もいましたし、個々のエピソードも残っています。
なんかかっこいいですね。
中華史ではスルーされがちですが、異民族としては(ほぼ初の)皇帝で、業績もそれなりにある石勒を広く知って欲しいと、かなり入れ込んでしまいました。
刊行したときはしばらく石勒ロスになっていて、続編が書けなくて困りました。
Amazonは品切れで値段が上がっていますが、紀伊國屋書店には在庫(価格 ¥737)ある模様。版元さんに問い合わせていただいても嬉しいです。
全通販サイトのリンクは講談社の公式サイトから
第二部:蛟龍の書、前秦・苻堅と蛟の翠鱗
五胡十六国時代という凄惨な時代にあってさえ、中華史において英明な君主のリスト上位に名を残した前秦(351~394)の、チベット系とされる氐族の苻堅(苻文玉)。
苻堅は石勒と違って、物心ついたときには前秦の王族でした。読み書きのできなかった石勒とは違い、幼いころから学問に励み、十三歳で龍驤将軍に任じられています。その3年後には前秦の丞相だったお父さんが亡くなって、東海王の称号を引き継ぎます。
石勒とは正反対の前半生ですね。
そんな苻堅を支えるのが幼龍の蛟・翠鱗。
深い井戸の底で生まれ、縁あって一角に拾われて育ちます。
前作では幼年期から少年期までを人界で過ごした一角は、神獣となって見た目は青年期の前半。山界を守る山神としても力をつけてきました。
少年期の一角が神獣となったいきさつを知り、聖王守護の天命を全うすれば、霊力が一気に上がって空を飛ぶ能力を得るというので、翠鱗も挑戦します。
そこで巡り会ったのは苻堅。
苻堅は、漢族もそれぞれの胡族も、互いに尊重し合い融和して暮らせる王道楽土を目指す理想主義者でした。
ただ、翠鱗は正式な手続きを踏まずに苻堅の守護獣となることを選びます。
やがて苻堅は前秦の第三代天王となり、ついには中華の南北統一に乗り出します。
華北を支配した、どの異民族王朝も成し得なかった、大業です。
翠鱗は石勒の行動に批判的だった一角と違い、苻堅をほぼ崇拝しています。
苻堅と翠鱗がともに追いかけた中華統一と胡漢融合という夢の果てを、一角は見届けることになります。
第三部:鳳雛の書、北魏・拓跋珪と紫鸞
五胡十六国時代の幕が下り、華北と華南に王朝の分かれた南北朝時代がやってきます。一角はそろそろ壮年期を迎えています。
自著の『金椛国春秋』シリーズにおける「皇后の家族は族滅法で生き埋め」
の元ネタになった、皇太子の実母は死を賜るという法律「子貴母死」を定めたのが、鮮卑族拓跋氏の王朝、北魏(386~535)の初代皇帝・拓跋珪こと道武帝。
物語は拓跋珪が生まれるよりも前、自らが守護する聖王を探し回る紫鸞の旅から始まります。一角の手ほどきで、紫鸞は人界で暮らす術を身に着け、やがて星に導かれて代国に到り、王孫の拓跋珪の誕生に立ち会います。
拓跋珪は生まれる前に太子であった父親が暗殺され、五歳で祖父が伯父に殺されて、代国は苻堅の率いる前秦に滅ぼされてしまいます。
それからは流浪の日々……貴種漂流譚を地でいく御仁です。
拓跋珪の人生も、裏切りと殺戮で彩られています。十五歳で代を再興し、魏と改号し、それからも華北と漠南の平定、統一に人生を捧げました。
そんな拓跋珪を姉のように見守り、中原から遠く離れた漠南の草原で、一角の協力を得て漢語の習得を助けてきた紫鸞。
長い蜜月はたちまち過ぎてゆき、覇業が成し遂げられるにつれて、内省的になる拓跋珪と、故郷の山界が恋しくなる紫鸞。ふたりの心の距離が離れていきます。
そんなとき、一角は霊獣の卵と思われる龍卵の存在を知り、探索の旅の中で拓跋珪や赫連勃勃など、人界の流れとかかわっていきます。
女子を主役にしてください、というのは版元さんからのリクエストでした。
霊獣は性別にこだわりたくなかったのですが、母子でも姉弟でもなく、恋人でも夫婦でもない関係を書くのは楽しかったです。
第四部:鳳麟の書、北魏・馮太后と双角
時代はすでに南北朝中期。
一角が苦労して見つけた龍卵が孵り翼を持つ麒麟、双角が生まれました。
山界で子育てに励む一角と仲間達は平和な年月を過ごしています。
人界では拓跋珪の建てた北魏は第三代太武帝の時代。北魏の領土は最大となっています。
北燕からの亡命皇族の末裔、六歳の少女馮永思(ふうえいし)は、北魏ではそれなりの地位で遇されていた父親が罪あって処刑されてしまいます。
たまたま北魏の都、平城に一角と来ていた双角は、父の処刑に立ち会った馮永思と出逢い、孤児となった寄る辺のない少女が気になり、馮家までついて行ってしまいます。
唯一の縁者で、太武帝の妃となっていた馮左昭儀に招かれ、双角を連れて北魏の後宮に入った永思は、陰謀渦巻き粛清に荒け暮れる宮廷で息を潜めるように生きていきます。
そして太武帝の孫である拓跋濬(たくばつしゅん)と出逢い、心を通わせていきます。
漢族の馮永思と、鮮卑族の拓跋濬。
拓跋氏に父を殺された恨みと、拓跋濬への慕情に心を裂かれつつ、さらに拓跋王家に嫁いで男子を産み、その子が太子に立てば生母が死を賜る「子貴母死」の法に脅える日々。
のちに北魏の最盛期を築き上げ、実質女帝として振る舞った敏腕冷徹な馮太后こと永思は、少女から大人の女性へと成長していきます。
一方、山界では人間の人口増加と天界や仙界が遠ざかっていく現象に、一角たちの世界は急激に変わっていきます。
北魏が滅びて隋が興亡し、山界が人間によって侵食されてゆくなかで獣たちは居場所を失っていきます。さらに山界と仙界、天界との行き来が難しくなる三界乖離の事象に為す術はなく、一角は天界への旅を体験します。
一角が天仙の世界で得た知識と霊力によって、霊獣の子孫や神獣たちは、仙界へ昇るか地上で生き延びて定命を全うするかの選択を迫られます。
講談社の公式紹介サイト
☝️あらすじや世界観の紹介、各人物、霊獣や妖獣たちの美麗なイラストや、紹介漫画など満載です。ぜひお立ち寄りください。
おわりに
中華史においても、民族蠱毒ともいえる特異な時代であった五胡十六国時代を舞台にしたことから、難しく考えずファンタジーとして読んでもらいたかったので、本シリーズの執筆にあたって使用した参考文献については、各巻末に載せませんでした。
それでも興味のある方のために、主な文献を紹介しておきますね。
「山海経 中国古代の神話世界」 高馬三良訳 平凡社
「晋書」 中華書局
「魏書」 中華書局
「十六國春秋輯補」 中華書局
「魏晋南北朝」 川勝義雄 講談社学術文庫
「南北朝時代ー五胡十六国から隋の統一まで―」 会田大輔著
「五胡十六国 中華史上の民族大移動」 三﨑良章著 東方書店
「北魏平城時代」 李憑著 劉可維・小尾孝夫・小野響訳
京都大学学術出版会
それから
「正史『晋書』完訳プロジェクト いつか読みたい晋書訳 」
佐藤大朗氏主催
「五胡十六国時代 勢力地図集」 歴史の宮殿(ヒストリスト)
でも大変お世話になりました。
こちらも是非お手にとってください。
以下は執筆後に出版されて、書く前に出会っておきたかった資料です。
「五胡十六国時代 王朝の乱立と権力闘争」小野響 ハヤカワ新書
「五胡十六国」入門 波間丿乀斎
さて、物語の終わりから約1400年が過ぎましたが、双角の計画は実現し、一角ファミリーは人間界に溶け込み、今も地上で元気に生きていることでしょうか。
それとも、仙界に昇って天界と宇宙の真理を追求しているのでしょうか。
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