芋出し画像

教皇庁に犁曞指定されたゞャンヌ・ダルク䌝䞊巻・第䞉章 ノォヌクルヌル初蚪問ヌフシャトヌずトゥヌルぞノォヌクルヌル再蚪

【アナトヌル・フランス『ゞャンヌ・ダルクの生涯』完蚳プロゞェクト】
1908幎発行の名著を、膚倧な独自泚釈ずずもに珟代日本語で蘇らせる個人翻蚳プロゞェクトです。継続的な掻動維持ず出版支揎のため、䞀郚を有料公開ずしおいたす。

▌総合目次・リンク集なぜ、21䞖玀に『ゞャンヌ䌝』を完蚳するのか

⚠䞋蚘プラットフォヌムで公開䞭
- note各章をマガゞンにたずめお投皿。䞀郚有料。
- カクペム各話を分割しお投皿。少しず぀読みたい人向け。
- pixivFANBOX原文付き察蚳バヌゞョン。支揎者限定。


⚠字数が倚い玄19,000字ため、蚳者の裁量で小芋出しを぀けおいたす。

【この章のポむント】
- ãƒŽã‚©ãƒŒã‚¯ãƒ«ãƒŒãƒ«ã§ã®åˆæŽ¥è§Šãšæ‹’çµ¶
- å‘šå›²ã®å›°æƒ‘ず「劖粟の朚」の噂
- å†èšªãšæ”¯æŽè€…の獲埗、そしおシノンぞ

3.1 ノォヌクルヌル初蚪問ロベヌル・ド・ボヌドリクヌルに接觊

 圓時、王倪子シャルルシャルル䞃䞖のためにノォヌクルヌルの町を統治しおいたロベヌル・ド・ボヌドリクヌルは、か぀おバル公ロベヌルの䟍埓でありポンタムッ゜ンを統治しおいた故リ゚ボヌ・ド・ボヌドリクヌルず、バシニヌ地方ブレヌズの女領䞻マルグリット・ドヌノワの息子だった。

 1415幎前、ロベヌル卿は二人の叔父、ポワティ゚の庶子ギペヌムずゞャン・ドヌノワの埌を継いで、ショヌモンの代官Bailieおよびノォヌクルヌルの叞什官Commanderに就任した。

 圌の最初の劻は裕犏な未亡人だったが、圌女の死埌、1425幎に最初の劻ず同じくらい裕犏な別の未亡人、アラヌルド・ド・シャンブレヌ倫人ず再婚した。
 なお、りリュフずゞボメの矊飌いたちが、婚瀌の宎のために泚文された菓子を運んでいた荷車を盗んだずいう話は事実である。

 ロベヌル卿は、圓時、その地域にいた倧倚数の戊士たちず同じように、貪欲で狡猟だった。
 敵の䞭に倚くの友がおり、友の䞭に倚くの敵がいた。
 ある時は味方のために、たたある時は敵方で戊ったが、それは垞に自分自身の利益のためであった。
 その他の点では、圌は仲間たちず比べおずりわけ悪いわけではなく、最も愚かでない人間のひずりだった。[328]

 ゞャンヌは、粗末な赀いガりン[329]を身にたずっおいたが、心の䞭は神秘的な愛に茝きながら、町ず谷を芋䞋ろす䞘を登った。
 城門は祭日垂堎の日のように自由に行き来できたため、ゞャンヌは難なく城内に入り、ロベヌル卿が郚䞋の兵士たちずずもにいる広間ホヌルぞず導かれた。

 ゞャンヌは、「あれが圌だ」[330]ずいう声を聞いた。
 すぐさた、ロベヌル卿のずころにたっすぐに進み出るず、恐れるこずなく話しかけ、おそらくゞャンヌ自身が「最も急を芁する」ず信じるこずから話し始めた。

「わが䞻メシ゚Messireから遣わされお、あなたのずころに来たした。王倪子に䜿者を送っお、『準備を敎えお埅぀ように、ただし敵ず戊わないように』ず䌝えおください」[331]

 ゞャンヌは確かに、自分の「声」による新たな啓瀺に促されお、このように語った。

 泚目すべきは、ゞャンヌがここで語った蚀葉が、75幎前にノォヌクルヌルからほど近いシャンパヌニュの自由蟲民《ノァノァ゜ヌル》Vavasour蟲奎ではない自由蟲民が語った蚀葉ず䞀蚀䞀句同じだったずいう事実である。

⚠自由蟲民Vavasour䞭䞖ペヌロッパの封建制床における階玚の䞀぀。倧領䞻囜王や公爵などから盎接領地を䞎えられた盎臣倧バロンではなく、その盎臣からさらに領地を䞎えられた「家臣の家臣陪臣」を指す。土地に瞛られた蟲奎ずは異なり、法的に自由な暩利を持぀「䞋玚貎族」でもある。

 この蟲民の啓瀺を受けた預蚀者ずしおの経歎は、ゞャンヌず同じように始たったが、ゞャンヌよりもはるかに短期間で終わりを迎えた。

 戊争に関する啓瀺を受けたず語ったのは、ゞャック・ダルクの嚘ゞャンヌが最初ではなかった。倧きな苊難の時代には、霊感を受けた人物がもっずも頻繁に珟れる時期である。

 癟幎戊争初期、黒死病ペストず゚ドワヌド黒倪子の時代に、シャンパヌニュ地方の自由蟲民《ノァノァ゜ヌル》は光の束の䞭から発せられる「声」を聞いた。

 圌が畑で働いおいるずき、「声」が圌に語りかけた。

「フランス王ゞャンゞャン二䞖・シャルル䞃䞖の曜祖父にのもずぞ行け。いかなる敵ずも戊っおはならぬず譊告せよ」

 それは、ポワティ゚の戊いの数日前のこずだった。[332]

⚠ポワティ゚の戊いBataille de Poitiers癟幎戊争前半の䞻芁な戊いの䞀぀。1356幎9月19日、むングランドの゚ドワヌド黒倪子が月からアキテヌヌ地方を拠点に行軍ず略奪を繰り返しおおり、ゞャン二䞖は蚎䌐を詊みたが奇襲を受けお敗北。王が捕虜ずなり、フランスは莫倧な身代金を芁求された。

 1356幎圓時の忠告は賢明なものだったが、1428幎5月時点のゞャンヌの忠告はあたり賢明ずは思えず、圓時の情勢ずはほずんど関係ないように芋える。

 ノェルヌむナの戊いで倧敗しお以来、フランス軍は敵に立ち向かう意欲を倱っおおり、決戊を挑もうずは考えおもいなかった。
 いく぀もの町が奪われ、消滅し、小競り合いが起こり、察凊が詊みられたが、敵ず陣を構えお戊うような激しい戊闘をしおいなかった。

 圓時、生たれ぀きの性栌ず運呜境遇ゆえに、王倪子シャルルは冒険を奜たなかったため、わざわざ「敵に戊いを挑むな」ず譊告しお抑える必芁はなかった。[333]

 ゞャンヌがロベヌル卿の前でこれらの話をしおいた頃、フランス北郚を占領しおいるむングランド軍は遠埁の準備を進めおおり、アンゞェに進軍するかオルレアンに進軍するかを決めかねお迷っおいた。[334]

 ゞャンヌは倧倩䜿ず聖女たちのささやきに埓っお蚀葉を発したが、戊争や王囜の情勢に぀いお、圌ら声が知っおいるこずはゞャンヌより倚くも少なくもなく、ほずんど䜕も知らなかった。

 しかし、みずからを「神の遣い」だず信じる者が、自分が行くたで「埅぀ように」ず求めるのは䞍思議ではない。

 たた、フランスの階士たちが、再び《《自分たちのやり方》》で戊いを挑むのではないかず、ゞャンヌが恐れたのは、いかにも民衆らしい健党な垞識が倧いに関係しおいた。階士の戊い方がどういうものかを、あたりにもよく知りすぎおいたからだ。

3.2 ゞャンヌの予蚀、ベルトラン・ド・プヌランゞずの出䌚い

 ゞャンヌは完党に萜ち着いおおり、自信に満ちた様子で、「四旬節レントの半ばたでに、䞻は王倪子に助けを䞎えるでしょう」ず王倪子に関する予蚀を口にした。そしおすぐに付け加えた。

「実際には、この王囜は王倪子のものではありたせん。しかし、わが䞻メシ゚の意志によっお、王倪子は王ずなり、王囜を『信蚗アン・コンマン』されお受け継ぎたす。[335] 敵がいるにもかかわらず、王倪子は王ずなるでしょう。そしお、圌をその塗油匏戎冠匏ぞず導くのはこの私なのです」

 おそらく、ゞャンヌが甚いた「わが䞻メシ゚Messire」ずいう尊称は、曖昧で奇劙な響きだったのだろう。
 なぜなら、ロベヌル卿はそれが理解できず、「わが䞻メシ゚ずは誰のこずか」ず問い返したからである。

 ゞャンヌは「倩囜の王です」ず答えた。

 このずき、ゞャンヌはもうひず぀、奇劙な蚀葉を䜿っおいた。
 ロベヌル卿はそれに぀いお䜕も蚀わなかったらしいが、瀺唆に富む蚀葉だ。[336]

 王䜍継承に関しお䜿甚された「アン・コンマンen command」ずいう蚀葉は、盞続に関わる事柄で「信蚗されたもの」を意味する。もし、王が王囜を「信蚗」ずしお譲り受けるずいうならば、王囜は王のものではなく、単に神の信頌によっお王囜を預かっおいるにすぎない。

 ゞャンヌのこの発蚀は、「王囜の支配者は神である」ずいう、極端に信心深い宗教家の芋解ず䞀臎しおいた。

 ゞャンヌが独力でこの蚀葉や考えを思い぀いたはずがない。
 圌女は明らかに、「ロレヌヌの予蚀」ですでにその圱響が認められる[338]、ある聖職者から教唆されおいたのだろう。しかし、珟圚たで、その人物の痕跡は完党に消え去っおしたっおいる。

 霊的な事柄に぀いお、ゞャンヌは䜕人かの叞祭に盞談しおいた。ゎンドルクヌル・ル・シャトヌのアルノラン垫や、圌女の告解垫懺悔聎聞僧だったムヌティ゚・シュル・゜ヌの叞祭ドミニク・ゞャコブ垫などである。[339]

 これらの聖職者たちが、むングランドの飜くなき残酷さ、ブルゎヌニュ公の傲慢さ、王倪子の䞍幞に぀いおどう考えおいたのか。そしおい぀の日か、䞻む゚ス・キリストが庶民の祈りを聞き入れお、シャルル六䞖の息子シャルルに王囜を「信蚗アン・コンマン」ずしお䞎えおくれるこずを願っおいたのかどうか。それがわからないのは残念なこずだ。

 ゞャンヌはおそらく、これら聖職者の誰かから神暩䞻矩的な思想を吹き蟌たれたのだろう。[340]

 ゞャンヌがロベヌル卿ず話しおいる間、ロレヌヌの階士であるベルトラン・ド・プヌランゞがそこにいた。圌は、ゎンドルクヌル近郊に土地を所有し、ノォヌクルヌルの叞教区の圹職provostshipに就いおいた。[341]
 圓時36歳くらいだった。
 圌は教䌚の聖職者ず芪しく付き合い、少なくずも信心深い人たちの話題に詳しかった。[342]

 圌は、このずきゞャンヌを初めお芋たかもしれないが、おそらく圌女の噂を聞いおいた。そしお、ゞャンヌが善良で信心深い人だず知っおいた。

 12幎前、ベルトラン・ド・プヌランゞはドンレミ村を頻繁に蚪れおおり、この地域のこずをよく知っおいた。あの「女神の朚」の䞋に座ったこずがあり、ゞャック・ダルクずロメ倫婊の家に䜕床か行ったこずがあるので、圌らは善良で正盎な蟲民だず知っおいた。[343]

 ベルトラン・ド・プヌランゞは、ゞャンヌの蚀動に感銘を受けたのかもしれない。
 だが、それよりも、この階士は、珟圚知られおいない「ゞャンヌを導いた聖職者」ず繋がっおおり、フランス王囜ず教䌚のために、蟲民の女預蚀者がもっずよく奉仕できるように指導しおいた可胜性が高い。

 いずれにせよ、ベルトランは将来、ゞャンヌの匷力な支えずなる友人になった。

 しかし、情報が正しければ、ベルトラン・ド・プヌランゞはこの時点では䜕もせず、䜕も話さなかった。
 おそらく、町の叞什官であるロベヌル卿が、ゞャンヌの話をもっず奜意的に聞けるようになるたで埅った方がいいず刀断したのだろう。ロベヌル卿は、これらすべおをたったく理解しおいなかった。

 ベルトラン・ド・プヌランゞにずっお明らかだったのは、ゞャンヌは立掟な埓軍者になり、兵士たちに愛されるだろうずいうこずだ。[344]

 ロベヌル卿は、ゞャンヌを連れおきた蟲民を远い返す際、圓時よくありがちなし぀けに埓っお「この嚘を父芪のずころに連れお垰り、耳をしっかり叩くように」ず忠告した。

 ロベヌル卿は、子䟛を懲らしめる䜓眰は正しいず信じおいたので、ラッ゜ワ叔父さんに䜕床も「ゞャンヌを家に連れお垰り、よく鞭打぀ように」ず勧めた。[345]

3.3 倢芋るゞャンヌず䞡芪の困惑

 䞀週間埌、ゞャンヌは村に戻った。
 叞什官の無瀌も守備隊の䟮蟱も、ゞャンヌを諊めさせるどころか、萜胆もさせなかった。ゞャンヌは「声」がそれらを予蚀しおいたず想像し[346]、自分の䜿呜が真実であるず蚌明するものだず考えた。

 倢を芋ながら歩く倢遊病者のように、ゞャンヌは障害にぶ぀かっおも萜ち着いおいお、静かに粘り匷く行動した。

 家の䞭で、庭で、牧草地で、ゞャンヌはすばらしい眠りを続け、倢の䞭で王倪子やその階士たち、そしお倩䜿たちが䞊空で舞いながら戊う光景を倢想しおいた。

 たた、ゞャンヌは黙っおいるこずができなかった。
 あらゆる機䌚に、ゞャンヌの秘密は圌女自身の口から挏れおしたった。
 い぀も予蚀しおいたが、誰にも信じおもらえなかった。

 垰宅しお玄カ月埌、掗瀌者ペハネの祝日の前倜に、ゞャンヌはビュレの蟲倫で、圓時はただ少幎だったミシェル・ルブアンに次のように語った。

「クセずノォヌクルヌルの間には、幎以内に王倪子をフランス王に任呜する少女がいる」[347]

 ある日、ドンレミ村で王倪子の党掟に属しおいない唯䞀の人物、ゞェラルダン・デピナルに出䌚った。
 ゞャンヌは圌の息子の名付け芪だったにもかかわらず、ゞャンヌ自身の告癜によれば、喜んで圌の銖を切り萜ずしおやりたいず思っおいたが、そんな盞手にも黙っおいられず、神ずの神秘的な関係を隠語で告げずにはいられなかった。

「うわさ話ゎシップなんだけどね。もし、あなたがブルゎヌニュ掟じゃなかったら、教えおあげたいこずがあるの」[348]

 ゞェラルダン・デピナルは善良な男だったので、ゞャック・ダルクの嚘は近いうちに婚玄するのではないかず考えた。「劖粟フェの朚」の䞋でパンを分け合ったり、「グヌズベリヌの泉」の氎を䞀緒に飲んでいた若者のひずりず結婚するのではないかず。

 ああ 父芪のゞャック・ダルクは「そのような秘密だったらどんなに良かったか」ず望んでいただろう。
 ゞャック・ダルクは実盎で非垞に厳しかったため、子䟛たちの行動に気を配っおいたが、ゞャンヌの行動は父を䞍安にさせおいた。

 圌は、ゞャンヌが「声」を聞いおいるこずを知らなかった。
 䞀日䞭、圌の庭に楜園が降りおきお、倩囜から圌の家にはしごが降ろされ、か぀お「ダコブの梯子はしご」を螏んだ倩䜿よりも倧勢の倩䜿や聖女たちが行き亀っおいるずは考えもしなかった。

⚠ダコブの梯子《はしご》旧玄聖曞『創䞖蚘』28章で族長ダコブが逃亡䞭に倢に芋た倩囜ぞ届くはしご。倩䜿たちが䞊り䞋りしおいる

 たた、誰にも気づかれずに、ゞャネットゞャンヌの幌名だけのために、トゥヌルやナンシヌなどの町で祝祭日に挔じられる挔目よりも䜕千倍も豊かで玠晎らしい神秘劇が挔じられおいるこずを想像もしなかった。

 圌は、そのような驚異的な奇跡を疑うどころか、党然考えおいなかった。

 父ゞャックが芋たものは、嚘が正気を倱い、気が狂い始めお、荒唐無皜な蚀葉を発しおいるこずだけだ。
 ゞャックは、嚘が階士ず戊争のこずしか考えおいないこずに気づいた。
 ノォヌクルヌルでの隒動に぀いお䜕か知っおいたに違いない。
 ゞャックは、い぀の日か、この䞍幞な子が攟浪の旅に出おしたうのではないかず、ひどく恐れおいた。

 この苊しい䞍安は、寝おいる間も圌を悩たせた。
 ある倜、ゞャックはゞャンヌが歊装した男たちず䞀緒に村から逃げる倢を芋た。この倢は非垞に鮮明で、目が芚めおも芚えおいた。

 それから数日間、ゞャックは息子のゞャンずピ゚ヌルに䜕床も䜕床も蚀った。

「もし、あの倢が正倢なら、珟実になる前におたえたちの手でゞャンヌを川に沈めお溺死させおほしい。おたえたちがやらないなら、俺自身の手でやる」[349]

 母芪のむザベルは、父のその蚀葉を繰り返しゞャンヌに蚀い聞かせた。
 嚘が驚いお目を芚たし、蚀動を改めおくれるように願っおいた。
 ゞャンヌの母芪は敬虔な人だったが、父芪ず同じ䞍安を共有しおいた。

 嚘が道を倖れお危険にさらされるのではないかずいう考えは、善良な人々にずっお぀らいこずであった。
 困難な時代には、歊装した男たちが銬に乗せお連れおいる野蛮な䞍品行な女が倧勢いた。そういう男たちはそれぞれが自分の女を確保しおいた。

 若き日の聖人が、垞人には理解できない奇劙な蚀動によっお疑惑を招くこずは珍しくない。ゞャンヌはそういった聖人の兆候を瀺しおいた。

 ゞャンヌは村で話題になっおいた。村人たちは指を差しお嘲笑した。

「フランスず王家を埩興する女が去っおいくよ」[350]

 近所の人たちは、ゞャンヌに取り憑いおいる狂気の原因をすぐに突き止めた。

 「矎しい月Beau Mai」ず呌ばれる女神の朚の䞋で、花冠を食っおいるのが目撃されおいたから、魔法の呪文のせいだず蚀われた。
 近くの泉ず同様に、この叀いブナの朚は幜霊が出るこずで知られおいた。
 劖粟たちが呪文をかけるこずもよく知られおいた。
 ゞャンヌがそこで悪い劖粟に出䌚ったのを芋た人もいた。

 村人たちは「ゞャンヌは劖粟フェの朚の䞋で『運呜フェむト』に出䌚った」ず蚀った。その話を信じるのが、蟲民だけならよかったのに

ここから先は

13,287字

Â¥ 200

最埌たでお読みいただきありがずうございたす。「䟡倀がある」「応揎したい」「育おたい」ず感じた堎合はサポヌトチップをお願いしたす。